第41話 本性を現す使用人
翌朝。 目を覚ました瞬間理解した。 ーー風邪を引いてしまった、と。
体が重い。 喉が焼けるように痛い。 節々が軋む。 この感覚は、間違いない。
体を突き抜ける倦怠感が、俺をベッドに縛りつける。
「旦那様? 朝食のお時間ですよ……」
ーーいつまで経っても来ない主人を心配したのか。 扉を開けた望美が、寝台の俺を一目見て、固まった。
「……旦那様?」
「……今、おきるぅ」
なんとか起き上がろうとした俺の額に、ひやりと冷たい手が触れた。 いつの間にか、寝台の脇に望美が膝をついている。
「……旦那様。 失礼します」
問答無用で体温計を差し込まれた。 抵抗する余力もない。 ピピ、と電子音が鳴る。
「三十八度七分……風邪ですね」
望美が体温計を俺に見せつけながら、静かに言った。 表情は、メイドの無表情。 だがその眉が、ほんのわずかに寄っている。
「……昨日、どちらに寄られました?」
「……中川の家へ」
「……なにそれ? あの女! 私だけの灯磨になにをした? ……してやる」
望美の背中から、何かが立ち上っている。 怒気のようなオーラが。
「……本日の学校はお休みです。 連絡はこちらでしておきます」
「む……」
「困りませんね。 寝てください」
完全に主導権を握られている。 俺は大人しく枕に頭を戻した。 ーー実際、立てる気がしない。
彼女は俺の前髪を、そっと掻き上げた。 冷たい指が、火照った額に心地いい。
俺は目を閉じる。 瞼の裏で、意識が溶けていく。
ーー最後に感じたのは、前髪を撫でる、冷たくて優しい手のひらだった。
◇◇◇
浅い眠りから覚めた俺は公務を始めた。 俺は鵠沼家を継ぐ者。
いつまでもゴロゴロと寝転がっている訳にはいかない。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。 許可を出すと、望美が盆を掲げて立っていた。
ーーおい。 今は昼時だろ! 学校はどうした?
「旦那様。 お食事です……」
「お前、学校は?」
「私も休みました。 鵠沼家の使用人として当然です……」
「……そうか。 ありがとう」
俺は、申し訳ない気持ちになりながらも、感謝を伝えた。
しかし、盆の上を見た俺は、目を疑った。 ーースープが赤い? なんだ、これは!
真っ赤な液体がそこにはあった。表面には唐辛子が丸ごと何本も浮遊し、湯気からして、すでに辛い。 目がシミてきた。
「……望美。 これは、なんだ」
「特製の薬膳スープです。 唐辛子、生姜、ハバネロなど。 発汗作用のあるものを、ふんだんに入れました」
「……まさか、これを食べろというのか?」
「はい」
望美は問答無用でスプーンを手に取り、赤い液体を掬った。
「では、口を開けてください」
「いやだ……」
「はい、あーん」
「だからいやだって……」
抵抗も虚しく、頭をがっちりと押さえ込まれ、スプーンが差し込まれた。
ーー瞬間。 口の中で、痛みを覚えた。 これは食事ではない。 謀反だ!
「か……ら……! 水、みず……!」
「ぷぷ 駄目です〜 あの女がかけてきた、厄を祓うために、我慢してください〜 ハハハ」
ーー何を言っているんだ? 望美。 満面の笑みで?
「いい表情よ、最高よ灯磨! さあもっと! 苦しんだ表情を私に晒して……」
「な! の、ぞみ?」
「ふふふ。 あははは……」
ーーコイツ。 ついに本性を現したな!
望美は俺の頭を押さえたまま、無慈悲に二匙目を運んでくる。 表情は汗と涙で見えない。
「……お、おに、か、お前は……」
「ふぅふぅ……あ、はぁぁぅ……う、うんあん……」
なんだ、その声は? 熱いからスープを冷ましてくれているんだよな?
俺は観念して口を開けた。 しかし、全然冷まされてない熱いスープで涙と汗が止まらない。
ーーだが、不思議と腹の底から、じんわりと熱が巡り始めていた。 汗と一緒に、何かが抜けて行く感覚がするーー
「……あ、気を失ったわ。 おやすみ灯磨……」




