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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第八章〜己が道〜

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選ぶべき道

二人とも無かったことにしてしまいました(´>∀<`)ゝ

 かなた達が帰る頃にはすっかり雨も止み、寒さだけが残っていた。


「お料理おいしかったですね!」


「......そう...だな」


 かなたに支えられながら隣を歩く土方は、酒のせいで顔が赤く火照っている。

 いつもより高い体温を感じながら歩いていると、虚ろな目のまま、土方がふいに口を開いた。


「......なぁ、かなた」


「どうかしました?」


 土方が立ち止まるので、かなたも釣られて足を止める。

 もしかして、気分が悪いとか言い出すのでは無いだろうか。吐くならせめて隅っこで吐いて欲しい。


「実はな......新選組の幹部隊士を中心に、幕臣にならねぇかって話が来てんだ」


「......え?」


 予想外の言葉に思わず口を開けてしまう。けれど、そろそろそんな話が来ると思っていたせいか、さほど驚きはない。

 史実では慶応三年に伊東が脱退したあと、幕臣になるはずだ。けれど、かなたが歴史を変えてしまったせいで、その流れがかなり前倒しになっている。


「......近藤さんはすげぇ喜んでんだ。俺も近藤さんを上に押し上げられるなら、幕臣にだってなんだってなってやりてぇ。けどよぉ......」


 土方の火照った顔に、わずかな寂しさが滲んだ。


「今日、坂本の話を聞いて思った。...いや、薄々感じてた.......今このまま幕臣になったら...将来、俺たちはどうなんだ........?もしかしたら....尊攘派との戦に巻き込まれるんじゃ...ねぇのか.....?」


 彼の言うことは間違ってはいない。幕臣になれば、これから起こるであろう、戊辰戦争に駆り出され、新選組は滅んでしまう。だが、かなたが歴史を変えてしまった今、その未来が同じとは限らない。


