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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
三章 異世界女子、精霊とともに生きる
22/26

異世界女子、精霊と再会する

このお話はフィクションでファンタジーです。

 ジークとラスニールと別れて二日。

 話をすることはできないが一年以上一緒に生活していた精霊たちは千早に危険が及ばぬように助けてくれた。ネズミの精霊ロイは常に千早の肩の上から離れず、白蛇の精霊リーガは気まぐれのようにスルリといなくなったと思うと戻ってくるのを繰り返していた。どうやら道に近づく魔物の排除、または自身をおとりにして魔物を()らしてくれていたようだ。


 おかげでほとんど危険を感じることはなかったが、やはり夜は眠ることができなかった。マントにくるまりリーガもロイもそばにいてくれるものの、森の中に一人という事実にラスニールやジークの存在がどれだけ千早を救っていたのかを痛感する。


 大きな木の根元に座って目を閉じても、風で木々が揺れる音や遠くで聞こえる何かの鳴き声が聞こえるたびに息を止めて周囲を確認していた。そのたびに精霊たちが安心させるようにすり寄ってくれたが、結局軽くうとうとする程度の休息しか取れなかったのである。


 それでもジークには二人と別れてから一日、二日で森の中心部に到達すると言われていたので、長くても残り一日……千早の感覚だと半日も歩けばレスタの元へとたどり着くことができるだろう。

 周囲の森はさらに深くなり、日差しが差し込むきれいな緑から黒々とした深緑へと色を変えた。木々はありえないほど大きくなり、幹の直径は千早の身長の三倍はあるだろう。高さに至っては上が見えないために想像もできない。遠くから見た魔女の森はここまで大きくなかったから異世界の不思議があるのだろう。


 下草はまったく生えておらず、苔が湿度とともに森の空気を色付かせて人の手が入っていないと思えないほど美しい自然の形態を保っていた。

 同行するのは片耳が欠けていてもいたずらにきらめく青い目が可愛らしいネズミと、輝くような白い鱗にしなやかな巨体が神々しい蛇だ。

 森の小道は歩きやすく慣らされていて、今日は魔物どころか動物も虫の気配もない。まるで神の庭だ。ここに千早がおらず精霊たちだけが存在しているならば、おそらく永遠(とわ)に調和のとれた世界が続くだろうと思わせた。


 だがそれまで調子よく歩みを進めていた精霊たちが突然足を止める。


「リーガ、ロイ。どうかした?」


 何の変哲もない森の中で千早には何も感じられない。それでも何かが違うのか一歩たりとも進もうとしない精霊たちは心配そうに千早を見上げるだけだ。


「もしかしてみんなはここから先へは進めないの?」


 魔女の森は魔女の(ことわり)の領域だ。精霊ですら自由にできないここで、これ以上の手助けは無理なのだろう。

 頷きながら悲しげに見上げてくるネズミの精霊ロイの前に膝をつくと、彼は後ろ足で立ち上がり手で何かを叩いた。まるで透明な壁があるかのような仕草で物理的に進めないのだと訴える彼に笑いかけた千早は、上から見下ろしてくるリーガの下あごをスルリと指先で()で上げる。


「判った。ここまでありがとう。大丈夫。私は通れるみたいだからこのまま行ってくるね」


 すでに一線を越えていた千早は心配する彼らの視線に言葉を返す。歩き疲れて痛む足も、慣れない野宿で疲れ切った体も、言葉が通じないもどかしさに荒み切った心も、一人になる恐怖も、今はどうでもよかった。

 レスタに会える。ただそれだけが千早の望みであり、そのレスタは目と鼻の先にいるのだ。ここで戻ってしまっては何のために一年も耐えたのか判らなくなってしまう。


「私が一人で行ったことをラス様やジークに伝えてくれる? 体調が悪そうだったから二人をよろしくね」


 待ってくれている人たちに伝言を頼み、千早は森の奥へと厳しい顔を向ける。


「二日経っても戻らなければ諦めて、とも伝えて」


 不安な心のままに伝えればロイが怒ったように足を踏み鳴らし、リーガも苛立ったように空気を吐き出すような威嚇音を出した。心配からくる態度に嬉しさが込み上げてきた千早は、半分だけ目を伏せて視線をそらしながら微笑んだ。


