二度目の七夕祭り
慶応二年七月
かなたと土方は去年からの約束で今年も七夕祭りに来ていた。
「わあ、今年も綺麗ですねー!」
「そうだな」
二人の手には、さっき願い事を書いた短冊が握られている。
「で、今年はなんて書いたんだ?」
「え、えーと......今回は秘密です!」
かなたは慌てて短冊を背中に隠した。土方は眉をひそめ、口元をわずかにゆがめる。
「なんだよ。そんな言えないことなのか?」
「いや....なんていうか....ちょっと恥ずかしくて?」
恥ずかしいも何も、今年は土方のことを書いてしまったので見られる訳には行かない。
「もしかして.....坂本のことか?」
「え?なんで坂本さんが出てくるんですか?」
「いや、お前あいつに惚れてんのかと思ってよ......」
土方はそっぽを向き、言ってから少し後悔したように肩をすくめた。
「ほ、惚れてませんよ!!」
かなたは声を張り上げる。胸の奥では土方を想っているのに、絶対に言えないもどかしさがこみ上げる。
「ふぅん。あれ以来手紙でやり取りしてるからよ、好きなのかと思ったぜ」
土方が坂本のことを好いていないのは分かったが、新選組の為なので、そんな目で見ないでほしい。
「いや!あれはですね、これからの親交を続けるためにしてるだけです!決して惚れては無いです!」
かなたは必死に否定したが、その必死さがかえって本心を悟られそうで怖くなる。
「そうかよ」
「土方さんはなんて書いたんですか?」
「あ?お前が秘密なら俺も秘密に決まってんだろ」
「ええー!」
軽口を交わしながら、それぞれの短冊を笹に吊るす。夜風が吹き抜け、二枚の短冊が同じリズムで揺れた。
「よし、じゃあそろそろ帰るか」
「そうですね....!」
屯所に戻れば、かなたはまた男装に戻る。女として土方と並ぶ時間に、少しだけ名残惜しさを覚える。
「あー、なんだ。まだ門限まで時間あるし、飯でも食うか?」
「え、でも.....」
土方は忙しいはずなのに、気を使ってくれたのだろうか。だけど、その言葉に嬉しさを感じる。
「いいから、行くぞ」
土方の笑顔にかなたは釣られて笑ってしまう。
ひらひらと風邪で揺れる二人の短冊には、こう書かれていた。
「これからも土方さんと一緒に居られますように」
ーーー中村かなた
「かなたがもう怪我しませんように」
ーーー土方歳三
ーーー
二人は祭りの帰りに蕎麦屋に寄ることにした。
店内には出汁の香りと、湯気が立つ心地よい音が満ちている。
湯呑を手に、土方がふと真顔になる。
「なあ。お前、伊東さんのことどう思ってるよ」
「伊東さんですか?」
かなたの知っている歴史では、翌年に伊東が新選組を脱退し、近藤暗殺を企てて新選組によって粛清される。
そして何より、伊東は佐幕派の新選組に対して倒幕の思想を持っている人物だ。
近藤派と呼ばれる土方たちが、伊東を快く思わないのは当然のことだ。
「それが、腹の底が見えなくてよく分からないんです。そもそも、私は伊東さんのことも鈴木さんのこともよく知らないし......」
「そうか」
「土方さんはどう思ってるんです?」
「俺は......そうだな。戦法や物事の考え方に関しちゃ、やはり必要な人ではあるとは思う。だが伊東さんは元々勤王派だ。こっちの考えとは合わない部分はあるな。
なにより、最近は隊士たちを取り巻きにしてやがるだろ?なにか裏があるんじゃねえかと思うんだが.....」
新選組を乗っ取ろうとしているのではないか。土方はそう言いたいのだろう。伊東の思想としては的外れではないが、歴史に残る事実だけでは分からないことも多い。
「あの、危険かもしれないんですが私、伊東さんや鈴木さんの事をもっと知ってみたいなって気持ちはあるんです」
土方の眉がピクリと動いた。だが、彼は黙ってかなたの言葉を聞き続ける。
「この先どうなるのか。私はそれを知ってはいますが、人の性格や本質までは分かりません。だから、知った上でどうするか、というか色々考えたいというか......」
なんと言ったらいいのか分からず、言葉を詰まらせてしまう。土方はそんなかなたをしばし、見つめ深く息を吐いた。
「わかった。最近は鈴木も大人しくしてるみてぇだし、話はしてもいい。けど、危険な行動はすんなよ」
「は、はい!」
話が一区切り着いたところで、ようやく蕎麦が運ばれてくる。湯気の立つ椀から、上品なつゆの匂いがふわっと香ってくる。
「いただきます」
箸を手にしたかなたは、一口すすって思わず目を見開く。京の蕎麦は現代のそれとはまた違う、繊細な風味がある。
「美味しいですね!」
思わずこぼした言葉に、土方は小さく笑った。
「お前、なんでも美味いって言うな」
「土方さんは江戸の味の方が好みですか?」
「そうだな。ここに来たばかりの頃は江戸の味が恋しくなったが、お前が来てからはいつでも江戸の味を食えるようになったからな。今では、こっちの味にも風情を感じる」
てっきり土方は「江戸の方がいい」と断言すると思っていたかなたは、少し驚く。
「そういう土方さんの風流なところ、好きです!」
「ぶっ」
そういうと土方が蕎麦を吐き出し、むせ始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ゲホッゴホッ......あ、あぁ」
かなたはすぐに湯呑を差し出した。
「ど、どうぞ!」
「.....わりぃ」
土方はそれを受け取り、ひと口含むとようやく咳が落ち着いた。顔が真っ赤になっているので、気管にかなり入り込んだようだ。
それにしても、急にむせるなんて湯気でも吸い込んでしまったのだろうか。そんなことを思いながら、かなたは再び蕎麦をすすり始めた。




