過去 十一 光
紅が珍しく、食事中に立ち上がった。
立ち竦む紅が、窓辺に近づく。
カーテンを捲って、外の景色を伺った。
今居る建物から、通りを面した洋館から点滅光がする。
「先生。何か光ってます。」
明継が、紅の側に寄り添う。
其の一瞬の光は、太陽光とも思えず、人工的な物と思われた。
其の上、辺りは薄暗く、近頃、日本に伝来した電気位しか、光の正体を説明する事が出来ない。
気の所為かと思ったが、やはり注意を引かれて目を細める明継。
直ぐ、紅を窓から離れさせた。
硝子越しに注意した。光の元を探す。真っ正面の建築物に目をやった。何ら変化はない。
道の人通りも通常並みである。
瓦斯街路灯が通っているために、脇道よりは明るいが、夜目には分かりづらい。
「先生、ご飯が冷めてしまいます。」
紅が、カーテンから顔を出した。
又、点滅した。怪しくなって、明継は硝子に張付く。
やはり、前の洋館から光が放たれている。
核心した。素早く人影が、窓際から、物陰に隠れるのを確認。
男……、其れも明継と同じくらいの背丈。
絶句する明継。
外の怪しい人影は、明らかに紅を狙っている。
通りに面した此の洋館建築物は、内装も外装も似通っていて、同じ階に住んでいれば、真向かいの家が覗けるのである。
「先生。今、何かが光りましたね……。」
近頃、導入された電気によっての事故なら、あの様な、此方側を、照らす光は出ない。其して、人影が、明継に気付き逃げている。
「確か、ドイツ製の写真機が、あの位の光を放った……。」
何分も動かずに待って、動けば幽霊写真の様になる銀塩写真ではなく、数秒で被写体を撮れる物が開発されて、やっと海を渡って日本に上陸したらしい。
写真機が重く、撮影者の動きが、鈍くなるのが、難点だった。
「写真ですか。先生。」
倫敦に留学時、明継は其の最先端な発明に、関心を持った。
「はい。大通りとはいえ、道端も広くはない建物からの撮影なら、可能です。」
傍から見たら、光も人影も気の所為、節の言葉と佐波の動きで敏感になっているのかもしれない。
紅の方へ足を運ぶ明継に、階段を上がる重低音が耳に響く。直ぐ足を止めて静かにしたが、玄関辺りが騒がしい。
扉をノックする音がする。
光の件もあって違和感を感じ動けなくなる明継。(人影が此方に来たのか……。)と息を飲んだ。
紅に目で、(音を立てるな)と合図した。直ぐに、明継の命令に従う紅。
胸で大きく深呼吸する明継は、玄関の方に向かった。
ドアに耳を当てて、様子を伺う。扉の後ろは、どうやら人数と呼べるほども居ず。声がした。
「伊藤様はいらっしゃいますか……。」
声色からは従者の気配する。
覗き窓から姿を見ようとしたら、体勢が悪かった為か、肩が引き戸から離れた時に、ガタンと音がしてしまう。
「伊藤様ですか。急ぎの用で参りました……。」
円状の穴からは小綺麗な使いらしき男が立っていた。不信な点は全くない。
「誰の使いだ……。」
今は取り込み中だと云わんばかりの、対応をする明継に、嫌な顔一つせず男は続けた。
「佐波様の使いです。直にお話を……。」
佐波の名を出すのは、内々の用事以外考えられなかった。
しかし、佐波の使いなら宮廷製の仕立ての良い侍従服を着ているはずであるが、見慣れない和服を着ている。
『信頼できる馬子を付ける……。』
佐波の言葉を思い出す。
下男にしては、年齢が高い。其の上、明継の周りに立て続けに、不信な出来事が多すぎて信用も出来ず。
「すまないが、其処で話してくれないか。」
「いいえ。其れは出来ません。主人に伊藤様と確認をとってから御伝えろとおっしゃいました……。」
開けなければ用件を知る事も出来ず、余程、重要な内容と踏んだ明継は、渋々、扉を開けた。
紅に目配せをして、ノブに手を当てて、重く押す。
「伊藤様ですね……。」
どうやら、其の従者は、明継の顔を見知っている様だった。普通ならば此処まで、慎重に行われない。
「此れを……。主人から請け賜りました。読んだら燃やせとの、指示です。」
和紙に包まれた文を懐から取り出した。
内容を要約するとこうなる。
『急ぎの公務は、中止とする。其の後は、後見人が英国人教師を御迎えするので、後任を任せられる様に、英国人教師に、指導、助言を願う。』
明継は開いた口が塞がらない。意味が分からず、瞬きが早まった。
一方的に、礼儀正しく、帰る事を、明継に伝えると、其の使いは身を翻した。
直ぐに階段から、男の後ろ姿が見えなくなった。




