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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第九章〜しなければ迷わぬ恋の道〜

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五月雨

 慶応三年 五月



 朝からどんよりとした雲が広がっていると思ったら、つい先程から雨が降り出してきた。ここ数日雨が続いているので、そろそろ梅雨にでも入ったのかもしれない。

 かなたは、外に干しておいた洗濯物を広間へと慌てて移動させる。


「おう、かなた。手伝うぜ」


「原田さん!ありがとうございます!」


 広間で十番隊の隊士たちと駄弁っていた原田は、部下を呼んで縄を持ってこさせると、かなたが抱えていた洗濯物をそこへ掛けはじめた。

 それを梁に結び、一気に引っ張って簡易の物干しを作り上げる。


「よいしょっと。これで少しは乾くだろ」


「はい!ありがとうございます」


 そう答えたかなたは、ふと右腕に少し違和感を覚える。古傷、と言っても一年も経っていないが、西村屋の依頼を受けていた時に野盗に刺された傷のせいだろう。無意識に腕をさする動作に原田は指を向けた。


「それ、痛ぇのか?」


「あ、はい...少しだけ....」


「天気のせいだろうな...俺もたまにここが痛くなる」


 そういうと原田は腹部をぽんっと叩いた。彼は昔、奉公先の上司と言い合いになって切腹をしてしまったのだ。酒に酔う度に腹を見せては、その頃のことを語っている。


「冬は痛みは感じなかったんですけどね」


「そういうの、来る時は来るんだよな。とりあえず、温めて今日は大人しくしとけ」


「はい。そうします」


 原田は「じゃあな」と笑って、洗濯物の入っていた桶を持って部屋を出ていく。さっきまで広間にいたはずの隊士たちも、いつの間にか居なくなり、次第に強まる雨の音だけが響いていた。


(...とりあえず部屋に戻ろう)


 かなたは立ち上がると、五月雨の響く広間を後にした。





 ーーーーー





「かなたさん、居ますか?」


 原田に言われた通り部屋で休んでいると、突然障子の向こうから声が飛んできた。


「はい...あ、沖田さん!」


 障子を開けると、盆を片手に持った沖田が、にっこりと笑っている。


「腕は大丈夫ですか?」


 どこで聞いたのか、彼は眉を下げながら首を傾げた。


「もしかして、原田さんから聞きました?」


「ええ。なので、饅頭を買ってきました!甘いものは元気が出ますからね!」


「わぁ、嬉しいです!」


 こう見えて沖田も甘いものが好きなので、島田たちと話がよく合う。かなたは沖田を部屋へ招き入れると、早速饅頭を一口頬張った。


「まだ温かくて、美味しいですねぇ」


「やっぱり、焼きたてが一番ですよねぇ」


 のほほんと流れる空気に小さな幸せが滲み出る。土方といる時の安心感も好きだが、沖田との平和な時間もたまらなく好きだ。

 そう思っていると、沖田が何かを思い出したように口を開く。


「そういえば、腕の状態を聞いていませんでしたね」


「ああ、それなら、そんなに痛くないので大丈夫ですよ」


「...そうでしたか。でも、まだ雨も続きますし、無理すると悪化してしまうかもしれませんから、痛かったら早めに休んでくださいね」


「はい、気をつけますね」


 沖田はかなたの笑顔を見ると、もう一口饅頭を頬張った。


「でも、雨ばかりだと何処に出かけるのも、億劫になっちゃいますよねぇ」


「そうですよね...暑いのも嫌ですけど雨ばかりも嫌ですね」


 雨自体は嫌いでは無いが、出かけるとなると厄介なものだ。


「そうだ!梅雨が明けたら一緒に大坂おおざかへ行きませんか?」


「大坂...ですか?」


「ええ。海が近いから、美味しいお寿司も食べられますし...最近では、異国の物を置いている店も多いみたいなんです」


 この時代に来てから、ちゃんとした寿司を食べたことがなかったので、その言葉を聞いてかなたの胸は高鳴る。


「行ってみたいです...!でも、大坂だと一日じゃ帰って来れませんよね?」


「そうですねぇ...では、泊まりで行くのはどうですか?」


 にこにこと提案する沖田に、かなたの心はすでに大坂へ飛んで行ってしまっている。だが、土方が泊まりなど許してくれるだろうか。

 そんなかなたの表情を見て、沖田は察したように優しく微笑む。


「じゃあ、土方さんの許可が出たら行きましょうか」


「...はい!」


 雨音がしとしとと続く中、かなたは少し開いた障子の向こうを見つめる。まだ雨が止む気配はない。梅雨が明けたら、大坂の賑やかな街を見に行けるのだろうか。

 そう思うと、腕の痛みも不思議と気にならなくなっていた。

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