怪談 弐
あるところに、一人の娘がいました。
娘は寺子屋に通っており、家が隣同士で小さな頃から仲の良い友人と、毎日一緒に通っていました。
その友人は、いわゆる「モノノケ」が見える体質でした。
けれど、娘には見えませんでしたし、そんな話は一切信じていませんでした。
ある日のこと。
娘は寺子屋で師匠に居残りを命じられ、帰るのがすっかり遅くなってしまいました。
友人はとっくに帰ってしまい、娘は一人きりで帰ることになります。
思った以上に暗くなってしまい、「こんなに遅くなったら、きっと母に怒られる」と焦った娘は、いつもとは違う"近道"を選びました。
けれどその道は、娘にとってあまり好きな道ではありませんでした。
なぜなら、その途中にある畑には、首のないカカシがぶら下がっているのです。
モノノケなんて信じていなくても、そのカカシは不気味でした。まるで、今にも動き出しそうで。
娘は暗い道を足早に進みます。見たくないのにふと、カカシの方を見ると、いつもそこにあったカカシは無くなっていました。
そしてその道を抜けたとき、娘は大きく息をついて、胸を撫で下ろしました。
.....そのときでした。
後ろから、奇妙な音が聞こえてきたのです。
ズルッ..........ズルッ........
娘はおそるおそる振り返りました。
そこには、あの首のないカカシが、這いずるようにしながら、娘を追いかけてきていたのです。
「ひっ......!」
娘は叫び、夢中で走りました。
がむしゃらに、家まで走り抜けました。
家にたどり着くと、娘はすぐに母親にそのことを話しました。
けれど、母が外を確認しても、何も見当たりません。
信じてもらえなかったことが悔しかった娘は、隣の家の友人の元を訪ねました。
友人は娘の顔を見るなり、こう聞いてきます。
「.......どうしたの?なにか、あったの?」
娘はさっきの出来事を話し始めました。
すると友人は、娘の言葉を遮って、こう言いました。
「......ううん、その話じゃなくて。肩のやつ、どうしたの?」
「........肩?」
娘は首をかしげ、自分の肩を見ます。けれど、何も見えない。
「肩が......どうかしたの?」
「ついてるよ。首が」
ーーーー
「ぎゃーー!!!!」
藤堂と永倉が叫びながら腰を抜かす。話の改編と江戸時代の言葉に直しながら話したが、なんとか通じてよかった。
「中々ゾッとする話だな....」
原田は両腕を抱えて寒そうにしている。そこで沖田が疑問を口にする。
「でもどうして、その娘の肩にはカカシの首が着いていたんでしょう?」
「ああ、それはですね。その娘が何故、そのカカシを嫌がっていたか、という話になるんですが.....」
「それは、首なしのカカシが怖かったからじゃねえのか?」
かなたの言葉に原田が首を傾げる。
「いえ、そもそも娘はカカシを不気味だと思っただけで怖がってはいなかったんです」
「じゃあなんで、あの道を避けてたんだ?」
藤堂が首をかしげる。先ほどの恐怖がまだ残っているのか、声が少し震えている。
かなたは少し間を置いてから、口を開いた。
「.....娘が、あの近道を嫌っていたのには、もっと別の理由がありました」
「理由って?」
永倉が問いかけると、かなたはゆっくりと視線を落とした。
「娘がまだ小さかった頃にその畑の近くで、子どもがひとり、行方不明になったんです」
「子どもが.....?」
原田の声が低くなる。
「最後に目撃されたのが、あの畑のそば。けれど、その後どう探しても見つからなかったそうです。事件か事故か、それすらも分からないまま、話はうやむやになりました」
「まさか.....」
沖田が思わず息を呑む。かなたは頷きながら続ける。
「娘は、その子と仲が良かったんです。.....でも、何があったのか、娘自身はよく覚えていません。ただ、あの畑を通るたび、胸の奥がザワザワする。嫌な感じがする。それで、無意識に道を避けていたんです」
「記憶に蓋をしてたのか......」
永倉が呟いた。
「そう。だから、あの首のないカカシが追いかけてきたのも娘を"呪った"からじゃない。......."思い出してほしかった"のかもしれません」
「..........」
その場の空気が、ひんやりと冷え込んだ。
沈黙の中、沖田がぽつりと呟く。
「......じゃあ、肩に乗ってた"首"は......その時、いなくなった子の...」
「戻ってきたんです。娘のもとへ。思い出してもらうために」
かなたのその言葉に皆、言葉を失った。
「だが、その裏話がないと成立しない話だな」
「そうですね」
土方の言葉にかなたはにこりと笑う。すると藤堂が、おそるおそる口を開く。
「.....でも、その話だけじゃ、娘が思い出したのかは分かんねぇな。それで、その首はどっか行ったのか......?」
「さぁ、どうでしょうね」
かなたはふっと笑って、肩をすくめる。
「もしかしたら、今もまだ....娘のそばにいるのかもしれませんよ」




