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異世界女子、精霊の愛し子になる  作者: サトム
三章 異世界女子、精霊とともに生きる
21/26

異世界女子、我慢の限界を知る

このお話はフィクションでファンタジーです。

 レスタが消えてから一年が経った。

 結局十日待ってもレスタは戻らず、その一か月後、予定通りにラスニールやジークたちと共にカルシーム砦に向かった。言葉の話せない千早はラスニールや砦の騎士たちの雑用をこなしていたが不便は少なく、逆に人と会話する必要がないことに安堵したくらいだ。


 だが見知らぬ土地で過ごす一年は悲しみを押し殺して過ごすことができた千早だったが、任期を終えた後見人やジークたちと戻った王城を見上げたとたんに思い出がよみがえって足が止まる。

 牢屋では熱をだした千早を暖めてくれた。食事を一口食べてくれていたのは毒殺を警戒していたと聞かされたのはつい最近で、千早の知らないレスタを教えてくれたのは精霊(ロイ)たちだ。

 牢屋から出た後も眠れない千早に黙って寄り添ってくれたし、眠れない理由を聞くこともなかった。どうしても苦手な食べ物はこっそり食べてもくれた。


 最初はこの世界の人が怖くて近づけなかったからレスタが前に立ってさりげなく遠ざけてくれたし、慣れるように少しずつ距離を測ってくれた。

 部屋から出るたびに疲労困憊する千早を気遣ってくれたし、誰にも言えない胸の内をレスタにだけは話すことができた。

 レスタ自身の話も惜しみなく聞かせてくれて、レスタの前の契約者サラが実はサラディウス二世陛下で男性であり、男性は子供を産むことができないという人の基本的な部分を知らなかったという恥ずかしい話も教えてくれた。もちろんそれを聞いた千早は前の契約者に抱いた嫉妬とともにうずくまってしばらく固まっていたが。


 夜の王都デートでは満月下で見た鐘楼はうっすらと青白く発光しているように見えて、レスタと二人並んでみた城下は街の明かりこそ少なかったものの満天の星は満月に負けない強い光を発していることに感動した。隣に寄り添ってくれたレスタが暖かくていつの間にか眠ってしまい、朝起きると自分のベッドに運ばれていたのは今思い出しても恥ずかしい。

 オーガスタが友人になった時も精霊ネットワークを使ってさらに友達になれそうな人物がいないか探してくれた。結局精霊(自分)たちが友達になればいいという結論に達したと聞いて笑ってしまったけれど。

 もちろん半年の間ずっと元の世界への帰還方法を探していたらしい。千早に秘密だったのは見つからない可能性の方が高かったから。


「私でも秘密にする。でも……もう我慢できない」


 馬車を降りた千早は久しぶりの王都に浮足立っている騎士たちを見ながら、ここにレスタがいないと泣きそうになって足を止める。今回の移動は前回のように豪華な馬車は使わず、荷馬車の御者台での移動にしてもらった。レスタのいない契約者など一般人と変わりがないし、貴族の馬車ですら中に乗れば揺れが激しくて酔ってしまう千早にはどちらも同じだったのだ。

 周囲を見回せば帰還したばかりの騎士たちが忙しそうに働いていて、誰一人として千早に注意を向けている者はいない。旅慣れどころか世間にも慣れてなどいないが、今なら旅装のままだし水筒や保存食も一日分くらいは残っているからレスタを迎えに行ける、かもしれない。

 突然消えれば心配をかけてしまうと荷下ろしをしていたリズにそっと近づいて声をかける。


「リズ、ちょっと出かけてくるね」

『あ……ちょっと待って』


 忙しそうだから適当に流されるかと思っていたが、残念ながらリズの勘が働いたらしい。重い荷物を下ろし終えた彼女は千早を見ながら近くにいた黒猫の精霊を呼んで通訳させる。


『どこか行くの?』


 勘のいい彼女は城に戻る様子のない千早を見て首を傾げ、かすかに緊張を(まと)った。


「一度クランベルド別邸に帰ってから、レスタを迎えに行ってくる」

『え? レスタが戻ってきたの?』

「ううん。まだあっちにいるよ」


 指さすのは城の西側、広大な森が広がる未開の地。


「もう十分待ったと思うの。遅くなったら迎えに行くって言ってあったし」

『魔女の森にいくつもりなの?!』


 千早の返事に顔を青くしたリズと黒猫の精霊はお互いが顔を見合わせてから千早へと向き直った。


『あそこは人が立ち入っちゃいけない場所だけど』

「知ってる。だから魔女さんには謝るつもり。全部私の責任だからこの国の人たちを罰しないでって」

『それに一人で行く気? 森には魔物もいるんだよ?!』

「魔よけのお守りも持ってるし、人が大勢森に立ち入った時だけ魔物が現れたって聞いてるからどうにかなるかな、って」

『なるか!』


 リズともめていたのが聞こえたレックスが加勢に来るのと、同じく寄ってきたネズミの精霊ロイが慌てて走り去るのは同時だ。レックスは腰に手を当てて呆れたように小さくため息を吐くと、逃がさないとばかりに千早の背後に立った。