「二人ともありがとう。そうね。レスタを必ず連れて帰ってくる」


 優しい彼らに手を振り、千早は地面がむき出しの小道を辿(たど)っていく。食料はあと二日分のみ。これなら行く先にレスタが一緒でなく(・・・・・)とも戻ってくることは容易だろう。

 周囲は風が吹いた時に木々が揺れる音しかしない。鳥の鳴き声も虫の這いまわるかすかな音もしない。まさしく異世界らしいの雰囲気を漂わせる森の中を、千早は大切な存在の元へとひたすら歩き続けた。








 午前中に一度休憩を入れて、時間は判らないがおなかがすいたころにお昼を食べて先へと進む。

 やがて白濁した水晶でできた巨大な岩山のようなものが道の最終地点にそびえているのが見えてきた。道はその岩山に開いた洞窟の中へと続いていて、思いのほか明るい中を恐る恐るうかがいながら足を踏み入れる。


 静謐な空間は日の光が反射する音まで聞こえてきそうでこの場を乱すことがためらわれるが、千早は唾を飲み込むと洞窟の奥に向かって声をかけた。


「こんにちは。レスタの契約者の皆川千早です。お邪魔します」


 おそらく魔女の住処であるだろうそこに無断で侵入する度胸がなかったのだから仕方がない。あいさつは円滑な対人関係の最初の一歩だとおっしゃっていた大学教授を信じて千早は奥へと向かった。

 どうせこっそり入ったところで気配を断つことなどできないし、待ち伏せがあったとしても察することなどできはしないのだ。それなら無断で侵入して家主の不興を買うよりも正々堂々と声をかけた方がましだろう。


 洞窟の中だというのに空気は淀んでいないし湿気も少なく、相変わらず足元は平らで小石一つ落ちていない。壁際に植物らしきものも生えてはいるが、素材がすべて青白い水晶のように硬質で美しくも不気味なものを感じさせた。


 やがて洞窟の最深部へと足を踏み入れる。

 そこはまるで体育館のように広く光に満ち溢れていた。土を踏み固めてできたような道はいつの間にか壁と同じ水晶のような素材に変わり、まるで空気ですら青白く染め上がったような空間には同じく半透明のツタの植物が生い茂る。


 中央にはひときわ透明度の高い水晶の塊とそれを背にした玉座があり、そこに魔女は優雅に座っていた。

 黒髪はまっすぐしなやかに背を流れ、こちらを感情なく見つめる瞳も漆黒。肌は褐色でくちびるは可憐な桃色だが笑みの浮かんでいない口元のせいで表情は冷ややかだ。絹のように流れるドレープのあるロングドレスは前面が足首までしかなく、そのかわり後ろは引きずるほどに長く見える。

 優雅に組まれたすらりと伸びた足はかかとの高い黒い靴が目を引き、足首に巻かれたベルトに小さな黒薔薇があしらわれていた。玉座のひじ掛けに置かれている左の薬指と耳朶を飾るピアスにも同じ薔薇の意匠が飾られている。


 人の姿をとった人ならぬモノ。本能的な恐怖に千早の足は震えたが、魔女が座る玉座から少し離れた場所に静かに座っているレスタを見つけて踏みとどまる。

 生きていた。判ってはいたがそれでも不安だったのだ。とても驚いた表情でこちらを見ていることから、魔女に無理強いされたわけでも監禁されているわけでもないのだろう。


「はじめまして。レスタの契約者の皆川千早と申します。約束のない突然の訪問をお許しください」


 丁寧にまるで貴族に相対するようにお辞儀をした千早に、感情のまったく含まない魔女の視線が向けられた。しばらく見つめあったまま沈黙が二人をつないでいたが、やがて魔女が小さく息を吐くと長いまつ毛に縁どられた目を伏せて言葉を紡ぐ。


