第19章 恵子さんとの日常と、隆史さんの相談
朝の道場。
ストレッチをしながら、昨日の夜を振り返っていた。
シャワー室での恵子さん、湯気の中で震える体。
「ダメです……」と言いながらも俺を求めてきた姿。
(……昨日の夜、良かったなぁ……)
俺は体を伸ばしながら、恵子さんを思い浮かべた。
(普段の姿も素敵だし……)
朝食を作るときの穏やかな笑顔。
双子たちに優しく声をかける母親らしい仕草。
和装が似合う落ち着いた美しさ。
日本の母って感じの、包容力のある雰囲気。
ヤマトがピアノを弾く横で、恵子さんが優しく褒めてくれる姿。
ムサシが柔道の投げ技を自慢すると、
「上手くなったわね」と笑顔で頭を撫でる姿。
双子たちに完全に馴染んでいる。
母親がいない分、恵子さんが埋めてくれている。
(ヤマトも馴染んでるし……)
昨夜の恵子さんは口では拒否しながらも、体は貪欲に俺を求めてきた。
熱い吐息、絡みつく腕、俺を離さない脚。
あれは……間違いなく、求めてくれていた。
でも俺が一番惹かれているのは、
恵子さんの「母性」と「女性らしさ」の両方だ。
一回り上の大人の女性。
これが俺のツボだって、改めて実感した。
妻の菜摘の顔が浮かんだ。
(夏菜さん……亡くなった時は44歳だったな……)
あの時、俺は守ってあげたいと思った。
今、恵子さんを見て、同じ気持ちが湧いてくる。
でも微妙に違う。
菜摘さんは守るべき存在だったけど、
恵子さんは……守りながら、守ってもらいたい存在だ。
(恵子さん、夏の方に良くないか?
母親としても、女性としても……頼りになる。
本気になって良いかな?)
俺は深呼吸を一つして、ストレッチを終えた。
今日も恵子さんが朝食を作りに来る。
もう「事故」なんて言い訳はできない。
俺は本気で、恵子さんを狙おうと決めた。
道場を出ると、すでに台所からいい匂いが漂っていた。
「おはようございます、タケルさん」
恵子さんがエプロン姿で振り返った。
53歳とは思えない、柔らかくて品のある笑顔。
朝食の準備をしながら、俺を見て少し頰を緩めている。
「おはよう、恵子さん。今日も早いですね」
「ええ、ヤマトくんとムサシくんが学校に行く前に温かいものを食べさせた方がいいと思って」
彼女は味噌汁をよそいながら、自然に俺の隣に立った。
恵子さんがいつものように和装でキッチンに立っている。
穏やかな笑顔で鍋をかき混ぜる後ろ姿は、まるで日本の母そのもの。
俺は後ろからそっと抱きついて、
「おはよう、ケイコさん」と耳元で囁いた。
恵子さんの体がびくっと震える。
俺が後ろから近づいて腰に手を回しても、
「タケルさん、双子くんたちが起きてきますよ」
と静かに、でもきっぱりと言って、俺の手を優しく払う。
声は柔らかいのに、どこか「歳上の女」の貫禄がある。
距離が近い。昨夜の感触が蘇って、俺の胸が少しざわついた。
その仕草に、年上を感じさせる大人の余裕があった。
でも、目が合う瞬間だけ、
昨夜の記憶がよぎったように、
恵子さんの頰がほんのり赤くなる。
満更でもない表情で俺を軽く睨むような、でも優しい視線を向けてくる。
俺はそれを見て、
(意識してる……でも、まだ簡単には落ちないな)と思った。
恵子さんは「セキュ女の管理職」として、
「娘を持つ母親」として、
「歳上の女性」として、
俺を軽くあしらっている。
それが逆に、俺の胸をざわつかせた。
朝食の席で、ヤマトが恵子さんの作ったおかずを嬉しそうに食べながら言った。
「恵子さんのお味噌汁、毎日美味しい……」
ムサシも口いっぱいにご飯を頰張りながら頷いている。
俺は箸を動かしながら、恵子さんをそっと見つめた。
(……やっぱり、いいな)
昨夜の感触、母親のように優しい笑顔、ヤマトが自然に懐いている姿。
すべてが重なって、俺の中で一つの想いが形になり始めていた。
午後の柔道練習中も、俺の心の中は恵子さんのことが気になって仕方がなかった。
真剣なまなざしで俺のことを見る。
それが柔道の練習中だからだとしても、俺の心はどきどきしていた。
そんなことばっかり考えているから、
「お父さんそれじゃだめだよ!」というムサシの声が聞こえたかと思うと、
「え!?」
バン!
