58話
「……レイジを……兄さんを殺したのも……君だったのか」
アキトの問いに、リョウカの涙はぴたりと止まった。炎の照り返しが、彼女の顔にさらに深い、逃げ場のない影を落とす。
「わからなかったのです。カカ王国の使節団が来た時、なぜあのようなことをカミシロ様が仰ったのか」
リョウカは、まるでおとぎ話の解説でもするかのように静かに語り始めた。
「我が国との力関係はわかっているはずです。下手なことを申せば逆鱗に触れ、報復されることは目に見えていた。カミシロ様が、意図的にそのような選択をするはずがないと……」
彼女が一歩、アキトに近づく。足元の灰が、カサリと音を立てた。
「ですが、その直後、カミシロ様がレイジ様にお会いをすると仰ったときに私の頭がようやく理解しました。カミシロ様は、あの方を脅威だと感じておられた。レイジ様は存命している唯一の先代将軍の嫡子。長子である彼の方の将軍の継承順位は本来、カミシロ様より上です。ご本人がいくら継承するおつもりがないと主張されても、周りはそうは思わない。カミシロ様は常々、そう仰っていました」
アキトの心臓が、早鐘のように脈打つ。違う、そのようなことを思ったことはない。
だが、リョウカの言葉は止まらない。
「あの無謀な発言はすべてレイジ様の差金だとカカ側に伝えました。そしてレイジ様の排除について、同意と協力を得たのです……将軍様の敵はすべて排除いたします。これまでも、そしてこれからもです」
リョウカは、にっこりと笑った。 それは、子供が親に褒め言葉を期待するような、あまりにも無垢で、恐ろしい微笑みだった。
「アキト様。 リョウカ・シノザキはカミシロ様と西ルガンのために、少しはお役に立てておりますでしょうか?」
リョウカは両手を大きく広げた。アキトからの称賛の言葉。あるいは、これまで自分を支えてくれたことへの感謝の抱擁を求めていたのだろうか。今にも壊れそうな自分を繋ぎ止めるための承認の行為を彼女はただ待っていた。
だが、震えるアキトの唇から漏れたのは、対照的な拒絶だった。
「……気持ち悪い」
吐き捨てるようなその一言に、リョウカの笑顔が、仮面のように固まった。
同じ頃、戦場の中央では、ミオが鮮血の舞う中を飛び回っていた。自分に向かってくる村人たちをミオは、ただの「肉の塊」として処理していく。屈強な特殊部隊でさえ屠るように仕込まれた彼女にとって、農具を振り回すだけの村人を殺すことは、呼吸をするよりも容易いことだった。
彼女には、相手の顔など見えていなかった。 目の前に現れるすべての人間が、いつの日か自分を殴り、蹴り、痛めつけた憎い大人たちに見える。 (殺されて当然だ。死ね。死ね!) どす黒い復讐心が、ミオを躊躇のない殺戮機械へと変えていた。電動刃が肉を断ち、骨を砕く不快な振動が、彼女に歪んだ充足感を与えていた。
戦闘開始から、わずか五分。 一帯を埋め尽くしていた怒号は消え、村人たちは完全に制圧された。 「なんだよ。これならあたし一人でも勝てたわ」 返り血を拭いもせず、ミオは吐き捨てた。アキトのところに戻ろう。今回は大手柄だ。きっと、この中で自分が一番多く殺した。
誇らしげな笑みを浮かべ、燃え盛る小屋の脇を通り過ぎようとした、その時だった。
焼き殺される感染者たちの断末魔は、ずっと響いていた。それは彼女にとって、耳障りな背景音でしかなかったはずだった。 だが、その中に微かに混じった、一つの声が耳に届く。
「お母さん! お母さん……!」
それは、幼い、掠れた子供の声だった。
「あれ……?」
ミオの思考が、唐突に停止する。 復讐の対象として塗りつぶしていたはずの視界が、急激に色彩を取り戻していく。崩れ落ちる家屋。折り重なる村人の死体。そして、火の中に閉じ込められた子供の声。 自覚もないまま、ミオの頬を一筋の涙が伝っていった。
崩れゆく小屋を見つめていたのは、彼女だけではなかった。 一人は、サラ・シノミヤ。戦闘が始まってからいつの間にか到着していた彼女は、その悍ましい光景を、目に焼き付けるように凝視していた。彼女がアキトに促した行動がここまでの地獄を招くとは予想していたのか。それとも……
そしてもう一人。首都防衛隊隊長、ババ。 「泣く」という感情など、生まれる前に捨ててきたはずの西ルガンの軍人。その男の双眸にも、燃え盛る火を反射して、静かに光るものがあった。
彼らが守るべき「民」は、今、自分たちが連れてきた兵と、自分たちが信奉した将軍の側近によって、文字通り焼き尽くされていた。
地獄の熱風だけが、沈黙に支配され始めた集落を吹き抜けていた。