『なにようだ』


 なめらかな声は女性にしては低いアルトで彼女の風貌によく似あっていたが、今は会話が成立したことに安心した千早はここに来た目的を口にした。


「レスタと話をさせてください」

『……それだけか?』

「はい。今のところは」

『好きにするといい』


 魔女の許可を得た千早が座ったまま動かないレスタの前にひざまずき、少し薄汚れた彼のたてがみを撫でてからロイヤルブルーの目を覗き込んだ。


「今、私は貴方とのつながりが切れて精霊の声が聞こえないの。だから返事は首を振ってこたえてちょうだい」


 自分とののつながりが切れていたと聞いたレスタが慌てた様子で上半身を起こす。そのしぐさだけでこの現象は彼が意図したものではなかったと知れて千早は小さく笑った。


「私が契約者でいることがいやになった?」


 質問が衝撃的だったのか数秒硬直したレスタが悲しげに首を横に振る。


「私のためにここにいるの?」


 意気消沈してたてがみすらボリュームをなくし項垂れているライオンの頭がうなずいた。

 周りの精霊たちが言った通りレスタは千早のために魔女のもとにいるらしい。本気で千早のことだけを想っている優しい彼に涙が出そうになりながら、正直な胸の内をレスタに告げる。


「ねぇレスタ、気付いている? 貴方が私と離れてから一年も経ってるのよ」


 これもまた知らない話だったらしく目を見開いた精霊に、話をしながら早まる鼓動をそのままに興奮で涙が浮かんだ。


「まずは一緒に帰って話をしよう? 私が今どう思っているのか、貴方はどうしたいのか、これからどうするのか」


 お願いだからうなずいて、とじっと見つめているとライオンの精霊は落ち込みながら小さくうなずく。良かったと安心して立ち上がると、こちらを見下ろしていた魔女に向かって頭を下げた。


