第15章 運命の夏祭り、出会いと心の揺らぎ ~地元の女 三輪 淳子 目線~
境内は提灯の灯りで優しく照らされ、子どもたちの太鼓の音が遠くから響いてくる。
私は神社の石段に腰を下ろして、ぼんやりとその音に耳を傾けていた。
山車の上に乗った男の子たちが、浴衣姿で一生懸命に太鼓を叩いている。
その中でも、柴原さんの双子くんたちが目に留まった。
ヤマトくんとムサシくん。
まだ小学2年生なのに、ちゃんとリズムを刻もうと小さな肩を上下させている姿が、
なんとも愛おしくて、胸が温かくなった。
「母親がいないって聞いたけど……こんなに元気に育ってるなんて、すごいわね」
私はつい独り言を漏らした。
娘の芳子が隣で、
「ママ、双子くんたち可愛いよね」と微笑む。
芳子は20歳になったばかり。
もう立派な大人なのに、私の前ではまだ子どもみたいに無邪気だ。
そんな娘を見ていると、
「芳子にも、いつかいい出会いがあればいいな」と思う。
でも、すぐに自分の現実が頭をよぎる。
生理が不規則になって、もう何ヶ月も経つ。
毎月来ていたものが、時々しか来なくなって……
閉経が近いんだな、と感じている。
もう、子どもを授かることはない。
家族も落ち着いている。
母親と姉の家族と一緒に、5人暮らしの女性ばかりの家。
農家の手伝いと、スーパーのパートで忙しく生きてきた。
これで十分だと思っていた。
それなのに、今日の祭りを見ていると、
少しだけ寂しさが込み上げてくる。
もう、こんなお祭りに参加するのも最後かもね……。
日が完全に暮れて、境内が提灯の灯りで赤く染まった頃、
「子宝祈願の弓矢祭」が本格的にスタートした。
祭りの担当の人は声をかけると、
女性たちは一糸乱れぬ動きでテキパキと並んだ。
「みんなちゃんと並びなさい!」
「列からはみ出たものは、参加資格なしよ!」
と声をかけ合いながら女性たちは並んでいく。
若い娘たちが我先にと順番に並ぶのを見て、娘は少し戸惑っているようだ
「みんな、すごい……。」
芳子は優しい性格の子に育ってくれた。
だからか、こういった人と順番を争うのは苦手な子になってしまった。
「大丈夫お母さんも一緒にいってあげる。」
私がそう言うと、ちょっとだけ柔らかい表情になった。
射的の順番が近づいてきた。
芳子は少し緊張した顔で、的台の前に立っている。
今までに何度も参加しているというのに、手が震えて矢をうまく構えられない。
私は娘の後ろからそっと声をかけ、
「大丈夫よ。ママも一緒にいるから」と背中を撫でた。
芳子は小さく頷いて、
「えいっ!」
と矢を投げた。
しかし、矢は的に届かず、地面に転がった。
娘は肩を落として、
「外れちゃった……」と呟いた。
私は娘の肩を抱き寄せて、
「いいのよ。まだ若いのだから、次があるわ」と言いながら、
「こういう風にやるのよ」と軽い気持ちで矢を構え、気楽に投げた。
矢は弧を描いて、的に当たった。
人形が倒れる音が響き、
周りが少しざわついた。
確認すると、
裏に書かれた名前は「柴原タケル」。
今、村で一番の噂の男性だ。
私は一瞬、息を止めた。
年甲斐もなく胸がドキドキして、顔が熱くなった。
(……私なんかでいいの?
娘の手前、恥ずかしい……)
でも、どこかで小さな喜びが芽生えていた。
芳子が「ママ、当たっちゃった……」と驚いた顔で私を見る。
私は娘に微笑んで、
「運がよかったわね」と言った。
周りの女性たちも、
「淳子さん、当たったの?運がいいわね」と軽く笑ってくれる。
やっかみや嫉妬はなく、
ただの「運がよかった」程度の評価だった。
村ではそんなものだ。
私みたいな女性が当たるなんて。
「それ以降」の展開なんてありゃしない。と思っているのだろう。
誰も期待していない。
私は娘に「ママ、ちょっと行ってくるね」とだけ言って、
神楽殿の方へ歩き出した。
心臓が早鐘のように鳴っていた。
(……本当に、こんな私でいいの?
