閑話 そして少女は兵馬俑に塗り込められた。
鬱展開ですがレイジたちがそれを打開すると信じて読んでいただけると幸いです。
時は2200年以上昔の中国。
始皇帝が崩御するわずか1か月前。
皇帝の姪である斎姫は皇帝の寝室に呼び出されていた。
「もっと朕の近くに来るが良い。フフフフフ」
「は、はい」
皇帝と共に寝台に座っている彼女は恐る恐る距離を詰める。
「これ、もっと近くに来ぬか」
「は、はい」
12歳になったばかりの彼女は皇帝に触れそうになるくらいに近づいた。
「よし」
ぐいっ
「あっ」
皇帝は彼女を抱き寄せると耳元に顔を寄せた。
「おお、言ったとおりの香を付けてきておるな。それにその服、良く似合っておるぞ」
「あ、ありがとうございます…」
姪である斎姫がここに呼び出されるのは他でもない『夫婦の営み』のためだ。
当時の中国では兄妹の結婚は認められていなかったが、叔父と姪の結婚は認められていた。
「ようやく…ようやく朕の望みが叶うぞ。のう…」
「朕の愛しき『摘姫』よ」
「!」
彼女は呼ばれた名前のわずかなイントネーションの違いに一瞬体をこわばらせた。
しかしそれに気づかぬ皇帝は彼女の衣服を脱がせていく。
そして最後の一枚が取り去られて全てがあらわになろうという時、皇帝は思わずこうつぶやいてしまった。
「摘姫姉さん、綺麗だ…」
「くっ?!」
彼女は皇帝の手を振りほどいて立ち上がる。
「どうした?」
「わ、わたしは摘姫おば様じゃないっ!」
「聞き間違いであろう?朕は『サイキ』と言ったではないか」
「そうやって、お母様にも摘姫おば様の代わりをさせようとしたくせにっ!」
「何だと?どうしてそれを知っておる?」
優しい表情をしていた皇帝の顔が覇者らしい険しいものへと豹変する!
「朕は王を超える皇帝を名乗った時、ようやく摘姫姉さんと結ばれることができると思った!皇帝であれば全てを捻じ曲げて姉弟でも結ばれることができると思ったからだ!しかしっ!摘姫姉さんはっ!」
「政…いえ陛下。姉弟で結ばれるなど人として許されません」
「何を言われるですか、摘姫姉さん!もはや俺…いや、朕は全てを超えた皇帝という存在になり逆らうものなど誰もおりませぬ。さあ、今こそ結ばれましょうぞ!」
「なりませ…ぬ…」
ふいに摘姫は膝から崩れ落ちる。
その口からは血が溢れだしていた。
「摘姫姉さん?!まさか病気?!」
「いえ、これは毒です」
「誰かが毒を?!」
「いえ、私が飲んだのです」
「な、なぜそのような愚かなことをっ?!」
「姉弟の婚姻は禁忌中の禁忌。例え皇帝になっても許され…ない…」
そう言うと、摘姫は皇帝の顔をいとおしげになでながら目を閉じていった。
「摘姫姉さまああああああっ!」
それから1年後。
摘姫の妹であり斎姫の母である柳姫が寝室で皇帝に肩を抱かれていた。
「本当に実の妹である私でよろしいのですか?」
「もちろんだ!だから朕は正妻を持たなかったのだからな」
「では私が正妻になれるのですね」
「ああ、その通りだ。愛しているよ…」
姉と違い妹の柳姫は兄妹婚を拒まなかった。
彼女はそれほどに兄を愛していたからだ。
「愛しているよ、摘姫ね…柳姫」
「?!」
ばっとその身をひるがえす柳姫。
「いま、摘姫姉さまの名前を呼びましたわね?!」
「ち、違う。ちょっと間違えただけだ!お前があまりにも似ているから!」
「やはり摘姫姉さまのことを想っていらっしゃったという噂は本当だったのですね」
「くっ、どちらでもいいではないか!朕が愛してやるのだ!例え摘姫の代わりだろうがかまわんだろうが!」
「かまいますっ!私は…私は本当にお兄様をお慕いしていましたのに…」
そう言って部屋を飛び出していく柳姫。
そして数年後。
別の男性と結ばれた柳姫は娘を授かった。
「私が生んだ娘の名前を『斎姫』にしろと?!」
「皇帝としての朕からの命令だ」
「まさかこの子を摘姫姉さまと言い間違いしないために同じ読み方の名前を付けさせる気なの?!大きくなってから姉さまの代わりにするために!私の時のような失敗をしないために!」
「女のくせに頭の良い奴は長生きできぬぞ。斬れ」
「はっ」
皇帝の横に居変えていた衛士はためらうことなく柳姫を斬り殺した。
「この子は乳母に育てさせろ。そして幼いうちからしっかり朕を愛するように教育しておくのだ!そして大きくなったら摘姫姉さまの付けていた香と衣服を纏わせるのだ」
「ははっ!」
こうして斎姫は皇帝を愛するように育てられた。
「それなのにどうして貴様がそのことを知っている?!」
「父から聞きました!いえ、殺された父の書き残しを見つけたのです!」
柳姫が斬られたあとでその夫も言われのない罪を着させられて殺された。
しかし、それを事前に察した彼は娘のために密かに真実を書き残しておいたのだ。
皇帝の異常なまでの実姉に対する執念を。
「おのれ、親子揃って朕の意思に背くのかっ!」
バシン!
「きゃああっ!」
頬を張られ再び寝台に押し倒される斎姫。
「だが毒は飲んでこなかったのだな。それならば今度こそ朕のものとしてくれようぞ!」
最後の一枚の服を乱暴に引きちぎり、血走った眼で斎姫を睨みつける。
「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん」
「いやあああああああああっ!」
「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんぐぼおっ?!」
ふいに皇帝は口から血を吹き出し胸を掻きむしった。
「こ、これは…まさか毒?!」
「そうよ。陛下はいつも食事の時には毒見をさせていたのに、わたしが注ぐお酒だけは調べさせなかったわね」
「貴様のしわざかあああああっ!」
「お父様、お母様、仇を討ちましうごっ?!」
皇帝の大きな拳を鳩尾に受けて悶絶する斎姫。
「このくらいでは朕は死なぬっ!ごはあっ!死なぬ…まさか死ぬのか?不老不死になるはずの朕がっ?!…おのれいっ!こやつだけは許せぬ!朕が蘇ったら、真っ先に恨みを晴らしてやろうぞ!」
そして気を失った斎姫は皇帝の命令により縛り上げられ生きたまま兵馬俑に塗り込められた。
「衛士様、息が止まるまえに焼けとか無理ですぜ。十分に乾かさないと焼いても粉々になっちまわあ」
「それなら口の所を開けておき水と食事を与え、1週間したら陛下の目前で焼くのだ」
「まったく、こんな幼い娘がどんな罪を犯したらこんな刑罰を与えられるってんだよ?」
「余計な詮索をするな。もしこの娘を逃がしたりしたら…族滅ぞ」
「め、滅相もありませんさあっ!」
そして斎姫は兵馬俑の中に入れられて生きたまま焼かれた。
それは始皇帝が崩御するわずか1週間前のことだったという。
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