山南敬助
元治元年十月
藤堂平助の紹介で伊東甲子太郎が参謀として加わった。
かなたも裏で参謀という立ち場ではあったが、戦術や戦況は全く分からなかったので、伊東の入隊にはむしろ賛成だった。だが、新選組にとって伊東の存在はとても大きなものになる。
けれどかなたには、それよりも先に気がかりなことがあった。それは山南敬助の"居場所"だ。
翌年の元治二年二月、新選組に居場所をなくした山南は隊内で孤立、ついには脱走し、切腹させられる。だが、山南の"居場所"さえあれば彼の運命を変えられるかもしれない。かなたはそう考えていた。
山南は聡明で穏やかな性格で、土方とは正反対の優しさを持つ、新選組の『飴』のような存在だ。そんな彼を失うのは惜しい。
その思いから、かなたはここへ来てから山南に時折、助言や意見を求めるようにしていた。
けれども、それだけでは足りない。そう考えたかなたは、近藤と土方を交え、山南と話し合いの場を持つことにした。
「中村君、今日はどうしたんだね」
かなたが今から何を成し遂げるのかと、近藤はわくわくしているようだ。近藤には悪いが、今日はそんなに楽しい話ではないだろう。
「えっと...お話をする前に、山南さんに聞きたいことがあるんです」
「...私にですか?」
山南は、自分に話が向くと思っていなかったのか、少し驚いた表情を見せる。
こんなことを聞いても、山南は素直に答えてはくれないかもしれない。けれど、今ここでこの人は失いたくはない。
かなたは山南の方を向くと、真剣に彼を見つめた。
「あの、山南さん。これは、近藤さんや土方さんの前では言いにくいことだと思うんですが...今、ご自身の立場について、どう考えているかを教えて欲しいんです」
「そう、ですね....」
山南は一瞬目を開くがその後すぐに視線を落とし、言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「私は、総長という立場でありながら剣の腕もいまひとつですし、だからといって戦略を考えられるような器でもない。はっきり言って、今の自分には新選組にいる意味があるのか...他の隊士の邪魔になっているだけじゃないかと、そんなふうに思っています」
思いの外、あっさりと話してくれた山南の目は曇っている。かなたは、そんな目を何度か見たことがあった。
人間という生き物は、心身の状態が限界の時、誰にでもいいから助けて欲しいと、思うのだ。
「山南さん...そんなこと思ってたのか....。でも、俺は山南さんがこの新選組には必要だと思ってるぞ」
「俺もだ。今まで一緒にやってきた仲間じゃないか.....」
山南の言葉に、土方と近藤は戸惑いと本音を見せる。
「近藤さん、土方くん....」
どうやら、この問題はかなたが思っている通り、すれ違いで起きたものらしい。ここで互いの胸の内が分かったところで、かなたはひとつの提案をする。
「山南さん、打ち明けてくださってありがとうございます。それで、私も山南さんにはとても助けていただいてますし、これからも新選組には必要不可欠な存在だと考えています」
かなたはまっすぐと山南を見て語りかけた。
「それに、さっき"戦略を考えられるような器じゃない"と仰ってましたけど......私はそうは思いません。とても聡明な方ですし、むしろ向いてると思うんです」
「...それは、どういう意味でしょうか?」
山南は眉をひそめ、不思議そうにかなたを見た。
「人にはどんなことにも、向き不向きがあります。山南さんは、もともと争い事はそこまでお好きじゃないですよね? だから、戦略もいまいち考えが回らないんじゃないかと思うんです。私は、山南さんには得意な分野があると思うんです」
「で、その得意な分野ってのはなんだ?」
土方が身を乗り出して、かなたに問いかける。その顔は真剣で、どうやら本当に山南のことを想っているらしい。
「私は山南さんに、監察方の筆頭になって頂きたいと考えています。情報や記録の管理、監察方の隊士が得た情報の分析。あと、隊の中には色々悩みを抱えてる人もいますよね? 近藤さんや土方さん、組長に言いづらいことも山南さんのような温和な方なら相談しやすいと思うんです」
「なるほどな...監察方には組長みたいな存在は居ねぇからな。今は俺が指揮を取ってたが、山南さんの頭の良さなら、確かにうってつけかもしれねえ」
土方は仕事を抱えすぎているので、監察方を山南に任せるというのは逆に良いのかもしれない。
すると、近藤が山南へと顔を向けた。
「山南くんは、中村君のこの提案をどう思うかね?」
「わ、私は......」
山南は言葉を詰まらせたまま、ぽろりと涙をこぼした。
ずっと感じていた劣等感。どこか場違いな存在のような気がして、自分の立場に迷い続けていた。
そんな自分のために、こんなにも真剣に考えてくれる人たちがいる。自分は一人ではなかった。
その事実だけで、胸の奥が一気に熱くなる。
「山南さん!? どうしたんだ!? 監察は嫌だったか!?」
「山南くん、どこか痛むのかね!?」
慌てる土方と近藤に、山南はゆっくりと首を横に振る。
「あり....がとう........」
そう言って、かなたの手をぎゅっと握りしめたまま、山南は何度も、何度も頭を下げた。
その姿に、近藤と土方は黙り込む。これまで山南の苦しさに気づけなかった自分たちを、心の中で深く反省していた。
こうして山南は、新選組の総長そして監察方のまとめ役という立場に就いた。その後の山南は、活き活きとしていて、まるで浪士組のようだとみんなが口を揃えて言っていた。
かなたや他の監察方と連携しながら、隊士の相談に乗ったり、隊内の不満を少しずつ解消したりして、いつしか山南は、隊士たちから『新選組の仏』と呼ばれるようになっていた。
山南敬助の脱走理由は諸説あります。どの資料を目にしても山南は優しかったと、書かれてあります。
厳しさの反面『飴』のような存在が無くならなければ、もしかしたら新選組は違う歴史を歩んでいたかもしれません。




