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浮気物語~俺と10人の彼女たち~  作者: さんぶうい
女装と漫画と同性愛
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文化祭⑥ ロッカーにて

 廊下は、先ほどよりもさらに混雑していた。


 文化祭のパンフレットを広げて立ち止まる来場者、教室から出てきた生徒、次の出し物へ急ぐ子供たち。


 その間を縫うように、俺と友一は並んで歩いていた。


「あの、ショウコさん」


「はい?」


「さっきから、人が多いですよね」


「そうですね」


「このままだと、その……はぐれるかもしれないので」


 友一が言葉を切る。

 何かを言いたそうに、俺の手へ何度も視線を落としていた。


「鞄……掴んでもいいですか?」


「……ぷっ」


「な、なんで笑うんですか……!」


「そういう時は普通、手を繋ぐでしょう。鞄を掴む人なんていませんよ」


 そう言って、俺は手を差し出した。


「えっ」


 友一の足が止まる。


 声が裏返っている。

 

 友一は周囲を気にするように見回してから、恐る恐る手を差し出した。


「じゃ、じゃあ……し、失礼します」


「そんな仰々しくしなくても」


 友一の指が、俺の手へ触れる。

 一度離れかけた指先が、おずおずと指の間へ入ってきた。

 そのまま、壊れ物でも扱うような弱い力で握られる。


「これだと、すぐ離れますよ」


「でも、強く握ったら痛いかなって」


「大丈夫です。もう少し強くても」


「……はい」


 繋がれた手へ、少しだけ力が加わる。

 友一は頬を赤くしながらも、今度は手を離さなかった。


 再び人混みの中へ戻る。

 友一は何度か繋いだ手を見下ろし、そのたびに小さく口元を緩めていた。

 

