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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第五章〜暦の彩り〜

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不信

「かなたさん、少し伊東さんについて気になるところがあるのですが......」


 かなたが山南の部屋で雑務をしていると、彼が神妙な顔をしてこちらを振り向く。


「......伊東さんですか?」


 その名が出た瞬間、かなたの手がピタリと止まった。


「はい。最近、伊東さんの弟の鈴木さんが少しこちらを伺っているようなのです」


「なにか、怪しまれているんでしょうか?」


 鈴木のことだ。伊東に頼まれて、何かを探っている可能性は高い。


「わかりません。ですが最近、標的を私からあなたへ変えたようなのです」


「えぇ?!」


 自分の予想以上に、鈴木は厄介かもしれない。なんというか、勘が鋭い。


「何が起きるか分かりません。できるだけ、一人にはならないようにしてください」


「わ、わかりました...」


 といっても、かなたの仕事は基本一人だ。けれど、最近は新しく入った、相馬主計(そうまかずえ)野村利三郎(のむらりさぶろう)達と仕事をすることも多い。注意すれば大丈夫なはずだが...


 そう思っている時に限って、フラグが経つのがこの世の摂理なのだ。


 屯所の掃除中、普段掃除していない場所が気になってしまい、ついつい隅々まできれいにしていると、気づけば、近くにいたはずの隊士たちの姿が見えなくなっていた。


(つい夢中になって一人になっちゃった...)


 慌てて皆の元へ戻ろうと、小走りになった、その時。


 ガシッと、突然何者かに腕を掴まれた。


「...鈴木、さん?」


 見上げると、そこには鈴木三樹三郎の姿があった。よりにもよって、運が悪い。


「よう、中村」


「ど、どうかされましたか?」


 鈴木はゆっくりと口を開く。たったそれだけの時間が、やけに長く感じられる。


「お前、最近やたらあっちこっち動いてるよな?」


「えっ......いや、まあ、私は雑用係ですから...」


 間違ってはいない。が、それだけで済む相手ではなさそうだ。


「そうかぁ? 俺には、やけに山南や土方の近くで動いてるように見えるんだけどな?」


 鈴木の手に力がこもる。だが、痛みよりも焦りの方が先に立つ。どうにか切り抜ける方法を探さなければ。


「そ、それはちゃんと私が小姓や雑用としての仕事をしているからで...あっ!もしかしてぇ...労ってくださってるんですか!?」


 すると、かなたは伊東のときと同じように、わざとらしく目をきらきらとさせてみせる。


「...は?」


「鈴木さん、もしかして私の仕事ぶりを監察してくれてたんですか? 嬉しいなあ〜」


「え? あ、まぁ...?」


 動揺がはっきりと浮かんだ鈴木の顔を、きらきらとした目で見つめながら、かなたはさらに追い打ちをかける。


「わぁ...ありがたいなぁ! ちゃんと働いてるか、確認してくださってたんですね! じゃあ、これからも頑張らないと!」


 そう言って、かなたはスキップしながら、()()自然な流れでその場を離れた。

 鈴木はまだ、何が起きたのか飲み込めていない様子だ。


「なんだあいつ......?おれの思い過ごしか??」


 不思議そうに頭をかきながら、鈴木はその場を後にするしかなかった。





 ーーーー





 危なかった、いや、実に危なかった。流石は血の繋がっている兄弟、単純でよかった。

 そう思いながら、かなたは廊下の隅で一息つく。


「ふぅー...何とか乗りきった」


 額に手を当て安堵していると、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「お前......くっ、笑わせんなよ」


