怪談 壱
夏なので、ホラー回を作ってみました。この先三話ほど、続きます。苦手な方はご注意ください。
季節は慶応元年六月
六月といえど江戸時代は旧暦なので、現代で言えば七月くらいの暑さだ。
しかし、かなたは現代のヒートアイランド現象や年々上がり続ける暑さに慣れているので、この時代の暑さは言うほど堪えるものではない。
「はぁ...今日もあちぃな......」
「えぇ。京は特に夏は暑く、冬は寒いですからね...」
屯所の縁側でそう言いながら伸びているのは、永倉と沖田だ。幕末は『小氷河期』の終わり頃なので、彼らが暑さを感じるのも仕方がない。
そしてよりによって、京は四方を山に囲まれた盆地だ。
江戸時代の人間では、2025年の暑さには耐えらないだろうな。
そう思いながら、かなたは廊下を拭いていた雑巾を絞ると、空の桶の中へと投げ入れた。
「井戸水でも持ってきましょうか? 足をつければ、少しは涼しくはなると思いますけど......」
「いや、大丈夫だ...ありがとな」
「かなたさんに、重いものを持たせる訳にはいきませんから......」
二人はそう言うと、またぐったりと伸びはじめる。なにか涼しくなる物があればいいのだが...
(物理的だと難しいしなぁ...気持ち的にも涼しいものはあるかな......)
涼しくなる夏の風物詩と、考えたところでいいことを思いつき、ポンッと手を叩いた。
「じゃあ、怪談でもしませんか?」
「怪談?」
かなたの提案に、沖田と永倉は同時に首を傾げる。
「夏といえば怖い話!じゃないですか? 少しでも涼しくなればなぁ、と...」
最後の言葉を口にする前に、二人の目がキラキラ輝き始めた。
「いいな!」
「いいですね!」
沖田と永倉は声を合わせると、すくっと立ち上がる。どうやら、この手の話は大好物のようだ。
そして、こういう時だけ誰よりも動きの早い二人は、そのままの勢いで仲間を集め、気づけば今夜の怪談会が決まっていた。
集まったのはいつもの面子で、沖田、藤堂、永倉、原田、土方とかなたを合わせた六人だった。
「おい、何で俺まで参加しなくちゃなんねぇんだよ」
土方は眉間に皺を寄せ、不服そうに言うと腕を組んだ。
すると、沖田がからかうように顔を寄せる。
「いいじゃないですか〜!...それとも土方さん、怖いんですか?」
その言葉に、土方の眉がピクリと動いた。
「んなわけねぇだろ!俺はこんなことをしてる暇はねぇんだよ」
「お、俺は怖い話、苦手なんだけどな〜」
苛立っている土方とは違い、藤堂はいつもの威勢を無くして小さく座っている。
「それで、誰から行く?」
原田の一言をきっかけに、皆は「どうする?」とばかりに互いの顔を見合わせ始めた。その無言の押しつけ合いは、しばらく続く。
このままでは埒があかないと判断したかなたは、思いきって手を差し出した。
「じゃあ、永倉さんからお願いします!」
「お、俺か?!」
突然に指名された永倉は動揺しつつも、一つ咳払いをして口を開く。
「じゃあ、行くぜ......」
そう言うと、永倉はにやりと口角を上げた。
ーーーー
今から百年と少し前くらいの話だ。播州の姫路あたりに細川家の国家老 を務めている青山鉄山って男が居たんだ。
ああ、かなたのために説明すると、国家老っつうのは、藩主が江戸に行ってる時なんかに、その代わりに城を預かったり、藩を仕切ったりする役目のことだ。
その役職は立派でも、鉄山の中身は野心の塊みてぇな奴だったらしい。
ある日、鉄山は細川家の宿敵と結託して、細川の若殿を毒殺しようと話し合っていたんだが、その悪巧みを運悪く下女のお菊が聞いちまったんだ。
鉄山は、秘密を握られたと悟ると、お菊を始末しようと考える。
そこで思いついたのが、お菊が普段管理していた家宝の皿一枚をわざと隠すという手だった。当然、お菊は皿が無くなったことを、主人の鉄山に隠すことなく、正直に話した。
