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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
三章 異世界女子、精霊とともに生きる
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異世界女子、精霊の愛し子になる

このお話はフィクションでファンタジーです。

 魔女との契約を結んだ千早は森で待っている人たちのためにレスタに伝言と食料や水の補充を頼んだ。

 数日分の食料と共に戻ったレスタから彼らは戻ってくるまで待っているという返答を受けとり、それならばさっさと終わらせようと魔女が質問するままに答えていった。


 もちろん千早の記憶なので彼は写ってはいないのだが、それでも学生服を身に着けた集団を見て「ハルもこうやって平和に生きていたのだろうか」とつぶやく魔女の言葉に目を伏せる。

 魔女の森への滞在は三日。レスタが加わったことにより行きの半分の時間で王城に戻った千早たちを、事前に知らせを受けていた友人たちが出迎えてくれ、事の顛末を国王陛下に伝えると千早はよく精霊王を取り戻したと(ねぎら)われた。








「私、怒ってることがあるの」


 一年の不在も魔女とのやり取りもすべて報告し終えた千早とレスタは、王宮のレスタの部屋のベッドの上で向きあっていた。寝巻で正座する千早とうなだれて行儀よくお座りするレスタのあいだに緊張が漂い、旅の疲れを癒していた昨日とはまったく異なる雰囲気だ。


「本当にすまなかった」


 帰還してから何度目かもわからないレスタの謝罪に千早の厳しい視線がむけられる。


「それはなにに対しての謝罪ですか?」


 雄々しい百獣の王が濡れ鼠のようにしょんぼりしている姿は哀れだが、それでもこれだけは理解してもらいたくて話をうながした。


「そなたに相談もなく魔女のところに向かったことだ」

「それは許したはずです」

「……そなたの寿命を勝手に伸ばそうとしたこと……?」

「それは素直にありがたかったですよ」

「……では……一年間もそばにいなかったこと」

「それは心配したし寂しかったけど怒ってません」


 心当たりが尽きたのか沈黙するレスタのあごを撫であげて視線をあわせ真剣な表情で告げた。


「あなたの契約者は誰ですか?」

「千早だ」

「それなのにあなたに首輪を付けたのは誰?」

「魔女、だ」

「私は私の精霊(・・・・)に勝手に首輪を付けられて怒ってるの」


 ポカンと口を開けてほうける精霊王がかわいいなぁとの感想を持ちながら、千早はレスタのたてがみをそっと撫でる。


「あなたは私がほかの()首輪()を付けられて怒らないの?」

「付けたことを後悔させて……そうか」


 契約の証に首輪をつけることをレスタが了承したと魔女から聞いていた千早は、彼の顔を両手ではさんだまま青い目を見つめた。


「わかってくれた?」

「ああ、本当にすまなかった。嫉妬したそなたは愛らしいが、悲しませるつもりはなかったのだ」

「しっ……と、なんてしてない、けど」


 レスタの言葉を素直に認められなくてフラフラと視線を迷わせる千早だが、うっすらと赤く染まった頬を見てレスタは慈しむようにベロリと舐めて楽しそうに笑う。


「嫉妬していなくともそなたに不快な思いをさせたことを謝罪しよう。もう二度と、そなたからの首輪以外は受けいれないと誓うよ」


 なぜか満足そうに慈愛のこもった蒼い目で見つめられれば、それまであげていた気勢が削がれて後ろ手に隠していた物を差しだす勇気をなくしてしまった。


「千早?」


 穏やかに笑う金獅子は後ろに持っている物を知っているようでうながすように小さく首をかしげ、観念した千早は黒い鎖状のものを差しだす。


「この一年砦で働いていたお給料から買ったの」


 それは黒金といわれる金属を細い蔦状に加工して首飾りにしたものだった。ただしレスタ用に特注で長く作ってもらったのだが。


「レスタが消えてから戻ってくるまでに首輪をつけようと思ってお給料をためていたの。っていうかただこの目的のために無心で働いていたのよ。そうしないと寂しくて、泣いて……立てなく、なりそ……」


 この一年、何度泣いただろう。それでも自分に一度も嘘をついたことのないレスタが言った『帰ってくる』という言葉を信じて我慢してきたのだ。泣きつづける千早を前足で抱きよせたレスタはそのままベッドへと横たわり、大きな肉球のついた前足でそっと己の契約者を抱きこむと何度目かもわからぬ謝罪を口にする。


「私はそなたをなんでも知っていたつもりでいたが、そうではなかったのだと痛感しているよ。保護者もいて友人もできて、仲間もいる。だから少しくらい私が離れても平気だろうと自分勝手に判断してしまったことがそなたを苦しませたのだな」


 深く反省して自己嫌悪におちいっているようで森から帰ってきてからはその輝くような黄金の毛並みもくすんでいるが、千早は刻まれるレスタの鼓動と体温を感じながらたてがみに顔をうずめて大きく息を吐いた。


