選んだ道
かなたはいつものように、せっせと中庭で箒を動かしていた。この時期は落ち葉が多くて大変だ。いつか、甘薯で焼き芋でも提案してみようか。沖田や藤堂あたりなら、きっと喜ぶに違いない。
そんなことを考えながらも、手を止めるとどうにも落ち着かなかった。
原因は、四半刻ほど前に遡る。
土方が突然、近藤に「大事な話がある」と告げて近藤の部屋へと入っていったのだ。
その瞬間から屯所内はざわつき、あれこれと憶測が飛び交った。
けれど、かなたや幹部隊士たちは理由を知っていたため、他の平隊士たちをなだめるしかなかった。
かなたは箒を握り直し、ちらりと近藤の部屋を見やる。
部屋の前には、永倉・沖田・藤堂のわんぱく御三家が、まるで聞き耳を立てるように並んでいた。
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近藤に声をかけたのはつい先程のこと。それから外がなにやら騒がしい気がするが、気のせいだろうか。
障子の向こうに人の気配がするが、こればかりは気のせいではないだろう。
なぜか目の前にいる近藤でさえ、少し緊張している様子だ。
「...近藤さん。なんであんたまで、そんなにソワソワしてんだ?」
「い、いや...トシがどんな決断をしたのか、それを考えるだけで少しドキドキしてな....」
この人は隊の長だというのに、外の空気に影響を受けやすい性質なのだ。
「ということは、どんな話か分かってるってことだよな?」
「あ、ああ。幕臣の件だろう?」
先日、幕府から直々に"幕臣にならないか"と打診があった。土方は悩みに悩んだ末、一つの決断を下した。
だが、その答えを聞いたとき、近藤はどう思うだろうか。
もしかすると、その瞬間に絶縁を言い渡されるかもしれない。そう思うと、喉の奥がひどく乾いた。
それでも、武士として。いや、一人の人間として、伝えなければならなかった。
「そ、それで...どうするんだ?」
近藤は痺れを切らしたように問いかける。
土方は手を揃えると、勢いよく畳に頭をつけた。
「と、トシ?!」
「すまねぇ、近藤さん。俺は...幕臣にはなれねぇ」
近藤はいま、どんな顔をしているだろうか。尊敬する同士だからこそ、自分の想いを曲げるわけにはいかなかった。
「俺は最初、近藤さんを立派な武士にしてやろうと、この地に上った。けど、俺たちの周りでは色んなことがあったよな。そして今じゃ、見廻組をも超える勢いでこの京の町を守ることが出来てる。最初は武士だのなんだのと、身分に囚われていたが、今は自分たちの力でも上を目指せるんじゃないかと、そう思えるようになったんだ。それに....」
土方は一呼吸置いて、強く言葉を放つ。
「俺はあんたに、皆に、生きるために剣を振って欲しいんだ!そしてその剣で、一緒に誰かの未来を守りてぇんだ!」
いつも店の前にいる商人も、偶然出会った親子も、まだ見ぬ町の人々も、仲間や自分自身も、全ての人の未来のために。
土方の声が部屋に響き渡った後、しばらく沈黙が続いた。その時間が、異様なほど長く感じられる。
やがて近藤は一息つき、ゆっくりと口を開いた。
「......そうか」
そして、土方の肩に手を添える。
「まあ、まずは顔を上げてくれ。トシ」
その言葉に、土方はおそるおそる顔を上げた。
近藤の顔には、少し寂しさが滲んでいるように見える。
「すま...ねぇな......近藤さんの想いを踏みにじっちまって」
「...いや、それはこちらの台詞だよ」
近藤は眉を下げ、微笑んだ。
「トシの答えなんか、とうの昔に分かっていたはずなのに、嬉しそうに話をしてしまった俺が悪かった。すまない」
そう言って、今度は近藤が頭を下げる。
「お、おい。やめろよ。顔を上げてくれ」
土方はその姿に、慌てて手を伸ばした。
