【テラコッタ】
月夜に咲くその花々には名前がない。
その名も無き花畑の真ん中に立つ小屋の中は、外側の見た目からは想像できない程、広く幾つもの部屋に別れていた。
これが魔法でなければ説明がつかない事柄というやつだ。テラコッタはこの空間を作り出せる者は一体どんな魔法使いだろうと考える。そしてやはり先程のムーンダストという者なのかと頭を捻った。
ノヴァーリスは彼を信じると言ったが、その言葉が心からのものだとは思えない。むしろ、投げやりというかやけくそというか、そのような雰囲気を感じ取っていた。
大方小屋の中を見て回ってから、テラコッタは木で出来た円形の椅子に腰かける。
「では俺も見つかる前に戻るからな」
そうユキが言ったのは、彼がこれからのことを全員へ簡潔に説明した後だった。
ユキの話によると、この場所は特殊な結界に守られた場所らしく、どこでもない場所だと謎かけのような説明を受けた。
そしてユキはジロードゥランの館に向かうようにと告げてきたが、テラコッタはユキの能力で館まで送れと抗議して見せた。が、不機嫌そうな彼からの返答は「影の続かない砂漠は通れない。何から何まで人様に面倒見てもらおうとか甘えんなカス」だった。
勿論テラコッタは地団駄を踏み強く出たが、返ってきたのは冷たい視線とより深く刻まれた眉間の皺だけである。
「どこでもない場所に母さんを埋めさせられた僕って……」
ユキが影の闇の中に姿を消した後、長い溜め息を吐き出しながらオウミが頭を抱えた。その落ち込んだ姿を見てムッタローザが彼を慰めるように口を開く。
「だ、大丈夫です!オウミ様はきちんとリベラバイス様が好きだった丘の上を想いながら埋葬されたのでしょう?あの口の悪いユキさんが言うには、そうすれば其処に埋められていると言っていたではないですか」
「確かにそうなんだけど……、はぁ。よくノヴァーリスは、あの妖しい二人組の言葉を簡単に信じたね……いや、テラコッタちゃんの幼馴染み?友人くん?のユキっちはわかるとして。……いやシウンやレオニダス候も何も言わないしさ……」
ムッタローザに僅かに微笑んで見せてから、オウミはソファーに座っているノヴァーリスに視線を向けた。
彼女は自身の手の甲を訝しげに見ていたらしく、其処から視線を外すと霞のような微笑みを浮かべる。
「私ね、全てを信じたわけではないの。だってきっとムーンダストには協会とは違う彼なりの思惑があるのでしょう」
「ノヴァーリス、お前……」
レオニダスが口を開くと、シウンは判っていたのかそっと瞼を閉じた。
「でもそれでいいと思った。利用したいなら利用されてもいい。ただ、私は私の望むものを取り返したい」
その為に信じたの。と続けたノヴァーリスにテラコッタは思わず椅子から立ち上がり、彼女の後ろから腕を回して抱き付く。
ソファーの背凭れの部分が二人の間に挟まっていたが、首元に回されたテラコッタの肌の温もりにノヴァーリスは心地良さそうに目を細めた。
――あぁ、どうしてこう……この人達はこんなにも似ているのだろう。
テラコッタの脳裏に浮かぶのは、ノヴァーリスの父、アシュラムの姿だった。彼もまた愛する家族を守るために、自らを犠牲にし利用させた。
その姿と今のノヴァーリスが重なって見えたのだ。
「アシュラム様とノヴァーリス様は本当に、大馬鹿な親子です……っ」
「テラコッタ……?」
道中でエマの最期は少し話せたが、アシュラムのあの夜の嘘と処刑の様子を伝えきれてなかったと、テラコッタは頑強な意思で全てを――ノヴァーリスの前で記録を再生させることを決意する。
「ノヴァーリス様に見ていただきたい映像がございます」
「へぇ……。ここがどこだか判りませんが、俺も見せてもらっていいです?」
そんな時、奥の部屋からジェイドとエクレールに肩を借りながらアキトが姿を見せた。
「う、うぉぉお、アキトくぅんっ?!」
「わぁっ、アキトさぁぁんっ!」
「げ……レオニダス様、すごく気持ち悪っ……ちょ、ジョエルも一緒に、抱き付くな……っ!」
顔色は悪いがそれでも立っているアキトの姿を見て、レオニダスとジョエルは号泣しながら彼に飛び付く。
アキトは鼻水を垂らしているレオニダスに心底鬱陶しそうな顔をしながらも、口角はいつもより楽しげに上がっていた。
「アキト、良かった……」
「貴方がいないとレオニダス様は何も出来ませんから」
ノヴァーリスとシウンがそう続けると、アキトは迷惑そうに溜め息を付きながら、そっと小さく笑う。
「ご迷惑お掛けしました。あ、オウミ王子は謝らなくていいんで」
「う、それ先に言う?」
アキトの姿に立ち上がったオウミとムッタローザを制すると、アキトはレオニダスたちを押し退けてから、ノヴァーリスが座っていたソファーの前にゆっくり歩いた。それから心配そうに皆が見つめる中、ノヴァーリスの太股の上に頭を乗せてソファーの上に仰向けに寝転がる。
「……はー、天国……あ。じゃあ続けてください」
「「いやいや続けられるか!!」」
思わずテラコッタとオウミの台詞が重なり合った。
「アキト、ふざけないで下さい」
シウンが笑顔で威圧感を高めるが、アキトにはどこ吹く風で全く通用しない。それどころかノヴァーリスの膝を撫でるように踞ると、小さく震え出した。
「ノヴァーリス様、俺、超しんどいです、めっちゃ痛いです。なのに、怪我人の俺を皆苛めるんですけど」
「シウン、テラコッタ。アキトのことは私が看るから大丈夫よ」
何を流暢に喋りやがって。とその場にいたほぼ全員がアキトに心の中でつっこむ。
特に腹が痛むような仕草をするだけで、ノヴァーリスが心配そうに前屈みになり、その時彼女の柔らかい胸がアキトの頭に触れ、ふにゃっと形を変えるほど押し付けられることになっていた。
――このガキ、いつか谷底に突き落としてやるっ!
ギリギリとテラコッタが嫉妬の炎に似たものを燃やしていると、やれやれといった様子で壁に凭れ掛かっていたレーシーが口を開く。
「それでテラコッタ殿。映像を再生させる魔法を使わないのか?」
レーシーは処刑の広場にはいたので、アシュラムの死際は知っていたが、あの夜ギネに窓から突き落とされた後のことがずっと気になっていた。
「……テラコッタちゃん、もしかしなくても、兄貴の最期の記録なの、か?」
レオニダスの台詞にテラコッタはこくりと頷く。
「テラコッタ、覚悟はできたわ。……私に教えて。お父様の最期を私に見せて」
悲壮な面持ちでそう言ったノヴァーリスにテラコッタは唇をきゅっと噤んだ。
『――だから貴女は貴女のすべきことをして。私の言ってること、わかるわね?』
――エマちゃん、私、私のすべきことをするよ。あの夜のアシュラム様を、アシュラム様の最期をノヴァーリス様に伝える。
テラコッタは一度瞼を閉じると、友人の言葉に背中を押されるように瞼を開ける。
パンっと掌を合わせてから、左右に大きく広げれば、其処には懐かしい王城の一室が映っていた。