「実は一つ、レスタにも話していなかったことがあるの」


 秘密を打ち明けるというのは存外勇気がいることだが、レスタの考え違いをこのままにしておくことはできないと頭を上げて彼の青い目を見つめる。


「私ね、この世界に来た時から思ってた。周りの人や物の形が、私に見えているモノと違うんじゃないかって」


 確信したのはレスタとのつながりが切れ、魔導士長に言葉を聞き取れるようにしてもらった時だった。

 言葉を聞き取れないということは発声の方法や聞き方に違いがあるということで、他言語が理解できないのとは訳が違う。極端なことを言ってしまえば耳や口ではないほかの器官で会話している可能性を思いついた時、この世界に来てから感じる違和感はコレだったのかと納得してしまった。


 精霊が地球の動物の姿をしているように見える時点で気づくべきだったのだろうが千早はそこまで余裕はなかったし、さしだされた手も慰めてくれた腕も人ではない(・・・・・)モノのようには感じなかったから千早の姿とそれほど変わりはないはずだけれど。


「ひどいと思うかもしれないけど、私はこの世界の人を心の底から信用していないのかもしれない。でも優しくて素敵な人たちだと知っているから、すごく心苦しくて、裏切っているようで申し訳なくて……うわぁ、なんて言ったらいいんだろう」


 自分の考えや感じたことを言葉にすることができなくて身もだえていると、レスタが落ち着かせるように唇をぺろりと舐める。千早はしばらくうなりながら考え込んだ後、もう一度愛しい精霊の穏やかな瞳をのぞき込んでおそるおそる問いかけた。


「レスタから見て私って普通の人に見える? どこかおかしくない?」


 おそらく無意識に感じていた小さな負の感情をようやく認めることができた千早が緊張で震える様子に、レスタはだれが見ても判る甘くとろけるまなざしで己の契約者を見つめかえす。


「そうだな……まず精霊ですら染めることのできない艶やかな黒髪、豊かな大地を思わせる深い知性を宿した茶色の目。触れればしっとりと吸い付くような真珠色の肌と私の言葉でうっすら色づくやわらかい頬。前にも舐めたが口に含むのがちょうどいい小さな耳に私が口づけるのにちょうどいい場所にある甘いくちびる。それから――」

「ちょっと待った!」


 まだまだ先を続けるレスタの口を両手で物理的にふさぐと黄金のライオンは面白そうに、それでいて不思議だと言わんがばかりの面持ちで口に押し当てられた千早の指をぺろりと舐めた。生暖かくて柔らかいのに筋肉の硬さもあるぬめったその感触に驚いて慌てて手を引っ込めると、レスタの青い目が獲物を狙うかのような興奮と高揚に染まっていく。


「歯形を残したくなる白くて細いうなじや私の口にすべて入ってしまう可愛い手も」

「レスタ! 待って! お願い! それ、セクハラだよ!」


 羞恥に顔を染めた千早を見てもレスタの雰囲気は変わらない。


「千早。私に触れられ褒められるのは嫌か? それとも恥ずかしいだけ?」


 以前に教えたセクハラという言葉の意味をレスタは覚えていたのだろう。あの時は適当に『例えば同じ触れるという行為でもされた本人が嫌だ、不快だと思えばセクハラだし、うれしかったり恥ずかしいだけならそうじゃない』とか答えたはず。

 答えを二択にするあたりに狡猾さを感じるが、もちろん千早の答えは決まっていて。


「…………や、じゃない」


 素直な返事に目を細めて笑ったレスタがスリッと鼻先を千早の髪へと押し付けて匂いを嗅ぐ。


「人とは姿形の違う精霊である我々は言葉のほかに舐めたり、触れたり、匂いを嗅ぐことで愛情を表現したり感じたりするのだ。嫌ではないのなら慣れてもらうしかないな」

「……触れるのはいやじゃないけどすごく恥ずかしいのは、いや」


 考えに考えてなんとか反論すると、年の功なのか落ち着いた笑顔でうなずいたレスタは再びぺろりと唇をなめて言った。


「そうか、わかった。だが羞恥とは慣れるものだ。少しずつでいいから慣れていこう。それと先ほどの答えの続きだが私にはそなたが愛らしくて魅力的に見えるが、それはほかの人たちも同じだろうな」


 自分はほかの人たちと姿形に違いはあるのかと不安がっていた千早は、ここでようやく体の力を抜いてレスタの腕の中におとなしく収まりたてがみに頬を擦りつける。

 白いシーツに薄緑の上掛けと濃い緑の枕が数個無造作に転がったベッドの上で無防備に寄り添い眠る一人と一匹の姿は幸せそのもので、千早の抱えていた小さな不安も、レスタが抱えていた不満も消え失せていた。









 レスタが戻った後、千早は王城と地方砦を行き来しながら精霊の愛し子として精霊たちを支え友人たちとの交流を続けた。賑やかで楽しかったと彼女は笑っていたが、十年後にはレスタとともに魔女の許しを得て森の浅い部分に移り住む。そして時折レスタが生活に必要な物資を受けとったり手紙を運んでくるが、千早自身は森の外に出ることは二度となかった。