すると鉄山は、「お前が皿を盗んだんだろう!」と怒鳴り散らかし、お菊を責め立て、しまいには彼女を斬り捨てて井戸へ放り込んじまったんだ。...酷い話だろ? 鉄山にとっちゃあ、彼女を殺せる理由は何でも良かったんだ。
そしてその日を境に、井戸のほとりには青白い顔で濡れた着物をまとった"女"が立つようになったと、誰かが言い始めたんだ。周りの者は口々に、その姿こそ井戸に落とされたお菊だと噂した。
その話を耳にした鉄山は、真偽を確かめようと夜更け、ひとり井戸へ向かったんだ。最初のうちは何の気配もなかったが、やがてボウッと青白い火が灯るように現れ、それが徐々に人の形へと変わっていった。その光景に、鉄山は物凄く息を呑んだだろうよ。なんせ浮かび上がったのは紛れもなく、殺したはずのお菊だったんだからな。
そして、お菊は突然「一枚...二枚...」と、何かの数を数え始めたんだ。鉄山は恐怖に駆られ、家までは追って来まいと、必死にその場を逃げ出した。
しかしその思いは叶わず、お菊は毎夜毎夜と姿を現しては、鉄山の耳元で数を囁き続けたんだ。
「一枚...二枚...三枚...」
家宝の唐絵皿は全部で十枚。それを一枚、一枚数えてるんだとよ。
だが、一枚は鉄山が隠しちまったから揃うはずもねぇ。だからお菊は、九枚目まで数えると決まってこう叫んだんだ。
「一枚足りない!!」
その声に鉄山は魂を削られるように悩まされ、どんどん衰弱していった。お菊からしちゃ、嬉しいもんだよな。自分を殺した奴を、弱らせることが出来たんだ。
けど、あの世に行っても鉄山に囚われ続けているお菊が可哀想だって話が、他の家臣達の間で出たんだ。
そこで、お菊の夫の舟瀬三平を呼びつけることにしたんだ。
三平が井戸のそばで手を合わせると、お菊の亡霊が姿を現し、隠された皿の在り処をそっと旦那に伝えたらしい。そしてお菊は、「私のためにも、その皿を元の場所に戻して欲しい」と言ったそうな。
三平は皿を見つけると、すぐに元の場所に戻した。すると、お菊の姿はそれから見えなくなったという。
唐絵皿が揃って、ようやく成仏できたのかもしれねぇな。
ーーーー
「おい、ただの皿屋敷じゃねぇか」
静まり返った場に、土方の突っ込みが響いた。その少し向こうでは、藤堂が余裕そうに腕を組んでいる。
「新八さん、それは俺でも怖くないぜ〜」
「それになんだか、悲しくなっちゃいました」
沖田はしんみりと眉を下げ、原田はその横でじろりと永倉を睨んだ。
「おい新八、もっと面白い話持ってこいよ」
「すまねぇって!他に知らなかったんだよ!」
永倉が両手を前に出して謝ると、原田は呆れたように息をついた。
「まあ、そうは言っても、俺も有名な話しかしらねぇんだよな」
「僕もです」
原田に続いて、沖田も申し訳なさそうに視線を落とす。彼らは隊の中でもかなりのお喋りさんなのに、意外にも怪談には疎いようだ。
「そうだろ? 怪談なんて、もう出回ってるものが多いからよぉ」
「それより、もう終わりにしようぜ...」
ぽつりと漏らした永倉に合わせるように、藤堂が再び小さくなる。そんな二人を横目に、かなたは静かに様子を見守っている土方へ視線を向けた。
「土方さんは何か知らないんですか?」
「怪談なんて、興味無ぇからな」
そういうと彼は、「くぁ...」と欠伸を噛みころした。どうやらそろそろ、電池切れらしい。
そのとき、にっこりと微笑んでいた沖田と目が合った。
「かなたさんは?」
彼はそんなことを聞いてくるが、自分の現代話では皆を戸惑わせてしまうのではないだろうか。
(この時代に寄せて話してみようか)
そう考えながら、かなたは円を描くように座る皆を見渡すと、真ん中に置いてあった蝋燭を手元に引き寄せた。
「では、私が喋らせていただきます」




