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新選組トリップ奇譚  作者: 柊 唯
第二章〜初めの改革と決意〜

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かなたの信念

 新見錦が局中法度きょくちゅうはっとを破り切腹した、という話が広まったのは今朝方の事だった。


 もちろん、かなたは新見が切腹されることを知っていた。新選組の未来を良くしたいと思ってはいるが、話し合いだけではどうにも出来ない人間はいる。


 芹沢一派のことは、そうやって見切りをつけていた。


(私は薄情者だろうか...)


 自分の思い切った正確がたまに嫌になる。かなたは八木邸の玄関前を箒で掃きながら、少し思い悩む。


「おい」


 そう後ろから突然話しかけられ、慌てて振り向くとそこには芹沢とその取り巻きが立っていた。


「お前、土方の親戚だったか」


「あ、はい。中村かなたです」


 たった今、考えていた人物に話しかけられ戸惑ってしまう。目をつけられてしまったかもしれない。何も無ければいいのだが。


「中村。これから島原に行くんだがな、お前も来い。酒の飲み方ってやつを、俺が教えてやる」


 どうやら、芹沢には子供だと思われてるらしい。勘違いとはいえ、これはマズい。

 だが、"新見が死んだ"というのに、この人は何も思わないのだろうか。

 胸の内にわだかまりが残る中、かなたは恐る恐る口を開く。


「えっと...でも外へ出るには、土方さんに許可を貰わないといけなくて...」


「はァ? 芹沢先生の言うことが聞けねえってか?」


 取り巻きの平間重助ひらまじゅうすけが、不機嫌な顔でかなたを睨みつける。


「い、いえ、そういう訳では...一度土方さんに話を通してもいいですか?」


「だーかーらー...」


 もう一人の取り巻き 平山五郎ひらやまごろうがゆっくりとかなたに近づく。

 そのとき、芹沢が手を上げて平山を制した。


「ふん...まあいいだろう。早く行け」


「は、はい...!」


 かなたは頭を下げると、走って土方の元へ向かった。



「ッチ、めんどくせえな。けど、断れば何を仕出かすか分かんねぇ....」


 事情を聞いた土方は、渋い顔でため息をつく。


 変な事に巻き込まれてしまった。かなたは思わず、不安な表情を浮かべる。そんな顔に気づいたのか、土方はもう一度ため息を吐き、腕を組んだ。


「はぁ...しょうがねえ。今は手が離せねぇが、後で俺も行く。芹沢さん達と先に行っとけ」


「あ、は、はい!わかりました!」


 そうして、かなたは胸の奥の不安を押し殺しながら、芹沢一派とともに島原へ向かうことになった。





 ーーーー





 島原の座敷は、酔いと笑いに包まれていた。


 芹沢が豪快に酒を煽るたび、取り巻きたちが「さすが局長!」と囃し立てる。


 かなたは目をつけられないようにと、座敷の隅に小さく座っていた。芹沢に無理やり連れて来られた形だったが、今のところは何事もなく過ごしている。

 このまま黙ってやり過ごせればいいのだが、そういう訳にはいかないのだろう。嫌な予感しかしない。


(...早く終わって欲しい)


