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正解のような不正解

第八十四話

正解のような不正解


火山は、遠くから見ているぶんには、ただの巨大な影だった。


山肌は黒く、ところどころが赤く鈍く光っている。

噴煙は思ったよりも低く、空を覆い隠すほどではない。

荒れた地、忌み地――そんな言葉が頭に浮かぶ景色のはずなのに。


「……静かだね」


少女の声が、風に流された。


運び屋は高度を落としながら、山の周囲をゆっくり回る。

風は荒れていない。

火山特有の上昇気流はあるが、暴れるほどでもなかった。


「噴火してる感じ、しないね」


「してたら、こんな近く飛ばねぇよ」


短く返す運び屋の声は落ち着いている。

彼にとっては、ここもまた“飛べる場所”の一つらしい。


火山の中腹に、動く影が見えた。


最初は岩だと思った。

次に、溶岩の流れかと勘違いした。


けれど――違う。


「あれ……生きてる?」


少女が身を乗り出す。


四つ足の影が、ゆっくりと火山の斜面を移動していた。

体は岩のように硬そうで、表面は熱で赤く染まっている。

背からは時折、火の粉のようなものが散った。


「……あれが、火山の魔族?」


「たぶんな」


着地できそうな平場を見つけ、運び屋は慎重に降りる。

熱気はあるが、耐えられないほどじゃない。


地面に足をつけた瞬間――


ぶわっと、すぐ近くの噴気孔から火柱が吹き上がった。


「うわっ!?」


少女が声を上げるより早く、その火柱に――

さっき見えた四足の魔族が、腹を向けてどっしりと乗った。


「……え?」


火柱は勢いを落とし、ぼこぼこと間欠的に噴き上がる。

その上で、四足の魔族は腹を温めるように動かず、


「……おぉ……」


低く、満足そうな声を漏らした。


「ちょ、ちょっと待って。今の……攻撃じゃないの?」


「違う違う」


別の個体が、後ろから声をかけてくる。


「休憩だよ、休憩」


振り向くと、同じような姿の魔族が数体いた。

色合いや体格は少しずつ違うが、雰囲気はどれも穏やかだ。


「火柱、腹に当てると調子いいんだよ。

 あ、次そっち使う? もうすぐ空くから」


「え、順番待ち……?」


少女が目を瞬かせる。


「待ってるとこ、ほら」


指さされた先では、別の個体が地面に寝そべり、

「まだかなー」とでも言いたげに尾を揺らしていた。


「……思ってたのと、全然違う」


少女がぽつりと言う。


火山の魔族。

危険で、荒々しくて、近寄れない存在。


そういうものを想像していたはずなのに。


「君たち、どこから来たの?」


最初に腹を温めていた個体が、のそりと体を起こす。


「ここ初めて?」


「あ、うん。灼将に会いに来たんだけど」


「灼将さま? それなら山じゃないよ」


即答だった。


「湯気、見えるでしょ。

 あっち。温泉の方」


指さされた方向を見ると、火山の反対側に、

白い湯気が幾重にも立ち上っているのが見えた。


「街、あそこにあるんだ」


「火山は不正解。

 ここは住むとこ」


あっさりした言い方だった。


「街に行きたい時は行くし、

 山に帰りたきゃ帰る。

 別に決まりとかないよ」


少女は言葉を失ったまま、火山を見上げる。


「……管理とか、しないの?」


「する理由、ないし」


「危なくならない?」


「なりそうなら、わかるよ」


何の自慢でもなく、当たり前のことのように。


「それに――」


火山の方を見て、少しだけ目を細める。


「無理させると、火山は怒るからね」


運び屋が、ふっと鼻で笑った。


「人間と同じだな」


「だね」


エンショウ族は楽しそうに尾を揺らした。


「だから、のびのびしてる方がいいんだ」


少女はその言葉を、何度か頭の中で転がす。


のびのびしているから、守りになる。

縛らないから、安定する。


――そんな考え方、今まで聞いたことがなかった。


湯気の向こうに、街がある。

文明があって、文化があって、秩序がある。


でも、その根っこには、

この火山と、この魔族たちの“そのまま”がある。


主人公は、まだ姿を見せない灼将を思い浮かべた。


この地を作ったのは、

何かを押し付けた支配者じゃない。


壊さなかった存在だ。


「……行こうか」


そう言って、再び運び屋の背に乗る。


少女は名残惜しそうに火山を振り返りながら、

最後にエンショウ族たちへ手を振った。


「ありがとう。いろいろ、教えてくれて」


「いいよ。

 また来な」


火柱が、ぽん、と一つ吹き上がる。


それは見送りのようで、

ただの自然の動きのようでもあった。


三つの影は、再び空へ。


湯気の立つ街へ向かって、風を切る。


――ここは、思っていたよりずっと、生きている場所だった。

つづく

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