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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第五章〜暦の彩り〜

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七夕祭り

 慶応元年七月



 夏の暑さが続く中、かなたは一軒の置屋に足を運んでいた。


「すみませーん」


「かなたはん、お久しぶりどすなぁ」


 声を上げると、奥からひょこっと姿を見せたのは、京・北野にある上七軒の舞妓、君菊だ。


「君菊さん、お久しぶりです」


 かなたが丁寧に頭を下げると、君菊はニコッと笑って置屋の奥へと手を添える。


「今日は浴衣やんな? こっちへどうぞ」


 君菊の笑顔に促され、案内された部屋へと進むと、そこにはずらりと鏡台が並んでいた。どうやら、今日は先日と違い、芸舞妓(げいまいこ)たちが化粧をする部屋に通されたようだ。

 かなたは持っていた風呂敷を開くと、その中身を嬉しげに君菊へと見せる。


「今日は浴衣を持ってきたんです!」


「まぁ、持っとったんどすか?」


「あ、いや...うちの局長が買ってくださって」


 近藤に七夕祭りに初めて行くと話をしたら、「それなら」と、買ってくれたのだ。


「ふふふ。優しい局長はんどすな」


「はい...!」


「ほな、さっそく着付けましょか」


 君菊は浴衣広げると、照れるかなたに素早く着付け始める。

 思えば、いつまで男装するかは分からないが、君菊ばかりに頼ってはいられないので、そろそろちゃんと着付けの仕方を教えてもらわなければならない。

 かなたがそう考えていると、いつの間にか自身の服装が浴衣姿に変わっていた。


「早い!ありがとうございます!」


「ええのよ。着物預かっとくさかい、楽しんでおくれやす」


「はい、お願いします!」


 そう君菊と挨拶をかわし、置屋の戸をくぐると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。花街にも、ちらほら人が集まり始めている。


(土方さん、どこに居るんだろう)


 土方とはこの花街で落ち合う約束をしたのだが、明確な場所までは決めていなかった。

 かなたは辺りを見回してみるが、それらしき人物は見当たらない。


 その時、不意に後ろから肩を掴まれた。


「なぁ、姉ちゃん可愛い顔してんなぁ〜。ここの新しい舞妓か??」


 振り返ると見知らぬ顔の男が二人。かなたの体を値踏みするように見つめている。


「え、えと......」


「今日は七夕だから浴衣着てんのかあ? なら、俺らと飲もうや」


 戸惑っていると、一人の男がかなたの肩を抱き寄せて飲み屋へ向かって歩き出す。


「あ、あの!」


 なんともまあ、ベタな展開だ。めんどうな輩に絡まれてしまうなんて、かわいいヒロインでもあるまいし。素敵な物語ならここで、白馬の王子様が助けてくれるのだが...


 かなたが、妄想を広げながらどうしようかと考えていると、後ろにいた男が突然立ち止まって声を上げ始めた。


「いててててててて!」


「おい!どうした!」


 かなたとその隣の男が振り向くと、そこには土方がもう一人の男の手をひねり上げ、ムスッとした表情でこちらを睨んでいるではないか。


「俺の連れに、何か用か?」


「土方さん!」


 まさしく白馬の王子様のような登場だ。いや、白というよりも黒い狼のような迫力なのだが...でも、今はそれが心強い。


「ひ、土方?!ってあの新選組の!??」


「え......!新選組!?」


 二人の男は土方の顔を見るやいなや、どんどんと顔を青ざめさせていく。

 どうやら、新選組の名前は京の広範囲で知られているみたいだ。


「す、すんませんしたぁ!!!」


 男たちはまるで鬼でも見たかのように、一目散に去って行く。その背中を土方はやれやれと、見送るとちらりとかなたの方へ目をむけた。


「ったくよ...怪我は無ぇか?」


「あ、はい!ありがとうございました!」


 礼を言って顔を上げると、土方と視線が重なる。だが彼は、こちらをじっと見つめたまま、何も言わない。もしかして、何か変なものでも付いているのだろうか。

 そう思って自分の顔を触ってみるも、特にゴミなどは付いて居なさそうだ。

 再び視線を戻すと、彼も浴衣を着ていることに気づいた。


「浴衣、すごく似合ってますね!」


「あ、あぁ...ありがとよ......」


 そう土方は頭をかきながら、かなたから目を逸らす。

 短い沈黙が落ちたが、ここで止まっていても仕方がない。

 そろそろ行こうかと動き出そうとした時、土方がぼそり、と何かを呟いた。


「お前も...」


「え?」


 よく聞こえず、聞き返すと、土方は「何でもねぇ」とだけ言って、スタスタと歩き出してしまった。


「?」


 かなたはいつものように、その背中を小走りで追いかける。

 土方と並んだところで、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、土方さん。今日はこれからどこへ行くんですか?」