 振り向くと、腹を押さえて笑いを堪えている土方の姿が目に入る。


「土方さん!? 見てたんですか!?」


「ああ。フッ......山南さんからお前が鈴木に狙われてるって聞いてな。......ブフッ」


「ちょ、笑いすぎですよ!」


 こんなにも大笑いする土方の姿を見るのは初めてで、かなたは少し動揺しながらも、彼がちゃんと人間なのだと実感し、どこか安心した。


「いや、だってよ...お前、あの言い訳はねえだろ」


「仕方がなかったんですよ!必死だったんですからね!!」


 そんなに笑われるとムキになってしまう。助けてくれてもよかったのに。


「あの場で吹き出しそうになったぜ...それより手、大丈夫か? 強く握られてただろ」


 そう言って土方が腕に触れた途端、体の内側から熱が広がった。彼の体温はこんなにも高かっただろうか。

 頬がじんわりと熱くなるのがわかり、かなたは思わず視線を逸らす。


「だ、だいじょうぶです......!」


「赤くなってんじゃねーか。鈴木のやつ、問いただしてやろうか」


 どうやら、かなり強く握られていたらしい。かなたの腕には、くっきりと赤く指の跡が残っていた。

 それに気づいた土方は、彼女の腕からゆっくりと視線を上げ、鈴木がいた方角を鋭く睨みつける。


「こ、これくらいならすぐに治りますよ!伊東派と揉めると面倒ですし...」


 今でさえ空気が張りつめているのに、伊東派と事を構えるなんて考えたくもない。

 それよりも、早く手を離してほしい。触れられている箇所から、じわじわと熱が広がっていくようで、体の内側が妙に落ち着かなかった。


「...まあ、そうだな。ちょっと来い」


「え...」


 そのまま土方に腕を引かれ、井戸端へと連れていかれる。

 土方はおもむろに懐から手ぬぐいを取り出すと、水に浸し、濡らしたそれをかなたの腕へそっと当てた。


「しばらく、これで冷やしとけ」


「あ、ありがとうございます...」


 池田屋の時から土方が妙に優しくて、なんだかソワソワする。しかも本人は気づいていないのか、先程からずっとかなたの手を握ったままだった。


「あの......手...」


「あっ、悪ぃ...!」


 慌てて離された手元には、はっきりと赤い痕が残っていた。それを見た土方は、眉間に皺を寄せて目を伏せる。


「あ...すまねぇ...これじゃあ鈴木と変わんねぇな」


「ぜ、全然違いますよ!!土方さんは優しいし、気を使えるし、鈴木さんみたいに詰め寄らないし...まぁ、最初の方は詰められましたけど......でも、認めてくれてから凄く優しいですし!えっと...鈴木さんのことはよく知らないんですけど......」


 まったく励ましにもなっていないことを口走ってしまい、思わず自己嫌悪に陥る。けれど、土方と鈴木が一緒だなんて、思って欲しくない。


「と、とにかく、土方さんと鈴木さんは、全然違います...」


 そう言って、かなたは少し俯いた。


「...おう」


 土方はかなたの頭を軽く叩き、口元をわずかに緩める。本当に、こういうところがずるい。


「お前、もう今日の仕事は終わりか?」


「あ、はい!」


「じゃあ部屋まで送ってやるよ、また鈴木に目をつけられたら面倒だしな」


「ありがとう...ございます」


「また何かされたら言えよ」


「はい....!」


 土方に連れられ、並んで廊下を歩く。迷惑ばかりかけているのに、どうしてこんなにも気にかけてくれるのだろう。そんな申し訳なさが、胸の奥に残る。

 そう考えているうちに、いつの間にか部屋の前まで来ていた。


 土方は足を止めると、周囲を一度見回してから、低い声で言った。


「まあ、流石にあいつらもそこまでしないとは思うが...万が一、夜中に押し入られたら、すぐ逃げろよ」


 そんな事になったら、それこそ怪談話だ。


「はい、気をつけます」


 すると土方は「んー」と唸りながら、少し気恥しそうに頭をかき始めた。


「どうかしたんですか?」


「...お前、浴衣とか着てみたいか?」


「え? 浴衣ですか? そうですね......着てみたいです!」


「そうか...来月、七夕祭りがあってよ...一緒に行くか?」


「え、い、行きたいです!」


 まさかそんな誘いが来るとは思っていなかったので、少し心が躍る。


「わかった、じゃあまた近くなったら話す...じゃあな」


「うわっ」


 そう言って土方は、かなたの頭をグシャリと撫でて去っていく。


 優しいところがあるのに、どこか雑だ。もしかして、自分のことを弟や妹のように思っているのだろうか。

 そう考えた瞬間、胸の奥が、なぜか少しだけ寂しくなった





 ーーーー





 その夜、鈴木は兄である伊東に、今日の出来事を報告していた。


「なるほど...中村さんが、か」


 そう言って、伊東はどこか納得したように頷く。今の話で、一体何がわかったのやら。


 兄は、物心ついた頃から文武両道で、とにかく親に褒められてきた存在だ。長兄ということもあり、父が問題を起こして志筑藩(しづくはん)を追放されたあとも、兄だけは学ぶことを決して諦めなかった。

 素行不良な自分とは違い、兄は陽の場所に立つ人間なのだ。


 それでも、自分はそんな兄を尊敬している。


「確かにあの子は機転が利く。土方くんや山南さんが利用するには、うってつけの存在だろうね」


「ああ。だが、上手くかわされちまった」


 自分の不甲斐なさに、兄はきっと呆れているに違いない。


「三樹三郎。今日のことは、もう土方くんの耳に入っているはずだ。これ以上、探りを入れるのはやめておけ。また何か考えておくよ」


 そう言って伊東は、鈴木を一瞥すると、静かに部屋を出ていった。

 兄が去ったあとの部屋には、ひんやりとした静けさだけが残る。


 兄の存在が、自分の影をより濃くしていく。

 それでも、自分は兄に従うしかない。せめて、少しでも兄の役に立たなければ。

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