【クライスラー】
カーテンを閉め忘れた窓から入る強い日差しにクライスラーは瞼をピクリと動かす。
視界が光を受け入れると、隣で眠っている女の金髪が目に入った。鮮やかに光を反射しているその髪は少しだけ癖がある。きっといつも髪を巻いているせいだろう。
――髪色は似ているが違うな。
記憶に残る髪色にクライスラーは目を細めると、女――アストリットが目覚める前にとベッドから起き上がった。
質の良い絨毯に素足を置き、乱れた髪を掻き上げる。
「……クライスラーさま?」
甘えたような声がクライスラーの背中に投げ掛けられた。
小さく眉間に皺を寄せると、クライスラーは観念したようにゆっくりとアストリットに振り返る。
「もうお帰りに?」
小首を傾げて寂しそうに尋ねてくるアストリットは、確かに美しい少女だった。
重ねた肌の感触も滑らかで、触れた手が吸い付くように引き寄せられるほど綺麗だ。
だがクライスラーは特別彼女の身体も心も欲しかったわけではない。
幾度となく手紙を渡されて、仕方なくやってきただけだった。
そして望まれるがまま仕方なく抱いてやっただけなのだ。
「……父を襲った皇国を許すことはできぬからな」
「……ノヴァーリスはどうするのです?」
――あぁ、そうか。ノヴァーリス、確かに彼女はそんな名前だった。
一瞬だけ愛しげに記憶を手繰り寄せたクライスラーには気付かず、アストリットの目は細められ、その瞳孔が鋭く光った。
その変化が何故かクライスラーは可笑しくて堪らなかった。
「安心しろ。ノヴァーリス姫を捕らえにギネが向かった」
「捕らえるだけですか?」
「……その前に殺されるかもしれないがな」
自身で言った台詞にクライスラーはほんの少しだけ動揺してしまう。
殺される、との言葉を聞いたアストリットの方は満足そうに何度も頷いては微笑んでいた。
――……俺は何を考えている?
ノヴァーリスなどどうだっていい。
そう断言できなくなった自身の僅かな変化にクライスラーは戸惑った。
あの夜、彼女の逃げる後ろ姿だけしか記憶にない。
それ以外はあり得ないというのに、どうしてこうも心が乱されるのかとクライスラーは眉間の皺を深くした。
「……あの」
その雰囲気に押し黙っていたのか、アストリットがまた首をかしげてクライスラーを見上げていた。
いつの間にか、彼女の伸ばした手がクライスラーの衣服を掴んでいる。
「離せ」
汚らわしいものにでも触られたかのように、クライスラーは濁った太い声を出していた。
怒りと気持ち悪さを含んだその声は、人をはね除けるほどの鋭さを持っていた。
――今は誰も俺に触れるな
脱いで散らかったままの昨日着ていた残りの衣服を再び着ると、クライスラーは黙ったまま部屋を後にする。
ただ一人、部屋の中に残されたアストリットが「……大丈夫よ、もう少しだわ」と呟いていたことを、クライスラーは全く気付かなかった。




