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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第三章〜歴史が変わる瞬間〜

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升屋 喜右衛門

 元治元年六月



 かなたがタイムスリップして、早くも十ヶ月あまりが過ぎた。


 ある日、近藤と沖田とお茶をしていた所で土方も顔を出す。なんとなく、お茶を要るかと土方に聞くと、要ると言うので、四人で茶菓子を囲んでいた。


「沖田さん、今日の分の煎茶です!」


「かなたさん、いつもありがとうございます」


 沖田はかなたの差し出した、"煎茶"といわれたどす黒い飲み物が入っている湯呑みを受け取り、一息に飲み干すと、可愛げのある顔をすぼめた。


「くぅ〜.....相変わらず不味いですねぇ...!」


「な、なんだね?それは」


 近藤が渋い顔をしながら首を傾げる。その言葉に、沖田は元気いっぱいに両手を上げてみせた。


「これは、かなたさんが今年から煎じてくれているお茶なんです。味はあんまりですが.....これを飲むようになってから、体が軽くなったような気がするんですよ!」


「それは沖田さん専用の薬湯のようなものです。前に体が怠いと、おっしゃっていたので作ってみたんです!」


 そういうと、かなたは得意げな顔をしながら菓子をつまむ。


「ほう、それなら俺にも作って貰おうか」


 近藤が沖田の飲んだ湯呑みを興味津々に眺める。そこへかなたが、ずいっと手を上げた。


「いえ!近藤さんはとても(・・・)お元気そうなのでダメです!」


 近藤は、そうか...と残念そうに肩を落とすが、仕方がない。この薬湯は沖田専用なのだ。沖田にしか与えられない。


 しばらく静かな時間が流れたのち、ふと思い出したように、土方が口を開いた。


「ところで、お前が最初に言っていた"功績"とやらはいつ出すんだ?」


 まあ何度かは成しているのだが...今、土方が言っているのはそのことでは無いのだろう。


「あ、それについてなんですけど、そろそろ動き出そうと思いまして....」


「今後、何かあるのかね?」


 近藤は湯呑みを口から離すと、軽く眉を上げた。


「ええ。『升屋ますや』という炭を売っている、商い屋を知ってますか?」


 その店の名に、沖田が「ああ!」と手を叩く。


「たまに巡察で通るところですね!あそこが、どうかしたんですか?」


「昨年の八月十八日以降、長州の尊攘派の動きが目立ってきてると思うんですが.....」


 かなたの言葉に、土方が目がわずかに細められた。


「まあ、そうだな....はっきり言って見過ごせねえところまで来てる」


「その升屋という店の主人が、尊攘派の密偵なんです。尊攘派に武器と情報を流しているはずです」


「!?」


 三人は目を開くと、飲んでいた湯呑みをゆっくりと下ろす。

 土方が少し口元を緩め、苦笑を漏らした。


「ずいぶんとはっきりと言いやがるな...」


「違ったら私を処分してくださって構いません。その升屋の主人を捕らえてほしいです」


 今まで小さな歴史改変をしてきたが、大筋が動いていないなら、この情報は正確なはずだろう。


「トシ、どうする?」


 近藤が土方の方へ顔を向けると、判断を仰いだ。


「...まずは山崎に調べさせる。それまでは待つ。見当違いで手を出したら、こっちの名が下がるだけだからな」


 これで歴史が変わっていたら、打首だな。そう思いながらかなたは再び目の前の菓子に手を伸ばした。





 ーーーー





 そして数日後。

 かなたの言ったとおり、升屋の店主は長州の尊攘派と通じていた。六月のはじめ、その店主が新選組によって取り押さえられた。


 しかし、店主が何も口を割らないので土方は痺れを切らし、かなたの元へやってくる。


「おい、かなた。....お前、あの店主のことどこまで知ってる?」


 どこまで、と言われても身長・体重・血液型などの細かいことは分からないのだけど。


「まあ、大体は....?」


 そう答えるしかない。


「じゃあ来い。あいつ、なかなか口を割らねえんだ」


 かなたは土方の後に付いて、八木邸の隣にあるもう一つの屯所、前川邸の蔵へ向かう。中へ入ると拷問を受けたであろう升屋の店主と近藤、沖田、山南がそこに居た。


「あ...」


 思わず声を出してしまう。思ったよりも、店主の状態が酷い。喋れるのだろうか。


「大丈夫です。そこまで痛めつけてはいませんよ」


 かなたの表情を察したのか、山南が静かに言った。かなたはゆっくりと男に近づき語りかける。


「えっと...古高さん、ですよね?」


「!?」


 かなたが店主を名指しすると、男の肩がびくりと跳ねた。


「名前まで知ってんのかよ....」


「すごい.....!」


 土方が眉をひそめため息交じりに頭をかく一方で、沖田は素直に感嘆している。


「この人の名前は升屋ますや喜右衛門きえもんこと、古高俊太郎ふるたかしゅんたろうさんです」


 かなたが古高の隣に行くと、皆に紹介するように手を添える。


「おい、古高。おまえのことをよく知ってるやつが来たぞ」


 土方が低く圧をかけると、古高は顔を上げて叫んだ。


「お、お前は誰だ....!俺はこんなやつ知らねぇぞ!」


 それもそうだ、自分も初めて顔を見た。


「私は知ってるんですよね....尊攘派が入り浸ってる旅籠はたご四国屋しこくや池田屋いけだやと...あと、どこだったかなぁ?」


 まずい、一年近く資料を読んでいないので細かい部分を忘れている。


「な、なぜそれを....!」


 古高は目の前にいる、色の白い細くて小さい童に背筋が凍った。


「本当に、なんでも知ってるんですねぇ」


「...まさか、長州の奴じゃねえよな」


 アハハ!と陽気に笑う沖田とは打って変わって、土方は疑いの目をかける。


「違いますー!!」


 かなたは振り返ると、土方を真っ直ぐ見つめる。


「な、なんだよ...」


 土方はその真剣な眼差しに、少したじろぐ。


「どちらか、と言えば池田屋が本命です。もし私が騙していたら斬ってもらってかまいません!....なので、行きましょう」


(こいつ....どっからそんな自信が湧いてくるんだ)


 土方は苦い顔をしながらも、近藤に促されてかなたの言葉を信じるしかなかった。


 そして、新選組は史実どおり池田屋を攻めることになる。

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