粛清 壱
ここから少しだけシリアスな雰囲気が続きます。
行灯の灯りが揺れはじめる頃、土方歳三は足早に花街の通りを歩いていた。そのすぐ後ろには、近藤勇と山南敬助の姿がある。
土方は一軒の芸妓茶屋の前に着くと、迷うことなく中へ入った。
「ここに、新見って奴はいねぇか」
そう番頭に問いかけると、奥から女将が顔を出す。
「新見はんなら二階のお座敷に居はりますけど...」
「少し邪魔するぞ」
女将の言葉を聞くと、土方はズカズカと座敷へ向かった。
「すまないな、女将」
と、土方の後に近藤が続く。
「え、えっと...」
戸惑う女将に、山南がやわらかな笑みを向けた。
「申し訳ありません。少し、お話をするだけですので」
そう言って山南は、近藤の後を追う。
土方は座敷に着くと、勢いよく襖を開ける。するとそこには、新見と芸者が仲良く酒を酌み交わしている最中だった。
「ひゃっ」
芸者は襖の音に驚いたのか声を上げて固まる。
「新見さん、話があるんだ」
「なんだね、土方くん。急に失礼じゃないか?」
土方が言い放つと、新見は扇子を持ったままニヤリと笑った。やがて、土方の背後から近藤が現れる。
「新見さん。実はあなたに金策の疑いが掛けられているんだ。二十両ほど借りたと耳にしたんだが....」
その言葉に続いて、土方が新見をじろりと睨んだ。
「金策は、局中法度で禁じられている」
「ほう。それで、私を疑っていると?」
新見の隣にいた芸者が、空気を察して震えている。山南は近藤の後に静かに部屋へ入ると、芸者に顔を向けた。
「すみませんが、少し席を外していただけますか?」
「あ、は、はい...!」
芸者は慌てて立ち上がると、足音を響かせながら去っていく。その背を見送った山南はピシャリと襖を閉めた。
「あんたが金策をしていなかったとしても、あんた達の最近の素行は見逃せねぇ」
土方は懐から紙束を取り出し、数枚をめくって見せる。そこには、表立った乱行だけでなく、裏で探り出した芹沢たちの動向までもが事細かに記されていた。
「監察方にでも嗅ぎ回らせていたのか? さすが、農家の出は育ちが悪い」
「はっ、そうだな。俺は子供の頃"悪ガキ"と呼ばれてたくらいだ。武家の出のあんたらに比べりゃ品は無ぇだろうよ」
土方は静かに一歩、座敷の中へ踏み込み新見に近づく。
「新見さん。新選組は、まだこれから名を上げていかなきゃならねぇ。だからこそ、身内の不始末を放っておくわけにはいかねぇんだ」
静まり返った空気の中で、土方の声だけが響く。
「これだけの証拠が揃ってる。最後くらいは、武士らしくしろ」
新見は最期の酒を煽ると、懐から短刀を取り出す。
外から聞こえる花街の音がいつも以上に賑やかに感じた。




