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「到着。この部屋ですよ」
青年は微笑みながら泰子を招き入れた。
泰子は少ない荷物を持ち、青年に従って部屋に入る。
「とりあえず、望月さんには基本はここで生活してもらうことになります。初めのうちは勝手が分からないと思うので、他の部屋の方々の様子を見たり、話を聞いたりして、自分で何とかしてくださいね」
笑顔のまま冷たく言い放つと、青年は背を向ける。
「あ……あのっ」
「大丈夫ですよ。皆さん優しい方ですから」
青年はその言葉を残して、そのまま部屋を去ってしまった。
一人で部屋に取り残された泰子は、困ったように青年が出ていった扉を見つめていたが、諦めたのか部屋の中を物色し始める。
部屋は狭いものの綺麗で、なかなか使い勝手はよさそうであった。泰子は戸棚をひとつずつ開けて中の造りを確かめ、ベッドに座った。
そして、荷物を整理すると部屋からそっと出た。
隣の部屋のドアをノックしてみる。
「はぁい?」
中からは若い女の間延びした声が聞こえた。
「すいません……」
と、そこまで言って泰子は言葉に詰まった。引越しでもあるまいし、「隣に越してきたものです」は場違いだろう。
だとしたら、他にどんな言い方が適切だろう?「隣の牢に入った者です」か? などと考えていると、ドアに取り付けられた小窓から女が顔をのぞかせた。
「看守さん……じゃないわね。隣の人?」
「あ、はい。今日から隣に入らせていただきます。よろしくおね……」
「あたし、今忙しいんだよねー、後にしてくんない?」
泰子が言い終わる前に、女はそう言って小窓を閉めてしまった。仕方なく泰子は自分の部屋に戻ると、再びベッドに腰掛ける。
どうしたものかと思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい?」
女がさっきそうしたようにドアの小窓を開く。するとそこには、さっきの女が立っているのが見えた。
「おばさん、さっきは何の用だったの? 手ぇ空いたから話聞くよ」
そう切り出した女を部屋に迎え入れ、二人は向かい合うように座った。
「あの……ここはどういう所なんでしょうか?」
泰子は問う。
「反省部屋? お仕置き部屋? ……みたいな。そんな感じ」
携帯電話の画面を見つめ、せわしげに指を動かすその女も、いまいちよく把握していない様子であった。
「で、ここで私は何をしたらいいんでしょう?」
「はぁ?」
意味が分からないといった風に女は眉間にしわを寄せた。
「私、ここへ来たばかりで、何をしたらいいのか分からなくて……」
「ああ……。んー……あたしもいまいち分かんないんだよねー、それ。みんな思い思いに懺悔したりしてるみたいだけど?」
茶色に染めた髪の毛を指に巻き付け、女は携帯電話を閉じた。
「はぁ……。ここの規則とかは?」
「んー、ない。日々の……しがらみ? から解き放たれてどうとかっておにーさんは言ってたはず」
「そう……ですか」
それがこの施設の方針であるとしたら、何が目的で作られたのだろう? ただひたすらに、懺悔をするのか? そのために施設を作るなんて、そんな変わり者はいるのだろうか?
思考をめぐらせていると、女は再び視線を携帯電話に落とした。
「じゃ、あたしそろそろ戻んなきゃ。頑張ってねー」
ひょいと立ち上がると、女は携帯電話に視線を落としたままで部屋を出ていこうとする。
「あのっ……」
泰子は咄嗟に女を引きとめていた。しかし、女が足を止めてから、引き止めるほどの用事がなかった事に気づく。
「何?」
不機嫌そうに振り返った女に、泰子は口ごもってしまう。
「あ……あの、お名前、聞かせていただいてもいいですか」
おずおずと頭を上下させて尋ねると、ああ、と女は鼻にかかった声を出した。
「あたし仁美。おばさんは?」
「望月、泰子です」
「ん。よろしくね、やすちゃん」
にこっと笑うと、仁美は手をひらひらと振りながら部屋を出ていった。
泰子は、二回り以上若い女に「やすちゃん」と呼ばれたことに困惑しつつも微笑を零した。
翌日、朝食を運んできた青年に、泰子は声をかけた。
「あの……私はここで具体的にどんな事をしたらいいんでしょう?」
「と、言いますと?」
青年は怪訝な顔をして聞き返してくる。
「ですから、私はここで何をして暮らしたらいいんでしょうか、とお聞きしているんです」
「ああ、そのことですか。ここで何をしようとあなたの自由です。過去の罪を悔いたり、謝罪の手紙を書いたりしてる人もいますね」
顎に手を当てながら、天井の片隅を見つめるように青年は答える。
「そう……ですか。ところで、隣の方はどういった事をしていらっしゃるのでしょう?」
昨日知り合ったばかりではあるものの、始終携帯電話をいじっていた仁美に興味を持った泰子は、つい青年にその事を尋ねてしまった。
「お隣、うるさいですか?」
すっと眉をひそめた青年に、慌てて泰子は首を横に振る。
「ち、違うんです。ただ、他の方がどんな事をしているのか気になってしまって……」
「そういう事でしたら、お答えすることはできません。プライバシーってやつなので。どうしても知りたいんでしたら、直接本人から聞いてください」
青年の顔は笑っていたが、その口調はあくまでも業務的なものだった。
そんな青年に頭を下げると、泰子は朝食の乗せられたお盆を受け取ってドアを閉めた。
他人を詮索するなんて、なんて失礼な事をしてしまったんだろう。
朝食の鮭をつつきながら、泰子は後悔の念にさいなまれていた。
そして、それと共に、看守の青年が言っていた言葉を思い出す。
『謝罪の手紙を書いたりしてる人もいますね』
手紙……書いてみようかしら。拓と、亜美に宛てて。でも、便箋もペンもない。お隣で借りてこよう。
空になった食器を重ねると、泰子は仁美の元へ向かった。




