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浮気物語~俺と10人の彼女たち~  作者: さんぶうい
女装と漫画と同性愛
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文化祭④ 非対称なデート

 中庭へ出ると、時計台の針は十二時三十四分を指していた。


「まずい……」


 準備室を出てから、できるだけ人目につかない道を選んできたせいで、予定より時間がかかってしまった。


 中庭には、待ち合わせをしている生徒や、模擬店で買った食べ物を頬張る来場者が集まっている。


 その中から、見慣れた空色の髪を探す。


 友一はすぐに見つかった。


 時計台の下で一人、スマホを両手で握っていた。


 落ち着かない様子で画面と周囲を交互に見ている。


「友一さん」


 呼びかけると、友一がぱっと顔を上げた。


「あ、ショウコさ——」


 俺の姿を見た瞬間、その声が途切れた。


「……?」


 友一は目を大きく見開いたまま、固まっている。


「すみません。待たせちゃいましたよね」


「えっ?あ、いや!全然!ボクも今来たところなので!」


「十分前に着いたって連絡来てましたけど」


「……そうでした」


 友一は誤魔化すように笑う。


 しかし、その視線は妙に落ち着きがなかった。


 俺の顔を見たかと思えば、肩へ落ちる。


 ジャケットの隙間から覗く鎖骨を通り、そのまま短いスカートへ。


 黒タイツに覆われた脚へ一瞬だけ留まり、慌てたように顔へ戻ってくる。


 その動きを、もう三回ほど繰り返していた。


「……友一さん」


「は、はい!」


「えっと……どうかしましたか?」


 友一の肩が大きく跳ねる。


「ど、どうかって……どういう意味ですか……?」


「なんだか落ち着きがない気がして……」


「あ、その……昨日と服が違ったから、ちょっと驚いちゃって」


「……変ですか?」


「違います!」


 今度は食い気味に否定された。


「すごく似合ってます!」


「……お、おお」


 あまりの勢いに、思わず素の声が出かける。


 友一は自分が大声を出したことに気づき、口元を覆った。


「肩とか……脚とか、すごく綺麗で……!」


「……」


「あっ、いや!変な意味じゃなくて!服が似合ってるって意味です!別に脚ばっかり見てたわけじゃなくて!」


「脚ばっかり見てたんですね」


「ち、違います……」


 友一が顔を両手で覆う。


 その耳まで真っ赤になっていた。


 どうやら愛の選んだ服は、予想以上の効果を発揮しているらしい。


 男に脚を見られていると思うと、複雑な気分ではある。


 けれど、ここまで分かりやすく褒められると、悪い気もしなかった。


「……ありがとうございます」


 俺が笑うと、友一は指の隙間からこちらを覗いた。


「怒って……ませんか?」


「怒ってませんよ。せっかく友一さんのために準備してきた服なので」


「……っ」


 友一は何かを言おうとして、結局また顔を隠した。


「もう、ショウコさんって時々ずるいです……」


「え?」


「なんでもないです」


 しばらくして、ようやく顔から手を離す。


 まだ頬は赤かったが、友一は気を取り直すように小さく息を吸った。


「それじゃ……行きましょうか」


「はい。どこから回ります?」


「実は、少し考えてきたんです」


 友一は鞄から文化祭のパンフレットを取り出した。


 開かれた紙面には、いくつかの出し物へ青い丸がつけられている。


「まず中庭の屋台で何か食べて、それから二年生のお化け屋敷に行って……あとあと、体育館で演劇があるみたいなので、時間が合えば見てみたいなって」


「結構しっかり計画立ててくれたんですね」


「あ、す、すみません。勝手に決めちゃって」


「どうして謝るんですか?」


「ショウコさんが行きたいところ、聞いてなかったので……」


「私は友一さんと一緒なら、どこでも楽しいですよ」


「……」


 友一がまた黙り込む。


「友一さん?」


「ショウコさん、そういうこと無意識で言ってます?」


「何か変なこと言いました?」


「……もういいです。行きましょう」


 赤くなった顔を隠すように、友一は俺より少し先を歩き始めた。


 その後を追いかける。


 中庭には、焼きそばやたこ焼き、クレープなどの模擬店が並んでいた。


 昼時ということもあり、どの店の前にも長い列ができている。


「ショウコさん、甘いもの大丈夫ですか?」


「好きですよ」


「じゃあ、あれどうですか?」


 友一が指差した先には、一年二組のクレープ屋があった。


 看板には『恋する青春クレープ』と大きく書かれている。


「恋する青春……」