「一度、レスタを連れて帰ります」

『好きにしろ。首輪が契約を履行するための枷だ。外せるものなら外して去るがいい』


 よく見ると豊かなたてがみの奥に黒革の首輪が見えて千早はむっとする。コレを彼に付けていいのは自分だけだと、ごついソレに躊躇うことなく手をかけてスルリと外した。

 再び身に戻る暖かな力。精霊との契約がなされた時にも感じた確かなつながりに、首輪を投げ捨てた千早はレスタに抱き着いた。


「レスタ!」

「千早、すまなかった」

「……お前……どうやって首輪を外した」


 つながりが戻って喜ぶ二人に不穏な声音が響き渡り、それまで身じろぎもしなかった魔女が立ち上がる。


「どうやってって、鍵もついていないただのベルトだよ。普通に外したけど」


 なにが魔女の気に食わなかったのか判らない千早がレスタを庇うようにして立つと、睥睨しながら降りてきた魔女が目の前に立って覗き込むように目を合わせた。


「……魔力がないから守護の魔法も反応しなかったのだな」


 何かの原理が働いて本来なら外すことのできなかった首輪を外してしまったことに不快感をあらわにする魔女を、千早は負けじと見返す。


「首輪が外れたらレスタを好きにしていいと言ったのは貴女です」


 たとえ口約束だろうと違えられてはかなわないと主張すると、魔女はここで初めて笑みを浮かべた。


「判っている。だからレスタが契約を途中で放棄することに関しては何も問わぬよ。その代わり……」

「魔女!」


 レスタの声に危機感を感じて一歩下がるも、その前に細く長い指が千早の額に軽く触れる。


「この森に勝手に入った罰を与える。お前の魂をこの世界に縛り付けた。この先、お前が死して魂だけでも元の世界に戻ろうとしても適うことはない」

「……」


 魔女の言葉を理解したころには彼女は玉座へと戻っていた。


「それって……」

「魔女! 罰なら私に」

「ありがとうございます!!」


 レスタの言葉を止めながら、ようやく理解した~と嫌味でもなんでもなく嬉しそうに声を上げたのは千早だ。


「お前、何を言われたのか判っているのか」


 魔女と、おそらくレスタも同じことを思ったのだろうが、千早はこの世界の生死観など知らないから自分の考えを話し始める。


「だから私が死んだら魂がまたこの世界に生まれるってことですよね? そうしたら次は(・・)もう少し長く(・・)レスタと同じ世界にいられるでしょ」

「千早……知っていたのか」


 痛みを湛えるレスタの青い目に微笑む千早の顔が映った。


「周りの人たちが意図的に隠してくれていたのは知ってた。この世界は魔力の(・・・)量が(・・)寿命に(・・・)直結する(・・・・)のよね」


 成人しているのに婚約者もいない王族。いい年なのに結婚を勧められる後見人の公爵。ジークの小隊の中で一番年若かったがゆえに皆に可愛がられていた二十歳のガレイン。ラスニールに関して男は年をとっても子供を作ることができるので理由としては弱かったが、何よりも王都の人口に対する子供の数の少なさから彼らが千早の知る人間の成長過程とは違う(・・)と知れたのだ。

 最後まで隠しておきたかったとありありと表情に出したレスタが意気消沈して顔をうつむける。


「最初はそなたをもとの世界に戻してもらえるよう願った。だが魔女に千早をもとの世界に戻すことはできないと言われたのだ」

「それならなぜ」


 自分の自由を差し出してまで何を願ったのか。

 言葉のない質問にレスタは小さく首を振って低い声で答えた。


「そなたの寿命を少しでも長く伸ばしてもらうことと、そなたと同じ、姿と……寿命が欲しくなった」


 一瞬呼吸が止まり、胸が締め付けられる。呼吸が浅くなって涙がにじむが黙ってレスタの告白の続きを聞いた。


「そなたが眠ってしまったら抱き上げてベッドに運びたかった。泣いているそなたを抱きしめて慰めたかったし、街で一緒に歩きたかった。給餌もしたかったし、ジークやラスニールに触れてもらいたくなかった。それに……」


 そこで一度言葉を止めて蒼い目が真剣に見上げてくる。


「そなたが死んだら一緒に逝きたいと強く思った。歴代の契約者たちには感じなかった、置いていかれる悲しみに耐えられそうになかったのだ」


 悲痛な声は洞窟内に響き、出会ってからずっとレスタが苦しんできたことが想像できた。

 それでも自分の感情を滅多に表に出すことのない彼のこれ以上ない告白に、千早は嬉しさと悲しみの混じった表情で抱き着く。


「魔女は精霊を人の形にすることはできると言った。寿命は与えられないが、永遠に眠らせることならできると約束してくれたのだ。もし千早が人間の伴侶を迎えたいと言ったら、祝福し見届けてから眠るつもりだった」


 そんな大切な決断を穏やかな仮面の下でしていたと思うと胸が痛くなった。どうしたらレスタの気持ちに寄り添うことができるのだろうかと悩んだ千早は、今までと同じように何も飾らず誤魔化すこともなく心を告げる。


「レスタ。私はレスタが好き。この世界で一番好き。死ぬまでずっとレスタの隣にいたい。これって貴方と同じ想いだと思わない?」

「だが私にはそなたを抱きしめる腕もない。そなたが倒れた時に支えることもできない。子を()すことが出来ないのだよ」


 悲しげにまぶたを伏せるレスタは精霊王の威厳もなにもないが、いつもは千早を優先する彼が自分の希望を語る様子にじんわりと胸が暖かくなった。


「それなら私がレスタを抱きしめてあげる。さすがに倒れた時は支えてあげられる自信はないけど、貴方のそばに寄り添うよ。精霊と同じようには愛してあげられないと思うけど、私の心ならあげられる。それに好きでもない人の子供はいらないよ」