と簡単に投げられてしまった
投げた後の恵子さんの息が少し上がっている。
俺は起き上がりながら恵子さんの顔を見て、
「恵子さん……強いですね」と言うと、
恵子さんは少し照れくさそうに笑って、
「なにか、考えてますか?」と聞いてきた。
俺は正直に答えた。
「恵子さんのこと……考えてました」
恵子さんは顔を赤らめて、目を伏せた。
「私はもう53歳ですよ……
タケルさんはまだ若いんですから」
俺は恵子さんの手を握って、
「年齢なんて関係ないです。
恵子さんの優しさと、女性としての魅力が、俺の理想なんです」
恵子さんは戸惑った表情を浮かべつつも、でも小さく頷いた。
「タケルさん……ありがとう」
その表情は、満更でもない。
少しだけ、期待を込めたような、優しい笑顔に見えた。
訓練後、恵子さんがタケルに耳打ちした。
「昨日のことは……内緒ですよ?」
俺は「内緒じゃもったいない」と笑って、軽くキス。
恵子さんは「もう……」と拒否するけど、
体はタケルに寄りかかり、息が上がる。
その瞬間、俺は決めた。
(恵子さん……毎夜毎夜、愛して、絶対に落とす)
その日の夕方、隆史さんから連絡があった。
「タケルさん、ちょっと相談があるんですけど……
今から神社で会えませんか?」
俺は恵子さんに「少し出かけてきます」と声をかけ、
隆史さんと会うために家を出た。
恵子さんは「気をつけて行ってきてくださいね」と優しく見送ってくれたが、
その目には、昨夜の余韻と少しの不安が混じっているように見えた。
神社に着くと、隆史さんがいつもの穏やかな笑顔で待っていた。
眼鏡の奥の目は優しいが、今日は少し真剣だった。
「タケルさん、来てくれてありがとうございます。
男同士の話……というか、友人として、少し身辺のことを確認したくて」
隆史さんはベンチに座りながら、静かに切り出した。
「ひょっとして、タケルさんには『春を楽しむ女性』は居ても、
正妻がいないのではないですか?」
俺は少し驚いて、
「ええ……妻を亡くして、そういった事を考えられずに、
今は県の支援を受けている状態です」
隆史さんは小さく頷いた。
「やっぱりそうですか。
妻を亡くしたばかりで、そんな余裕がないのも当然ですよね……」
彼は少し間を置いて、男性として率直に話すように続けた。
「タケルさん、僕はこう思ってるんです。
『家督』っていうのは、男として大人になったら作るべきものなんですよ。
自分を精神的に守る砦のようなもの。
外から来るプレッシャー、女性たちの熱い視線、
村の目、将来の不安……全部をシャットアウトして、
『ここは俺の城だ』って胸を張れる場所。
それがないと、いつまで経ってもふわふわしたまま、
精神的に疲れてしまうんです」
僕の周りの男性たちも、みんなそう言ってますよ。
ある人は『秋の方を迎えてから、ようやく安心して眠れるようになった』って言ってましたし、
別の人は『夏の方に息子が生まれてから、ようやく自分を認められた気がする』って。
家督がないと、ただの『守られるだけの男』で終わってしまうんです」
隆史さんは俺の顔をじっと見て、
「タケルさんは今、かなり危うい立場です。
このまま未亡人のままだと、村の女性たちが放っておかない。
特にタケルさんは目立つから」
そして、少し声を柔らかくして言った。
「一度、うちの『秋の方』と会ってみますか?
『秋の方』と話してみれば、イメージが掴めると思いますよ。どうですか?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
(秋の方……か)
隆史さんは優しく微笑んで、
「急かすつもりはないですよ。
ただ、夏の方にしたいと思っている人はいると思いますが……
秋の方も、ちゃんと整えた方がいい。
タケルさんのためにも、双子くんたちのためにも」
俺は「まだ……考えてみます」とだけ答え、
内心で複雑な気持ちになった。
恵子さんの顔が浮かび、
隆史さんの言う「精神的な砦」という言葉が、重く胸に響いた。
家に戻ると、恵子さんが夕食を作っていた。
いつもの穏やかな笑顔で、
「タケルさん、おかえりなさい」
と声をかけてくる。
恵子さんは俺の視線に気づき、
少し首を傾げて微笑んだ。
「どうしたんですか?」
俺は「なんでもない……」
と答えつつ、恵子さんの肩をそっと抱き締めた。
俺の不安定な心を感じ取ったのか、やさしく受け入れてくれた。
二人の関係が、これからどう動くのか、
俺は、ただ抱き締めた腕に力を込めた。