 翔気としてなら、何度も隣を歩いた相手。それなのに今は、手が触れているだけで、俺まで妙に落ち着かない。

 友一の手は、俺より少し冷たかった。


 階段へ続く曲がり角を抜けたところで、見覚えのある二人組が目に入った。


「……え?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


 一人は、長い黒髪を揺らしながら案内板を見上げている。


 その隣には、金髪に小麦色の肌。


 見間違えるはずがない。江蜜と、愛だった。


「なんで、あの二人が一緒に……」


「ショウコさん?」


 考えるより先に、身体が動いていた。


 友一の手を引き、廊下の脇に置かれていた大きな備品ロッカーの扉を開ける。


「えっ、ちょ、ショウコさ——」


「静かに!」


 友一を中へ押し込み、俺も続けて身体を滑り込ませた。


 扉を閉める。


 視界が暗くなった。


「……」


「……」


 狭い。


 文化祭で使う看板や掃除道具が押し込まれているため、人が二人入れるだけの余裕はほとんどなかった。


 背中がロッカーの壁へ当たる。その正面には、友一の身体。


 少し身じろぎするだけで、友一の額が俺の胸元へ触れてしまいそうだった。


「……ショ、ショウコさん……!?」


 友一は驚愕した表情で俺を見つめている。


 江蜜はともかく、愛は俺の正体を知っている。友一と合わせるのは色々まずい。

 それに愛とは文化祭デートを断ってしまっている。そういう意味でも会うのはまずい。


「あの……えっと……なんで……いきなりロッカーに」


「その……し、知り合いがいたので」


「知り合い?」


「……はい、ちょっと会うのが気まずい相手というか」


 適当な嘘をつく。


「……でもなんでボクまで?」


「……」


 言われて気づいた。


 隠れる必要があるのは俺だけだ。友一まで連れ込む必要は、どこにもなかった。


「すみません、手を繋いでいたのでそのままつい」


「そ、そういうことですか」


 友一が身体を引こうとする。


 しかし背後には箒やモップがあり、それ以上離れることができない。

 柄が壁へぶつかり、こつん、と小さな音を立てた。


 友一が苦しそうに顔を横へ向ける。薄暗い中でも分かるほど、耳まで赤くなっていた。


 そんな友一のすぐそばへ、廊下から愛と江蜜の声が近づいてくる。


「喉乾いた。江蜜さんも何か飲む?」


「では、イチゴミルクにします」


「さっきクレープ食べてたのに、また甘いの?」


「甘いものは別腹です」


「飲み物も別腹に入るんだ」


「では、卜返さんは何にするんですか?」


「……メロンソーダ」


「メロンソーダじゃないですか」


「いいの、炭酸は甘いものじゃないから」


「甘いものですよ」


 二人の足音が、ロッカーの前で止まった。


 硬貨の落ちる音、ボタンを押す音。続けて、缶が受け取り口へ落ちる音が響く。


 薄い扉一枚を挟んだ先に、二人がいる。


 そしてさっきから俺の膝が、友一の脚へ当たり続けていた。


「……すみません」


「い、いえ……」


 体勢を変えようにも、少し動けば掃除道具が倒れてしまいそうだ。


「ちょっと、は、離れます」


 友一が腰を引こうとする。


 その拍子に、背後の箒が傾いた。


「動かないでっ」


 俺は咄嗟に友一の腰へ腕を回し、こちらへ引き寄せた。


 もう片方の手で、倒れかけた箒の柄を押さえる。


「……っ!」


 友一の身体が、一気に俺へ重なった。


 額が胸元へ触れ、脚同士が狭い隙間でぶつかる。


 友一の全身が、石のように強張った。


 すぐ近くから、速い鼓動が伝わってくる。


 服越しでも分かるほど強く、何度も脈打っていた。


 触れている身体も熱い。


 先ほど手を繋いだ時は、あんなに冷たかったのに今では別人のようだった。


 こうして改めて触れ合っていると、友一の身体は、思っていたよりも細かったことが分かる。


 肩へ触れる髪、首筋へかかる息、胸元から伝わる鼓動、腕の中に収まった腰。


 翔気として友一といる時には、気にしたこともなかったものばかりだ。


「……」


 友一の鼓動につられたように、俺の心臓まで速くなっている。


「……」


 なるべく友一を意識しないよう、扉の向こうへ耳を澄ませる。


 プシュ


 飲み物を買えば、彼女たちはすぐに立ち去ると思った。しかし、聞こえてきたのは缶を開ける音だった。


 二人とも、その場で飲み始めたらしい。


「それで、お化け屋敷ってどこ?」


「案内によれば、この廊下の先らしいのですが……」


「それ、矢印が逆。反対側だよ」


「……本当ですね」


 直後、愛の声がさらに近くなった。しかし何も頭には入ってこない。


 ロッカーの扉がわずかに軋み、背中へ振動が伝わる。


 どうやら、すぐ外側へ寄りかかったらしい。


 押さえていた箒が再び傾いた。


 このままでは倒れる。


 俺は音を立てないよう、友一を抱く腕へさらに力を込め、箒を奥へ押し込めた。

 

「……っ!」


 その瞬間友一の全身が、弾かれたように強張る。

 顔を、俺の胸元へ押しつけ、呼吸が荒くなっていく。

 

 狭い隙間で脚が絡まり、俺の膝が友一の脚の間へ入り込んだ。


 その時。


「……ん?」


 太ももの内側へ、何か硬いものが当たった。


 暗くて足元は見えないが、服越しにもはっきりと分かる。


「……」


 さらに友一の顔が赤くなっている。

 いや、さっきも赤かったが、今は先ほどとは比べ物にならないほど赤かった。

 もはや顔から火が出そうな顔だった。


「どうしました?」


「な、何でもありません……」


「でも、いま——」


「何でもないですから、本当に」


 掠れた声で遮られる。


 固い感触は未だ消えていなかった。


 ロッカーの中には箒やモップが何本も押し込まれている。おそらく、そのうちの一本が脚の間へ入り込んだのだろう。


 太ももを動かし、モップを脇へ押し退けようとする。


「……っ!」


 その瞬間、友一が俺から離れようと腰を引いた。

 しかしその背中が掃除道具へ触れそうになった。


「友一さん……すみません、勝手ですけど離れないでください」


「あ、いや……!」


 だがしかし友一は強引に離れようとする。


 友一が無理に身体を引く。


 背後で箒がかたんと揺れた。


「駄目ですって」


 音を立てさせないよう、俺はさらに強く抱き寄せた。


「ショウコさん……!いや、ほんと今は……!」


「掃除道具を倒したら、音が出ちゃいます」


「そうじゃなくて……」


 そうして押し引きを続けるたびにモップの柄はどんどん俺の太ももに押し付けられていく。


 ……というか押し引きを続けるにつれてどんどんモップの柄が固くなっている気がする。

 気のせいか?暗くてよく見えないから分からないな。

 

「も、もういいです……代わりにもう動かさないでください……」


 友一は攻防の末、やっと諦め、俺の胸元へ顔を伏せた。それきり黙り込み、身体を丸めた。


 すぐ近くから伝わる鼓動が、先ほどよりさらに速くなっている。


「……大丈夫ですか?」


「大丈夫です……大丈夫ですから、もう何も動かさないでください」


 切実な声だった。


 よく分からないが、これ以上体勢を変えない方がいいらしい。


「分かりました」


 友一は身体を縮め、俺の顔を見ないよう俯いた。


 そうしていると

 

「じゃあ、そろそろ行こっか」


 愛の声がした。


「はい。休憩できたので、もう大丈夫です」


「今度こそ場所間違えないでよ」


「じゃあ卜返さんが案内してくださいよ」


 二人分の足音が、少しずつ遠ざかっていく。


 完全に聞こえなくなるまで待つ。


 十秒……二十秒。


 もう大丈夫だろう。


「……行ったみたいですね」

 

 小さく息を吐く。


 友一を抱いていた腕を緩めた。


「すみません、こんなことに巻き込んでしまって……もう大丈夫ですよ」

 

 しかし、友一はすぐには離れなかった。


 俺の胸元へ顔を伏せたまま、動かない。


「友一さん?」


「少しだけ……待ってください」


 友一は身体を丸めたまま、俺から僅かに距離を取った。


「……先に出てもらえますか」


「わ、分かりました」


 扉を僅かに開き、廊下の様子を確認する。


 愛と江蜜の姿はない。


 俺は先に外へ出た。


 明るい廊下へ戻った途端、強張っていた肩から力が抜ける。


 遅れて、友一も身体を丸めるようにしながら出てきた。


 顔はまだ真っ赤だった。


 鞄を身体の前へ抱え、俺と目を合わせようともしない。


「本当に大丈夫ですか?」


「はい」


「少し休みます?」


「いえ。その……」


 友一が周囲を見回す。


 廊下の案内表示を見つけると、逃げ道を見つけたように顔を上げた。


「ボク、お手洗いへ行ってきます」


「急ですね……どうかしましたか?」


「いえ」


「具合でも悪いんですか?」


「違います」


「でも、さっきから様子が——」


 すると友一の肩が次第に震え出した。


「……ショウコさんのせいです」


「え?」


 友一は、顔を上げ涙目で俺を睨んだ。


「全部、ショウコさんのせいです!ばか!」


 珍しく声を荒らげ、そのまま男子トイレへ駆け込んでいく。


「……え?」


 一人、廊下に残された俺は友一が消えた扉を見つめていた。

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