 流れる涙はそのままに抱きしめた腕の中の存在を自分に縛り付けるために言葉を紡いだ。


「魔女さんのおかげでまたこの世界に生まれ変わることができるなら、私は絶対にレスタのことを忘れない。生まれ変わったら必ず貴方に会いに来ると約束する。だからお願い。この形(皆川 )の私(千早)が生きている間はそばにいて」


 この世界で魔力のない人間の寿命がどれくらいかは判らないが、少なくとも元の世界の寿命を超えることはできないだろう。残り六十年などあっという間に過ぎるだろうし、それでなくても一緒にいることのできる貴重な時間を一年も無駄にしたのだ。


「千早……そなたは出会ったころから変わらず強くて聡いな」


 どこか泣きそうでそれでも嬉しそうに笑うライオンの様子に、千早はようやく腕の力を抜いて魔女へと向き直る。


「森に無断で侵入した罰は先ほど受けたので、せっかくなのでいくつか質問とお願いをしてもいいですか?」


 ずいぶん厚かましいと美しい眉をひそめた魔女はそれでもいい暇つぶしだと思ったのか鷹揚にうなずいた。


「いいだろう。願いに関しては対価をもらうがな」

「では遠慮なく。質問なのですが、レスタが対価を支払い終わるのはいつだったんですか?」

「三十年後だ。そなたの寿命をなるべく伸ばすという願いも一緒だったものでね」


 迷うことのない答えは彼らがその程度の時間など些末だと思っていることを示していた。ここも常識の違いがあったらしく、そのことに何も反応しないレスタに千早は笑いが込み上げる。


「レスタ。三十年後なんて私、生きてるかどうか判らないよ?」


 事実を知って愕然とするレスタと驚くことのない魔女に、彼女は千早の寿命が短いことを知っていてこの対価を要求したのだと悪意を感じる。けれどそれは世界と魔女のこれまでの関わりを知っていればある程度予想されていたことだ。

 衝撃を受けて押し黙ってしまったレスタに気遣いながらも千早はさらに質問を続ける。


「先ほどまでレスタが支払っていた対価を返してもらうことはできますか? または一年という支払った時間分の願いを叶えてくれますか?」


 一年も離れ離れだったのだ。せめて支払った対価に見合う願いくらい聞いてくれてはいいのではないかと要求する千早に、魔女はしばらく思案してから冷たい漆黒のまなざしを向けてうなずいた。


「精霊王の自由と魔力の一年分か。いいだろう。何を願う?」

「それはレスタが決めることなのでまた後で。では最後に叶えてほしい願いがあります」


 ここからは賭けだ。魔女が座る玉座の奥、巨大な水晶の中に浮かぶ人物を視界に入れながら千早は取引を持ち掛けた。


「私が生まれ変わっても今の記憶を保持できるようにしてもらいたいんです」


 願いことが予想に反したのか、片眉を上げて興味を示す魔女がピンクの唇を軽く開いて(ほう)ける。


「対価は私の元の世界の記憶を見せて(・・・)あげます。解説付き(・・・・)で」


 こちらも挑むように見上げながら笑えば魔女は何かに気づいたように目を見開いた。


()の着ている服は学生服ですよね。中学生か高校生かな? 多分同じ場所から来たと思いますよ」


 魔女が自分の背後に置き、人の立ち入りを制限してまで守ろうとしているように見える水晶の中に一人の少年が眠っていた。

 黒髪と真珠色の肌、細身の身体に身を包むのは学生服とスニーカーである。


「彼が私の世界と同じ場所から来たという保証はありません。この森の成り立ちから同じ年代から来たとも言えませんが、少なくとも彼の身に着けている服や靴と同じものが私の世界にはありました」


