少しの我儘
夕刻、土方は屯所へ戻ると、まっすぐにかなたの部屋へ向かった。部屋の前に立つと、中からかすかなうめき声が聞こえてくる。
「うぅ......」
襖を開けると、布団に伏せるかなたの姿があった。
「熱は下がったか?」
「....土方さん?」
ぼんやりとした声が返ってくる。まだ熱は下がってないようだ。
土方は部屋に入り、かなたの枕元に腰を下ろした。
「まだ、つらいです」
「今夜が峠だろうな。これを超えれば落ち着くだろ。まだもう少しの辛抱だ」
「はい....西村屋はどうでした?」
「あぁ、支援はしてくれる事になった。お前の言った通り、書面も貰った」
「.....よかった」
「西村屋が随分とお前の心配をしていたぞ」
「本当ですか?」
「ああ、悪い奴ではなさそうだな」
坂本や西村屋が信じられる存在になって良かったと、かなたは安堵する。けれど心配事が消えると、代わりに熱と痛みがじわじわと意識を侵してくる。
「薬を持ってきた」
「....あ、石田散薬だ」
石田散薬とは土方の実家で作っている薬だ。その名を聞けば目を輝かせるところだが、今はそれどころでは無い。
「知ってんのか。なら話は早ぇ。飲め」
土方はかなたの体を起こすと、薬包紙を口元に差し出す。土方の体温と熱のせいで頭がおかしくなりそうだ。
「ほら、口開けろ」
元気なときに飲みたかったと思いつつ、かなたは言われるままに口を開いた。
「.....うぇ....にがぁ....」
前言撤回しよう。もう飲みたくない。
「薬なんてそんなもんだ」
土方はかなたを再び寝かせると、少し目を伏せた。
「....次からはもう少し俺たちを頼れよ」
「もうしませんよ。あんなことは」
「あんなこと、じゃなくてもだ。.....なんでもいいから、言え」
「........はい」
「じゃあ、俺は行くぞ」
土方が腰を上げかけたそのとき、かなたの細い腕が伸び、彼の袖を掴む。
「な、なんだ?」
「.....土方さん、もう少し.....ここにいてください」
土方が忙しいことは分かっている。けれど、どうしても名残惜しくて、手を伸ばしてしまった。
土方は呆れたように笑い、再び座り直す。
「はぁ.......わかったよ。お前が寝付くまでいてやる」
「ありがとうございます......」
かなたは嬉しそうに笑うと再び目を閉じた。
朦朧とする意識の中で、額に土方の手の温もりを感じた気がした。