 ここで自分が何を言えば土方の為になるだろうか。自身が歴史を改変したことによって起こった"ズレ"で、不安に苛まれていたあの頃を思い出す。

 今も不安は拭えたわけではない。けれど、土方はどんな時も自分のことを信じてくれた。


「...私は、土方さんが信じるものを信じますよ」


 かなたは、肩にかかっていた土方の手をギュッと掴んだ。


「土方さんが私のことを信じてくれたように、私も土方さんのことを信じてます。だから、土方さんが選んだ道も信じて進めます」


「....かなた」


「どんな道を行こうと、私が隣にいます。土方さんの隣には私が居て、私の隣には土方さんが居ます」


 その隣には、隊士や色んな人々の顔がある。自分たちはたくさんの繋がりの中で、支え合って生きているのだ。


「この先のことは、私にも正確にはわかりません。でも、どんな困難だって、私が土方さんを...新選組を助けます。だって、私は未来人ですからね!」


 そういって笑うかなたが、なぜか眩しく見えた。曇天で月明かりもなく、提灯のわずかな明かりだけがあるはずなのに、彼女はキラキラと光っている。

 土方は思わずその姿に見惚れ、気づけば無意識に手が動き、かなたを抱き寄せていた。待っていた提灯の灯は消え、辺りは真っ暗闇に包まれる。


「......ひ、土方さん.................?」


 かなたは目を見開いた。思考が停止し全身の血が逆流するように湧き上がる。心臓の音が周りに聞こえるほど響き渡り、上手く息ができない。

 背中に感じる土方の腕が温かく、抱き締められるその感触に、頭の中が真っ白になった。声も出せず、体だけが反応している。


「あ、あ、あ.....の........」


 やっとの思いで振り絞ったその声はか細く、土方の胸に吸い込まれるように消えた。


「...弱気になって悪かったな」


「い、いえ....そ、それよりも....」


 背中に回された土方の腕の力がさらに強くなる。


「ひ、ひじ....か...」


「ありがとな。お前が居てくれるから俺は...」


 もう無理かもしれないと、かなたの心臓が限界を迎えようとした時、急に体が傾き始める。


「え..........うわっ!」


 その瞬間、バタンッと音を立てて、背中が地面につくのを感じた。

 倒れ込んだ衝撃で目をぎゅっと閉じたかなたの体に、不意に温かな重さがのしかかる。


「いたた....土方さん....?」


 目を開けると、かなたの腹の上で土方が気持ちよさそうに眠っていた。

 どうやら、飲みすぎた眠気が今になって押し寄せてきたらしい。


「はぁ....危なかった......」


 かなたはそう呟くと、土方をそっと横に転がして自身の上体を起こした。


「.........どうやって帰ろう」





 ーーーー





「あははは!かなたさんが昨晩、一人で荷車を引いて帰ってきたから何かと思えば!土方さんが荷車に乗せられていたなんて!!」


 腹を抱えて笑う沖田に、土方は言い返すことも出来ず、じろりと睨みを効かせた。


「...少し静かにしろ。お前の笑い声は頭に響く」


 昨晩、普段はしない飲み方をしてしまったせいで、ズキズキと頭が痛む。

 だがそれ以上に、かなたにどう顔を合わせていいか分からず、朝からため息ばかり漏らしていた。


 そんな土方の表情に気づき、沖田はにやにやと笑みを浮かべる。


「あれ?もしかして、昨日帰りに何かありました?」


 昨晩、かなたと話をした時に思わず抱きしめてしまった気がするのだが、あれは夢だったのだろうか。いや、手に触れた感触は本物だったので、恐らく本当にやらかしてしまったのだろう。


「...別に、何もねぇよ」


「ぜーったい、何か隠してますねー!」


「いいから、お前はさっさと仕事に行け。今日は巡察当番の日だろ」


「せっかく人が心配してあげてるのに〜」


 そういうと、沖田は唇を尖らせながら障子を開ける。

 障子の向こうではちょうどいいのか悪いのか、盆を抱えたかなたが立っていた。


「ふふふ」


 沖田はにこにこと笑うと、土方をちらりと見てルンルンとしながらその場を去っていった。


「土方さん、おはようございます」


「お、おう」


 かなたの顔を見ると、昨日のことを思い出して気まずくなった土方は、背を向けて机の上の筆を手に取る。

 かなたはためらいもせず、土方の隣まで歩み寄ると静かに湯呑みを机の上に置いた。


「あの、昨日の...」


 その言葉を聞くなり、土方の肩がびくりと跳ねる。ここで動揺してはいけない。鬼副長の名が廃れてしまう。

 土方は一息つくと口を開いた。


「き、昨日がどうかしたか?」


「....? 昨日のお酒が抜けてないと聞いたので、漢方薬を持ってきました」


 酒のことだったか。過剰に反応してしまった自分が恥ずかしい。穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。


「おお。あ、ありがとな」


「いえ....あの、昨日のことなんですが.....」


 ついに来たか。やはり昨晩の話題は避けられないのだろうか。

 そう思ったが、かなたの表情は意外にもあっさりとしていた。


「幕臣のお話のこと、まだ悩んでますか?」


(...そっちか)


 少し安堵しつつも、なぜ彼女はこんなにも平然としていられるのかが分からない。

 もしかして、寝たら忘れる性分なのだろうか。


「いや、おかげで胸のモヤは晴れた。まだ、悩んではいるが...自分の信念は貫き通せそうだ。......ありがとな」


 さっきまでの動揺が嘘のように、自然とかなたの空気に引き込まれていく。

 本当に、こいつは不思議な奴だ。そんなことを思いながら、土方はふと笑みをこぼした。


 その笑顔を見たかなたは、途端に顔を真っ赤にして立ち上がった。


「そ、そうですか!お役に立てて良かったです!また、何かあればいつでも言ってくださいね!」


「あ、おい....」


 土方の言葉も聞かず、かなたは足早に部屋を出た。

 昨日のことを思い出すたびに何も手につかないので、"忘れよう"と心を無にしていたのに、土方のその一瞬の笑顔で不覚にもすべてを思い出してしまった。


「平常心、平常心.....私は仏.........」


 それから数日、かなたはそうブツブツと呟かないと仕事が手につかなかった。

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