 洞窟に入って最初に見たのは魔女で次にレスタだった。レスタを開放し、安心して周りを見回せるようになって初めて気が付いた時には驚いて声を上げそうになったのだ。

 真偽を見定めるかのようにひたりと視線を向けてくる魔女は、やがてよく通る低めの声で語り始めた。


「昔、この地に魔王が生まれた。喰った者たちの能力を取り込むことができる能力を持ち、知性のある生き物たちは滅びるしかないかに思われた。その時、大陸で一番大きな国の王都に()が突然現れた。見慣れぬ服と戦いや魔物を知らぬ言動に弱いものを守ろうとする優しき心を持ったその青年は、剣技や魔法の才能に優れ、やがて人々を助けるために勇者となって魔王と戦ったのだ」


 そこまで淀みのなかった魔女の言葉が唐突に途切れると、痛みをこらえる表情を浮かべて無理やり声を絞り出すように続きを話し出す。


「魔王の肉体は滅びた。だが逃げ出そうとした魂をハル……勇者が身の内に抱き留め、その荒れた魂を鎮めようと永き眠りに入ったのだ。それが約二千年前の出来事。勇者の最後の言葉は勇者の国の言葉だったから私には意味が判らなかったが、私は勇者に救われた者として彼の目覚めを待つ守護者となった」


 千早の世界ではありきたりな(ファンタジー)だが、それでも当事者を目の当たりにすれば圧倒される。二千年という途方もない時間をただ一人で、いつ目覚めるのかすら判らない人を待ち続けるという狂気に千早は身震いした。

 吸い込まれそうな黒い瞳が寄り添う千早とレスタを見る。


「魔力のないお前と勇者が同郷だとは思えないが、確かに彼の衣服は彼の世界のものでガクセイフクというらしい。『見せる』などという中途半端な対価ではなく『記憶そのもの』を貰えるなら願いを聞いてやるが」

「それなら結構です。元の世界あってこその私なので自力でどうにかします。だいたい私の記憶を解説なしに見ても何がなんだか判らないでしょうに。自動車って知ってます? マンションは? 生活形態とか電柱の意味とか知らないのに何を楽しむつもりなんだろう」


 千早は長い間大切な人の目覚めを待っている彼女の慰めになればと提案したのだが、まさかそこまで強欲に来られるとは思わなかったとレスタをひと撫ですると声をかけた。


「それじゃあ帰ろうか。ロイやリーガ、ジークとラス様も待ってるよ。これからのことをたくさん話し合わなきゃ」


 心配をしているだろう彼らを思い出して魔女に背を向け出口に向かって歩き出すと、躊躇(ちゅうちょ)のない行動に魔女が焦ったように呼び止める。


「まて……少し待ってほしい。記憶保持が可能かどうか魔術式を組んでみないと……」

「記憶を取り上げるというなら願いを(かな)える必要はないですよ?」

「いや、ハルのいた世界を見るだけでいい。頼む。われらは彼の(元の世界)を理解してやることができなかったのだ」


 一気に逆転した二人の立場に、黙って成り行きを見守っていたレスタは千早の腕にスルリと頭を寄せると。


(したた)かさは健在だな、千早。我が契約者は本当に可愛らしくて私よりも賢い女性だよ」


 と満足そうに微笑んだのだった。


【こぼれ話】

魔女「自分の記憶を報酬から餌に変える手段はハルに似ているな」

千早「……ソウデスカ(レスタが無事に戻ってくるなら魔女なんてどーでもいいと知られたら呪われそうだな)」

魔女「彼は勇者をする代わりに報酬を望み、国ごとに交渉していく様子は見事でな」

千早「それはそれは」

魔女「その国の出せるギリギリの線を攻めるが、国民へは迷惑のかからないものを要求する姿を思い出すよ」

千早「たくましいですね」

魔女「ああ。国の中枢が腐っていると国王が泣いて土下座するまで攻めるのを見て私も責められたいと(ぽっ)」

千早「(ええぇ、この人マゾなの? だから二千年も待ってるわけ? 究極の放置プレイしてるんだろうか……)」

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