 後年、王城の地下牢で出会ってからも変わらぬ関係はまるで運命のようだったと、二人をよく知るジーク・フィールド青騎士団大隊長は語った。


 それから二十一年後。


「ラス」


 騎士総団長の地位を退いても忙しくしている契約者の元へ白蛇の精霊リーガが音もなく現れた。

 執務室で書類に目を通していた美少年はいつもとは異なる雰囲気に眉間に深くしわを刻んで己の精霊のために仕事の手を止める。


「なんだ」


 日差しの降り注ぐ部屋の中で淡く光るような巨大蛇は、椅子に座る契約者を深紅の目で見おろしながら静かに言った。


「これから数日間、精霊たちが少しずつ姿を消すが驚かないでほしい」


 ほかの契約者は気づかないかもしれないが、一応国の重鎮でもあるラスニールと国王には報告しておくべきだと思ったらしい。


「なにがあった」

「千早に、別れのあいさつをしてくる」


 ハッと驚くラスニールにリーガは珍しく甘えるようにすり寄りながら淡々と話した。


「レスタが精霊だけに許可をくれた。だから会いに行ってくる」

「……早すぎるだろう」


 絞りだされるような声は苦悩と悲しみをはらみ、感情を隠してうつむく少年をリーガはいつになく深い慈愛のまなざしで見守る。


「伝言はあるか?」

「……『お前を忘れない』と」

「かならず伝えるよ」


 返事をしながら執務室を出ていく白蛇を見送ったラスニールは立ち上がって窓から外を見た。

 数日後、戻ってきた精霊たちから友人たちに伝えられた千早の言葉は『またね』。彼女らしいと皆が小さく笑ったという。








 人の手が入っていないというのにきれいに整えられた深い森に一つの人影があった。虫も鳥もいない不自然な森の小道を、その人物はまるで来たことがあるかのように迷いなく進んでいく。フード付きのマントからちらりと見える腰に差した剣は使い込まれていて、森を渡る風に黒い前髪が柔らかく揺れた。


 やがて白濁した水晶の巨岩の前に立つとためらうことなく洞窟の中へと歩みを進め、巨大な水晶が鎮座する玉座の間へと入るとフードをとってこちらを見つめるレスタと魔女にあいさつをする。


「はじめまして。私はアラステア・シャムロックと申します。約束のない突然の訪問をお許しください」


 耳に心地よいテノールでどこかで聞き覚えのあるあいさつをする青年(・・)は、期待と失望という相反する感情を内包する目で自分を見つめる黄金のライオンの前でひざまずいた。

 見上げるレスタとの視線が交わったまま、青年はとても愛おしそうに微笑んでゆっくりと口を開く。


「ただいま、レスタヴィルクード。私の精霊。性別を指定するのを忘れてうっかり男に生まれてしまいましたが、また契約してくれますか?」


 黒髪に金色の目と白い肌。高い身長に無駄のない筋肉のついた見事な体躯と長い手足。切れ長の目と精悍な美貌は前の契約者と正反対なのに、柔らかい言葉と微笑みが青年と異世界から来た女性の面影を重ねる。


「千早?」

「はい。ずいぶん待たせてしまってすみません。国内どころか大陸の端の魔道帝国に生まれてしまって、ここに来るのに二十六年もかかってしまいました」


 輝きを失っていた黄金色を撫でながらアラステアはレスタの目をのぞき込んで彼が理解するのを待っていると、ふるりと体を震わせてほこりを落とした精霊が立ち上がり青年を見下ろした。


「おかえり、私の運命。そなたを待っていた」


 たてがみを擦り付けてくる大きな身体に押されてしりもちをつきながら慣れた様子で抱き着けば、レスタは目を細めて低い声でささやく。


「アラステア・シャムロック。そなたと契約を交わしたい」

「もちろんです。これからもどうぞよろしく、愛しの精霊王」


【こぼれ話】

「まぁ、レスタと一緒にいられるのなら男でも女でもかまわないのだけどね」

「再びそなたと会えて私もうれしいが、抱きしめられた時の感触は女性のほうが……」

「あはは。そこは男のさがだからね。理解はするよ」

「そうだ。以前私の一年を支払った対価で魔女に男性の人型にしてもらったが、今度は女性型になればいいのではないか?」

「ん? それはやめてくれ。私が開けちゃいけない扉を開けてしまいそうだから」

「そうか。残念だな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通のハッピーエンドではないけれど、自分的には、生まれ直してまた再会し契約するという2人にとって幸せなお話に心が温かくなりました。第二の人生を終えてもまた繰り返していくのかな…? 晩年は森…
[一言] 作者さまがハッピーエンドのタグを外された、というのでちょっとビクビクしながら読ませていただきました。 けれども!私にとってはハッピーエンドだなと思いました。 大円団ではないこういう感じ、とて…
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