「ああ、そこの北野天神で七夕祭りをやっててな...」


 北野天神といえば、あの有名な北野天満宮だろうか。自分も受験の時に、両親と訪れた記憶がある。

 そんな思い出を頭に浮かべているうちに、周囲は次第に人で溢れはじめた。すれ違うたびに肩がぶつかり、歩きにくさを感じるほどだ。


「あっ、す、すみません...あっ、ごめんなさい!」


 まるで、某テーマパークのように混んでいる。かなたは人混みに飲み込まれそうになり、必死に土方に手を伸ばした。


「ひ、土方さん...」


 そう呼びかけると土方がその声に気づき、こちらを振り返る。すると、彼は迷いなくかなたの手を取って前へ進み始めた。


「はぐれんなよ」


「は、はい...」


 人波の向こうで揺れる土方の背中からはやけに、キラキラとした物が飛んでいる。

 彼の触れている部分が熱く、周囲の音が遠ざかる感覚に、かなたの呼吸は自然と浅くなっていく。


(い、息が...苦しい...人酔いしたのかな...?)


 必死に落ち着こうと視線を上げると、いつの間にか視界の先に北野天神の灯りが見えてきていた。


「着いたな」


 土方が立ち止まると、かなたもつられて足を止める。境内にはたくさんの提灯が吊るされ、風に揺れる短冊が色とりどりに()()()()いた。


「わあ、綺麗...」


 そう声が漏れるほど、暗闇の中の提灯の明かりの数々は美しく輝いている。

 土方は周囲を見回し、(やしろ)の脇に目を留めた。


「あそこに短冊が置いてあるな。書いてみるか?」


「そうですね!七夕と言えば、これですからね!」


 それぞれ短冊を手に取ると、願い事を書いて笹に結ぶ。かなたが結び終えたところで、土方が興味津々にこちらを振り向いた。


「で、なんて書いたんだ?」


「えっと...新選組が良い方向に行きますようにって...」


 少し照れたようにそう答えると、土方は小さく息を吐き、苦笑する。


「お前なぁ、どんだけ俺達のこと好きなんだよ」


「いいじゃないですかー!...じゃあ、土方さんはなんて書いたんですか?」


「まあ、俺も似たようなもんだよ」


 土方も新選組の事が大好きと、言っているようなものではないか。そんな彼の思いに、かなたは思わずにやにやしてしまう。


「ふふふ、お揃いですね!」


 かなたが笑顔を向けると、土方は一瞬目を細め穏やかな笑みを零した。


 人混みのせいか度々動悸がするので、かなたは土方に頼み、境内の隅で少し風に当たることにした。夜風を胸いっぱいに吸い込むと、体調がゆっくりと落ち着いていく。


 その横で、土方は少し離れた人混みを見つめたまま、静かに口を開いた。


「なあ...来年も来ようぜ」


「え...」


 その言葉に、かなたは素直に「はい」と答えられず、思わず視線を落とす。

 歴史を変えてしまったことで、これから先の出来事は、もう自分の知る史実ではないかもしれない。もしかしたら、誰かが欠けることだってありえる。


 来年もまた、同じことが出来るだろうか。


 そう考えた途端、喉の奥がひりついた。あまり深く考えないようにしてきたが、その不安はずっと心のどこかに引っかかっている。

 それでも、逃げ続けるわけにはいかないことは、自分でも分かっていた。


「.........はい!行きましょう!」


 揺れる感情をすべて胸の奥に押し込め、かなたはにこりと笑ってみせる。

 その表情に、土方は一瞬だけ違和感を覚え、わずかに顔を曇らせた。


「...ああ、約束な」


 賑やかな祭り囃子が、やけに遠くに聞こえる。

 二人の間を、静かな夜風だけがそっと通り抜けていった。


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