「俺はその話を断るが、近藤さんだけでも幕臣になるっていう手もあるんだ....」
だが、近藤は首を横に振る。
「いや。トシが下りるなら俺も断る。お前に新選組の運営を任せてきたのだから、当たり前だろう?それに、最初は嬉しく思っていたが、今はお前と同じ考えなんだ」
「え...」
近藤は恥ずかしそうに鼻をかき、笑った。
「よくよく考えてみれば...の話だったがな......この時期に幕臣の話が来るなんてのもおかしなもんだ。俺達はきっと、利用されるだけの存在なんだろう」
「......」
その時、土方の脳裏に坂本との会話がよぎる。幕府もそろそろ終わりを迎えるかもしれない、そんな話が。
「だが、この話を蹴るとなると、色々と問題も出てくるぞ。会津藩のお預かりのままではいられ無いかもしれない」
「...そうだな」
そうなれば、新選組の存続どころではない。だから、話すのに勇気が要った。
責任を感じる土方に、近藤は肩をバシバシと叩きながら笑った。
「だが、我々には頼もしい仲間たちがいる!それに、未来人も!」
「ああ、そうだな」
にこにこと笑う彼女の姿が頭に浮かぶと、自然と笑みがこぼれてくる。不思議なことに、これだけで土方たちの心には自信が湧いてくるのだ。
「まあ、この話は皆を混じえてしようじゃないか」
そう言って近藤が障子を開けた途端、どさどさっと何かが部屋の中へ雪崩込んできた。
「いたた.....あ、お話、終わりました?」
そこには永倉、沖田、藤堂、そしてかなたの姿があった。
「あはは、すみません....」
かなたは申し訳なさそうに謝るが、他の三人は反省の色など微塵も無い。やはり、最初に感じた気配は間違いでは無かったようだ。
土方は呆れたようにため息をつく。
「おい、お前ら....」
「ん?お前ら、何やってんだ?」
土方がそう言いかけたところで、かなた達の背後から原田が盆に乗せた湯呑みを手にやって来た。
「何やってって、左之さんこそ何やってんだよ」
「そうですよ?なんですかそれは?」
藤堂と沖田は、目を細め原田に詰め寄る。
「い、いや、近藤さんと土方さんに茶を持って行こうと思ってよ....」
「お前、ちゃっかり話を聞こうとしてんじゃねぇか!」
普段は茶の用意などしない原田に、永倉がここぞとばかりに突っ込む。
「おやおや、皆さんお揃いで....」
すると、反対側の廊下からは、原田と同じく盆を持った山南が現れた。
「山南さん?どうしたんだよ....」
土方が眉をひそめると、山南は気まずそうに笑いながら盆を掲げる。
「ええっと...原田くんがお茶を持っていこうとしているのを見て、お菓子をと思いまして......」
「山南さんもか....」
山南の言い訳に、永倉は苦笑混じりに頭をかいた。
「結局、みんな気になってたってことか...」
「当たり前だろ〜、俺たちがどんだけ心配したと思ってんだよ」
土方が肩を落とすと、藤堂が即座に口を挟む。
「そうですよ。他の隊士たちなんか、お二人が不仲なんじゃないかーとか、いい加減な噂を口にしてましたからね。あんまり、心配かけないでくださいよ」
沖田の唇がいつも以上に尖っているのを見て、土方は眉を下げて笑った。
「じゃあ、早く中入れ。これからの事考えんぞ」
「.....え?」
いつもより、素直な土方に一同は思わず目を丸くする。
「...なんだよ、その顔は」
「土方さんが珍しく素直だ〜!」
「うるせーぞ、総司」
そのやり取りに、かなたも他のみんなも釣られて笑ってしまう。
本当にタイムスリップしてきた場所がここで良かった。これからも皆と共に頑張っていこう。
それだけで、前に進む理由になれるのだ
かなたはそんなことを思いながら最後に部屋に入ると、静かに障子を閉めた。
活動報告でも言いましたが、次のお話からかなり歴史改変になりますm(_ _)m