「な、名前はちょっと恥ずかしいですけど」


「せっかくの文化祭ですし、いいんじゃないですか?」


 二人で列へ並ぶ。


 数分ほど待ち、俺はイチゴ、友一はチョコバナナのクレープを注文した。


 近くのベンチへ座る。


「いただきます」


 一口かじる。


 生クリームの甘さと、イチゴの酸味が口の中へ広がった。


「おいしいです」


「本当ですか?よかった」


「友一さんの方はどうですか?」


「こっちもおいしいですよ。チョコ多めで」


「へえ」


 友一の持っているクレープを見る。


 こちらの視線に気づいたらしく、友一が少し迷ってから、クレープを差し出した。


「あの……一口、食べます?」


「いいんですか?」


「はい」


「じゃあ、いただきます」


 友一が口をつけていない反対側へ、顔を近づける。


 一口かじろうとしたところで、友一の手が僅かに震えた。


 そして何故かクレープが少しずつ遠ざかっていってしまい、俺の口は空を噛んだ。


「動かさないでくださいよ」


「す、すみません」


 逃げるクレープを追いかけ、ようやく一口かじる。


 チョコレートとバナナの甘さが広がった。


「こっちもおいしいですね」


「よ、よかったです」


 友一はほっと息を吐き、クレープを自分の方へ戻した。


 しかし、俺がかじった部分を見たまま、動かなくなる。


「食べないんですか?」


「た、食べますよ」


 友一は意を決したように口を開いた。


 俺がかじった場所とは正反対のところへ、ちょこんと歯を立てる。


 露骨に避けたな。


 少し面白くなって、その横顔を眺める。


 ふと、漫画展で楽しそうにしていた友一の姿が思い浮かんだ。


 昨日までは、友一をどうやってショウコへ惚れさせるか。そればかり考えていた。


 けれど今は、そんなことを考えなくても自然に笑えていた。


 友一の反応を見ているのは楽しい。


 友一が嬉しそうにしていると、こちらまで嬉しくなる。


 親友として何度も一緒に過ごしてきた相手なのだから、当然なのかもしれない。


 それでも、翔気として隣にいる時とは、どこか違う気がした。


「ショウコさん?」


「え?」


「どうしました?ボクの顔に何かついてます?」


「いえ、なんでも……」


「そうですか?」

 

 クレープを食べ終えた後、俺たちは校舎へ向かった。


 昼を過ぎ、廊下は多くの生徒や来場者で混雑している。


 人と人の間を縫うように歩いていると、横から走ってきた小学生が俺の身体へぶつかりそうになった。


「危ない……!」


 友一が咄嗟に俺の腕を引く。


「わっ」


 身体が友一の方へ傾く。


 肩同士がぶつかり、顔がすぐ近くまで接近した。


「す、すみません!」


 友一は慌てて俺から離れる。


「いえ、助かりました。ありがとうございます」


「怪我はないですか?」


「大丈夫です」


 引かれた腕を確認する。


 強く掴まれたわけでもないのに、そこだけ妙に熱が残っているような気がした。


 友一はぶつかりそうになった小学生が無事に走り去ったことを確認すると、今度は俺の横へ並んだ。


 人の流れから守るように、外側を歩く。


「ショウコさん、こっち歩いてください」


「どうしてですか?」


「その格好だと、ぶつかった時に危ないですし……さっきから見てる人もいるので」


「見てる人?」


「……男子とか」


 友一は少し不満そうに、周囲へ目を向ける。


 確かに何人かの男子生徒が、こちらを振り返っていた。


「友一さんも見てましたよね?」


「ボ、ボクは……」


「ボクは?」


「……すみません」


 素直に謝られた。


「ふふ、冗談です」


「もう……」


 友一は頬を膨らませながらも、その後も俺の外側を歩き続けた。


 二階へ続く階段へ差しかかる。


 友一は先に一段上ると、こちらを振り返った。


「ボクが前を歩きますね」


「別に並んでもいいんじゃないですか?」


「その……スカート、短いので」


「ああ……」


 言われて初めて気づく。


 友一が後ろを歩けば、階段では俺のスカートの中が見えてしまうかもしれない。


 友一は顔を前へ向け、そのまま階段を上っていく。


 俺もスカートの裾を押さえながら、後に続いた。


 男同士で歩いている時には、こんな気遣いをされたことはない。


 当たり前だ。


 友一は今の俺を、女性だと思っている。


 だから守ろうとしてくれる。


 その優しさは、ショウコへ向けられたものであって、本当の俺へ向けられたものではない。


 分かっている。


 それなのに。


 少しだけ、胸の奥がむず痒かった。

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