【ノヴァーリス】
「な、なんなのです?!話の途中で霧のように消えちゃいましたが!!」
「……すまん、どうやら本体の方で何かあったらしい」
テラコッタの台詞に眉間に皺を寄せたユキをノヴァーリスはじっと見つめた。月の光に照らされた銀髪は、氷のようにキラキラと月の光を受け止めている。
先程ムーンダストと名乗る協会の魔法使いに口付けを落とされた右の手の甲がやけに熱い。
「あの人は協会の異端児だ。協会を担うとされているほど、魔力量も……その力も強大だから誰も逆らわない。……が、常に見張られているような存在だ」
「ん?あ、記録にある!!ルドゥーテ様が言ってたノヴァーリス様の祝賀会に来る予定だった協会の魔法使い!!ユキっちが言ってた神童!!さっきの!……あ!もしかして、私がノヴァーリス様に会いにハイドランジアに向かう途中で炎が映像を見せたのも――」
「あぁ。そうだ。炎を操るのもあの人は得意だ」
ユキはテラコッタの言葉に深い溜め息を吐き出しながら、諦めたように頷く。
「……その映像とは?」
「これよ!」
シウンの言葉にテラコッタはレーシーとジョエルの三人でいた時に見た炎の映像を再生させた。
ノヴァーリスは自分が拐われているシーンを見て、ビブレイの美しいまでに禍々しい微笑みを思い出した。震え始めた肩を自身で抱き締める。
「……一人の胸元に黒い蜂の刻印がチラッと見えた」
「今一人が戻ったぞ。こいつがアルベリックを……」
「こいつ、が……」
オウミ、レオニダス、ジェイドの順で呟いていた。
三人ともそれぞれ思うところがあったのか、歯を食い縛り握った拳は力強い。
「……ところで、お前はいつまで母親の亡骸に縋り付いているつもりだ?」
「は?」
ユキの冷たい台詞を聞いて、隣のムッタローザにリベラバイスの遺体を抱かせていたオウミは彼らしくない表情でユキを睨み付けた。
「ガキのようにいつまで嘆いている。お前が城に残っていれば、もしくはお前が母親を連れて逃げていれば、母親は死ななかっただろう。全部お前が悪い」
「なっ!」
わかっていることを他人に、それも出会って間もない男に踏み込まれるのを許せるほど、オウミは冷静ではなかった。そしてまだ大人には成りきれてなかった。
「ユキ、さん?止めてください。オウミは悪くありません。悪いのだとしたら、あの場に居てしまった私です。私が拐わなければ、オウミは今でもお母様の傍にいたでしょう。オウミが城を出たのも、私を守るためでした」
「ノヴァーリス……」
背中に掛かるオウミの声に一度申し訳なさそうに微笑んで振り返る。
二人の間に割り込むように立ち位置を変えたノヴァーリスは、再びユキに向き直ると、そのまま表情を曇らせた。
――償いきれないのは、私……
レオニダスの領地の民たちのことも、オウミの母リベラバイスのことも、ジェイドにとって心許せる大人だったアルベリックのことも。自分を生んでしまったルドゥーテとアシュラムのことすらも、ノヴァーリスは自身の罪なのだと感じていた。
何度シウンに違うと否定されようとも、青の薔薇として生まれてきた不吉な姫の自分のせいだとしか思えない。
――だけど
「ユキさん、先刻のムーンダストさんは私の生存を喜ばれていました。貴方たちの目的は何ですか?もし私に――国を滅ぼすと言われた私に、その運命に抗える別の道があるなら教えてください」
顔を上げて真っ直ぐにユキを見つめる。曇っていた表情は少しだけ明るくなっていた。
薄いアイスブルーの瞳がノヴァーリスの姿をじっと映している。
「……抗う道はある。まずは簒奪者たちから国を取り戻すことだ。勿論、それだけでは決して終わりではないがな。それから目的は今はまだ教えられない」
「……わかりました。貴方の言葉を信じます。勿論教えてくれない目的は気になりますが……。でも貴方の言葉を信じ、ムーンダストさんのことも信じますね」
「……そうか」
すんなりと信じると言い切ったノヴァーリスにユキは驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの不機嫌そうな表情に戻ると、近くの木に凭れ掛かった。
シウンやオウミ、レーシーがノヴァーリスを心配そうに見つめているのを見ながら、一瞬口角を上げる。
「後……俺のことはユキでいい」
「……はい!」
小さく呟いた台詞に元気よくノヴァーリスの返答が返ってきて、ユキは彼女から顔を背けた。
それだけで月の明かりしかない暗闇では誤魔化せるだろうと思ったのだ。だが真横に移動してきたテラコッタに顔を覗き込まれて、思わずニヤニヤしている彼女の顔を平手で覆うように叩いた。
「痛っ?!」
「驚かせるお前が悪い!殺すぞ」
「その前にさっきの真っ赤な顔再生させる方が絶対早いもんねっ!!」
「殺す」
ユキがテラコッタの首を絞める。
そんな幼馴染みの二人のやり取りを微笑ましく見てから、ノヴァーリスはオウミとムッタローザに向き直った。
「オウミ、お母様を……何処かに埋葬してあげましょう?」
「うん……。でもこんなわけのわからない森の中は嫌なんだ……」
俯いて苦笑いを浮かべたオウミは、ノヴァーリスの重なった手の温もりにじわりと胸の奥で何かが広がるのを感じる。
「あぁ……闇も濃くなった。当初の目的地に案内しよう。俺が出来るのは其処までだ。そして其処ならお前の母親も喜んで眠るんじゃないか」
ユキはふっと笑うと、闇の中に腕を突っ込んだ。
それから「数人ずつ運ぶ」と口を開いたときにはまたいつもの表情に戻っている。
それが彼の普通の顔なんだろうかと考えながら、ノヴァーリスはユキの手を取った。
やはりムーンダストの唇が触れた手の甲がちりちりと熱を発している。
闇を通るとき目を自然に閉じた。それからすぐにゆっくりと目を開ける。
通り抜けた闇の先に広がるのは、月の光に照らされ咲き乱れる花々が眼下に見渡せる小高い丘の上だった。