「でももう待てない。もしかしたらレスタが助けを求めているのかもしれないし、そうじゃなくても私をもとの世界に返すためにレスタが犠牲になることはないはずよ」


 今までは周囲の人たちの判断を信じて動かずにいたが、十日の留守が一年になった時点でおかしいのだ。レスタが千早との約束を破るわけがないのである。


「保護されている身でわがままを言っていると判っているから挨拶はしていく。でも止めても無駄だよ」


 この世界のだれよりも大切な存在の居場所は判っているのだから一人ででも会いに行くと決めた。それに自分の身を案じてくれるのは嬉しいが、千早の精神が限界に近づいているのを知っているのはネズミの精霊ロイだけで、最近は元の世界やレスタと過ごした日々を夢に見ては飛び起きて泣くのをごまかすことができなくなりつつある。


『レスタ様を探しに行くのはいいが今すぐはダメだ。魔女の森はそれほど甘くないし、お前が傷つけばレスタ様が悲しむぞ』

『行くならしっかり準備をしてからだ』


 レックスの説得に城の中から走ってきたジークがさらに加わった。


「前回も止められたけど、今回は絶対引かない」

『判っている。おそらく今回はクラウンベルド閣下も許可を下さるだろう。もし許可が出なくとも俺が必ず連れて行くと約束する。だから少し待て』


 精霊を除けばこの世界で信用できる人物の一人に説得され、千早はしぶしぶうなずいて肩にかけていた荷物を下ろす。緊張が走っていた現場にゆるんだ空気が流れ、集まっていた人や精霊の気の抜けた安堵の声があちらこちらから漏れ出た。

 一年を同じ砦で過ごした騎士たちは千早の事情をある程度知らされていて、すごく気を使ってくれた。だからこその安堵の声に千早は自分勝手だったと申し訳なくなって赤くなる。


「ごめんなさい……」


 下を向いてから心配そうに見上げる精霊たちすら目に入っていなかったと涙が浮かんだ目を、手袋を外したジークの手がそっと(ぬぐ)った。


『必ずレスタ様に会わせてやる』


 城から歩いてくるラスニールに気が付きながら、ジークの真剣な水色の目を見上げる。


「私は貴方に返せるものが何もないよ」


 言葉が伝わるとジークは優しい眼差しでほほ笑んで『判っている』と千早の頭を撫でたのだった。








 三日後。千早は魔女の森の中にいた。

 魔女の森に入ったときは案外普通の森だと思っていたのだが、奥に進むにつれてその様相は変わってくる。

 木の葉の代わりにガラスのような薄く発光する丸いものがついていたり、蜘蛛の巣のようにきれいな形をしたツタが行く手を塞いだり、ピンク地に黒い水玉模様の虫がいたりと、一見すると美と狂気が共存する空間だった。


 もちろん千早はこの世界の当たり前(・・・・)など知らないので気にならないし、ついてきてくれる二人は常識とは異なる景観があったからといって(おび)えるような人間じゃないので旅は順調に進んでいるが。


 同行してくれたのはジークとラスニールだ。二人の精霊ロイとリーガも一緒だから意思疎通に問題はないし、王国でも最強と(うた)われるクランベルド公爵と平民出身の青騎士でありながら武術大会で上位に入賞する腕前を持つジークのおかげで身の危険を感じることはない。

 何度か魔物とも遭遇したが想定よりも数が少なく道のりは順調だ。人の立ち入らない森だというのになぜか踏み固められた小道があり、それは千早の案内など必要ないかのように森の中心に向かって伸びていた。


 最初は罠を警戒した男性たちだったが、千早の体力に合わせて歩きやすさを優先することにした三人と二匹は黙々と歩みを進める。

 森の中は様々な命にあふれていて生き物の息づく音が周囲に満ちて千早の知る森と大差がなく、魔女の森と人々から恐れられている場所とは思えないほど輝いて見えた。


「見慣れない生き物も含めて平和な場所に見えるね」


 遭遇する魔物は森の外と変わりがないので人が近づけば襲ってくるが、逆にお互いが不意に出会わなければ避けて通っている。野宿には慣れないし歩き疲れて体中が痛いものの、徐々にレスタの気配に近づいていくことが手に取るように判っていた千早は折れることなく歩き続けた。


「人の手が入っていない森とは思えないな」


 倒木も少なく木々は適度な間隔をあけて茂っていて、木漏れ日が差し込む地面は苔と下草が覆っている。踏み固められた小道といい、一か所に群生している蔦類といい、まるで人に管理された森の様相にラスニールは興味深そうにつぶやいた。