でも……少しだけ、嬉しいかも)
タケルさんの手を握って、神社の裏手へ向かう。
境内から少し離れた場所に建つ「授かり場所」は、
外からは古い社殿のように見えるけど、中に入るときれいだった。
畳がふかふかで、柔らかな灯りが灯り、
壁には小さな神棚があって、
子どもを授かるための神頼みの意味が込められている。
でも、本当の目的は遺伝子提供。
村の女性たちがここで男性と「春」を交わすための場所だ。
久々に触る男の手。
大きくて温かくて、たくましい。
こんなに力強い手だったっけ……。
娘の芳子を授かった時に、遺伝子提供をしてくれた男の手もこんな風に温かかったはずなのに、
今はもう思い出せない。
私は指を少し強く握り返して、心の中で呟いた。
(……こんなにドキドキするなんて、年甲斐もないわね)
授かり場所の部屋は、畳の香りと柔らかな灯りが優しく包んでいた。
神棚の前で、私は帯を緩めようとして指が震えた。
久しぶりすぎて、まるで初めてのよう。
帯の結び目がうまく解けず、私は小さく息を吐いた。
タケルさんは静かに近づいてきて、私の手を優しく取った。
「大丈夫ですよ」
そう言って微笑む顔が、日に焼けていて男らしいと感じた。
タケルさんはハッピを脱いだ。
タンクトップ越しに浮き出る雄っぱいと腹筋が、
灯りに照らされてくっきり影を作る。
私は息を飲んだ。
女性の体とは違う、
こんなに硬く、力強く、
たくましい体……。
胸の厚み、腹の割れ目、
すべてが女性にはない「男らしさ」を放っていた。
娘の芳子を授かった時、夫の体はもっと柔らかく、
淡白だったような気がする。
でもタケルさんの体は違う。
抱きしめられたら、きっと包み込まれて、守られているような安心感が得られる。
私はそんな尊い体を、じっと見つめてしまった。
タケルさんは私の手を自分の胸に導いて、
「直接触ってみてはいかがですか?」と言った。
タケルさんに気を遣わせてしまった。
(こういうときは、女がちゃんと男をリードしてあげないといけない)
そう思うが、余りにも緊張しすぎてどうしていいかわからない。
私は震える指で彼の胸に触れた。
固く、温かく、女性の胸とは違う弾力と厚み。
指が沈む感触に、私は何もわからなくなった。
タケルさんは私を抱き寄せて、
浴衣をゆっくり解き、布団に押し倒した。
私はもうリードする心の余裕などなく、
もちろん抵抗する気力もなくて、ただ彼に身を任せた。
タケルさんは優しく、でも力強く私を愛してくれた。
一度、二度、三度……
何度も何度も。
私は声を抑えきれなくて、
はしたない程に喘いでしまった。
(男の人はこんなに何度もできるものだったっけ……?)
娘の芳子を授かった時は、もっと淡泊でただの義務みたいだった。
あの時はこんなに体が熱くなることも、
こんなに心が揺れることもなかった。
今、タケルさんのたくましい体に抱かれ、
女性の体では味わえない尊い力強さを感じて、
私は自分がまだ女として生きていることを実感していた。
タケルさんは私の顔を見て、優しく微笑んだ。
「他の事を考えてはいけませんよ」
その言葉に、私ははっとした。
娘のこと、家族のこと、
閉経が近いこと……
そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなって、涙が溢れた。
タケルさんは私の涙を指で拭って、さらに深く私を抱きしめた。
何度も、何度も。
私はもう、何も考えられなくなって、ただ彼に身を委ねた。
夜が深まり、
境内から花火の音が遠く聞こえてきた。
私たちは布団の中で互いの体温を感じながら、静かに息を整えた。
私はタケルさんの胸に顔を埋めて、
小さな声で言った。
「ありがとう……タケルさん」
彼は私の髪を優しく撫でて、
「僕こそ、ありがとうございます」と答えた。
夜が深まり、境内から人の声がしなくなった頃に、私たちは授かり場所を出た。
祭りの喧騒はもう遠く、提灯の灯りがぽつぽつと残るだけの静かな道をタケルさんと並んで歩いた。
彼の手を握る感触が、まだ温かく残っている。
もう二度とこんな夜はない。
今日で終わりだと思っている。
それなのに、
心のどこかで「また会いたい」と思う自分がいて、胸が苦しくなった。
境内を抜け、里山道に入ると、
風が涼しくて、浴衣の裾が軽く揺れた。
私はタケルさんの手をそっと離して、
「今日は本当にありがとうございました」と頭を下げた。
声が少し震えてしまった。
タケルさんは少し照れくさそうに、
「僕こそ、ありがとうございます。
連絡先を教えてもらっていいですか?」と頭をかきながら言った。
私は一瞬、息を止めた。
男性から連絡先を聞かれることなんて、この世界ではほとんどない。
ましてや、タケルさんみたいな若い男性から……。
「え……私に……?」
声が上ずってしまった。
タケルさんは穏やかに、
「はい。
今日、すごく嬉しかったので……
またお話ししたいです」
私は動揺しながらも、スマホを取り出して連絡先を交換した。
指が震えて、文字を打ち間違えそうになった。
タケルさんは私の手を軽く握って、
「ありがとうございます。」と笑って手を振ると家の方へ歩き出した。
私はその背中を見送りながら、
胸が締めつけられるような痛みを感じた。
淳子、勘違いしてはいけないわ。
もう二度とこんな夜はない。
今日で終わりだ。
それなのに、連絡先を交換してしまった。
また連絡が来るかもしれない。
また会えるかもしれない。
そんな淡い期待が、心の奥で灯りそうになる。
私はすぐにそれを押し込めた。
私はもう、42歳。
見た目はもっと老けて見える。
胸も重力に負け始めている。
タケルさんみたいな若い男性に、本気で選ばれることなんてない。
今日のことは、ただの「運がよかった」だけ。
それ以上を望んではいけない。
家に帰る道、私は一人で歩きながら涙がこぼれそうになった。
娘の芳子が待つ家へ戻りながら、私は静かに呟いた。
「タケルさん……本当に、ありがとう」
そして、心の中で、
もう二度と会えないかもしれないという覚悟をした。
にもかかわらずスマホの連絡先リストに、
「タケルさん」の名前が残っているのを見て、それを消す勇気は私には無かった。
小さな灯りが消えずに残っていることに気づいた。
それは、切なくて、
少しだけ、温かかった。