 そのラスニールは背中に荷物を背負い、腰に差した剣と動きやすそうな皮の服が無精ひげの伸びた容貌と相まって傭兵に見える。大きな荷物を運ぶ荷駄を引いているジークも似たような格好だが、彼のほうが騎士のようにも見えるのだから、大人の姿のラスニールがいかに生き生きとしているか判るだろう。


『予定の行程はあと三分の一ですが……閣下』

『……ああ』


 だが森に入って四日目。ラスニールの顔色が悪くなってきた。


「どうかしたの?」

『……魔力がきつい。ジークはどうだ』

『私はまだそれほど。閣下ほど魔力は多くないので』


 はぁとため息をつくラスニールはだるそうに木にもたれかかって深紅の目を細める。


『魔圧がひどい。初代クランベルド公爵はどうやって魔女の元にたどり着いたんだ……ああ、レスタが担いで行ったのか』


 リーガが当時の話をしたらしく、納得したラスニールはしばらく思案したのちに千早に問いかけた。


『このまま俺を置いていくか、一度戻って大型の精霊を連れてくるか、お前が決めていい。もし俺を置いていくなら俺は魔力に影響のない場所まで戻って待っていることになる』


 魔力持ちには辛い状況はこの先もっと酷くなるのだろう。今はジークも動けているが、彼もある程度の魔力がある以上魔女の元までたどり着けるかどうかは判らないし、たとえ大型の精霊を連れてきたとしても動けない彼らを無理に同行させるわけにはいかないだろう。


「リーガとロイは平気?」


 千早の問いに元気いっぱい首を振るネズミと首筋にすり寄る巨大蛇に勇気をもらって決断した。


「ラス様とジークは少し戻って待っていて」

『俺はまだ進める』


 即座に返すジークに千早はうなずく。


「判ってる。でもジークもきつくなってきてるよね」


 もともと少ない口数がさらに減っているのには気が付いていた。どちらかというとラスニールの変化のほうが顕著だったから気にしなかったが、それでもこの先あまり進めないことは本人も判っているのだろう。千早の指摘に反論は出なかった。


「レスタの居場所に近づくほど魔物は減っているみたいだし、ここ数日で森の歩き方もなんとなく判る。その上親切に道まであるし、帰りはレスタと一緒だから大丈夫。それに私が戻らない時に二人いないと身動き(・・・)が取れないでしょ?」


 探しに行くとしても、食料を確保するにしても、一度城に連絡を入れるにしても、複数人がいなければ入れ違う可能性があって難しいと告げれば、眉間にしわを寄せても雄々しい騎士総団長が切れ長の目を閉じて大きく息を吐く。私事にこれ以上無理して付き合うことはないのだという千早の遠回しな拒否にラスニールは観念したように目を開けて提案を受け入れた。


『判った』

『閣下』


 納得していないらしいジークにロイが何事かを語り掛け説得を試みているのだろう。『だが……』とか『まだ……』という言葉が出るが、やがて諦めたかのように小さく頭を振りマントの下から手のひら二つ分くらいの長さのナイフを取り出した。


『護身用に持っていけ。俺が騎士になった時に母から贈られた物だ。きっとチハヤを守ってくれるだろう』


 革の鞘に入ったそれは実用的で、握りの部分に細い革が巻かれていて丁寧に使われてきたことが判る。


「大切なものをありがとう。必ず返すね」


 荷物を一人分だけ分けてカバンに入れると、心配している二人に目を向けた。


「必ずレスタを連れて帰ってくる」

『首輪は必要か?』


 苦しいだろうにニヤリと笑うラスニールに千早も似たような笑みを返す。


「大丈夫。ちゃんと持ってる」

『……本気だったか』

『さすがチハヤだな。レスタ様へも容赦がない』


 千早の返事に(あき)れたラスニールと心底心配していたはずのジークのつぶやきに、重く沈んでいた空気が軽くなった。

 今生の別れというわけじゃない。レスタを連れて必ず戻ってくることができると千早は確信している。

 問題は千早をもとの世界に戻すために犠牲を払おうとする彼をいかに説得し、契約を持ち掛けたであろう魔女にどうやって納得させるのか、ただそれだけだった。


【こぼれ話】

「ねぇ、ジーク」

「なんだ」

「千早って出会ったころから変わらないね」

「?ああ」

「突然城を出るって言った時のことを思い出してたんだ」

「俺たちの砦行きの時か」

「そう。でね、思ったんだけど千早が無茶なわがままを言うのって初めてじゃない?」

「……」

「絶対魔女のところに連れて行ってあげようね。それでレスタを連れて帰る。僕の全力を使っても。絶対に」

「……そうだな」

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