 目の前で繰り広げられる"宴"は、自分の知っている楽しい宴とはまるで違う。舞妓たちの頬は引きつり、芹沢の顔色を終始伺っている。

 舞妓が一人、震える手で芹沢の盃に酒を注いだ時だった。


「おいおい、なんだその手つきは。酒がこぼれたじゃねぇか」


 芹沢は不機嫌に眉をひそめると、次の瞬間バチン、と鉄扇で舞妓の頬を打った。


「なっ...!」


 かなたは驚き、立ち上がる。素行が悪いと聞いていたが、容赦なく女性にも手を出すのか。


「ひっ!」


 舞妓は小さく悲鳴を上げて後ずさった。


「芸の道に生きてるってのに、その手つきはなんだ。所作ひとつ満足にできねぇのか?」


 酔いのせいだけではない、底知れぬ怒りがこもった声が座敷に通る。舞妓の目には涙が浮かび、肩は小さく震えていた。

 その姿に、かなたの怒りがふつふつと沸いてくる。ただのチンピラじゃないか。そう思った時には、体が勝手に動いていた。


「やめてください!」


 その声は自分でも驚くほど、はっきりしている。


「.....あ?」


 こちらを向く芹沢の目に、かなたが映り込む。


「中村ぁ....お前、何様のつもりだ?」


「そうだぞ中村!そこをどけ!」


 平山が芹沢の行動を煽る。かなたはひとつ息を吸い込むと一歩、舞妓の前に出た。


「この子にこれ以上、手を出さないでください」


 場の空気が静まり返る。座敷の隅で笑っていた取り巻きたちも、ぴたりと口を閉じた。

 芹沢の目が、かなたの顔をじろりと舐め回すように動く。それとは正反対に、かなたの瞳は真っ直ぐと芹沢を見つめていた。


「......お前、なかなか面白ぇ度胸してんなぁ?」


 ニヤリと笑い、芹沢は酒を口に含む。


「損する役回りだなぁ。お前みたいな正義感のある人間は、一番に始めに死ぬんだよ」


「......それでも、私には見過ごせません」


 心の中は恐怖に支配され、喉はからからに乾いている。けれど、自分の中の何かが、それでも退くなと叫んでいた。

 芹沢が立ち上がり、かなたへと近づく。その背が思っていた以上に大きく感じた。


「そこまでだ、芹沢さん」


 突然、低い声が座敷に響き渡る。その場の全員が、声のする方へ顔を向けた。かなたも思わず振り向くと、座敷の入口に土方と山南が立っていた。


「酔ってるとはいえ、度が過ぎるぜ」


「舞妓さんが怯えています。これ以上は......ご配慮を」


 優しげな山南の声に、場の空気が少し和らぐ。


「.....ふん。子供ガキの躾はちゃんとしておくんだな、土方」


 そう吐き捨てるように言うと、芹沢は座敷を出ていく。取り巻きたちも、それに続いて去っていった。静まり返った座敷に、三人はしばらく黙っていた。

 そんな中、かなたの後ろにいた舞妓が口を開く。


「お侍はん、堪忍な。守ってくれて、おおきに」


 舞妓はにこりと笑い、かなたに丁寧に頭を下げた。


「い、いえ...あの、お怪我は?」


「ちょっと叩かれただけやさかい、大丈夫どす」


 そう言って微笑む舞妓は番頭に付き添われ、座敷をあとにする。

 その後ろ姿が見えなくなった瞬間、土方がかなたを睨みつけた。


「お前、死にてぇのか?」


「...え」


「芹沢さんはな、お前みたいな奴、簡単に殺せんだよ。死にたくなかったら余計なことはするな。いいな」


 土方は、そう冷たく言い放つ。そんな彼の言葉にかなたはどうしようもなく腹が立ち、拳を握りしめた。


「じゃあ、黙って見てろって言うんですか!? あの場で何もせずに逃げるくらいなら......殺された方がまだマシですよ!」


「死ぬ覚悟も無ぇくせに、甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!!」


 土方とかなたが、互いに一歩も引かず睨み合う。空気がぴりぴりと張り詰め、周囲の音が遠のく感覚に息が止まる。


「...それでも私は、抗いたいんです。見捨てたくないと思った人たちのために」


 かなたの真っ直ぐな瞳に、土方は眉間に深く皺を寄せた。


「ッチ、好きにしろ。...けどな、その善意はいつか自分の身を滅ぼすぞ」


 それだけを言い残し、土方は足早に部屋を出ていく。残された空気を和らげるように、山南がそっとかなたの肩に手を置いた。


「かなたさん。土方くんは、あなたの事を心配しているんですよ」


「...はい。大声上げて、すみませんでした。みっともなかったです」


「いえ。あなたが舞妓さんを守ってくれたおかげで、新選組の名が傷つかずに済みました。ありがとうございます」


 その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

 けれど、胸の奥に残る土方の声が、どうしても消えなかった。





 ーーーー





 屯所へ帰ってきたかなたが戸口で風を感じていると、土方が通りすがりに立ち止まった。


「.....まだ怒ってんのか?」


「別に......怒ってません」


 ぶっきらぼうな言葉に、こちらもまたぶっきらぼうに返してしまう。土方は黙って夜空を見上ると、言葉を探すように口を開いた。


「あの場で、何か言わなきゃならなかったのは分かる。...お前のやり方は、真っすぐすぎて危なっかしいけどな」


「土方さんの言いたいことはわかってますよ......でも、あのまま黙って見てる方が、私には無理だったんです」


「そういう奴が、一番早く死ぬんだよ」


 言葉は冷たいが、その声にはどこか影がある。


「だが......それが正しいって時もある。だからこの世は困る」


 かなたが顔を上げると、珍しく土方の目が真っすぐと彼女を捉えていた。


「俺は新選組の副長だ。この隊を押し上げるためなら何だってやる。泥を被って、汚いことでもしてやるよ」


 そう言うと、土方は背を向けて去っていく。どうやら彼はもう、覚悟を決めているようだった。


 だが、かなたはそれを止めようとはしなかった、いや止められなかったと言うべきか。かなたはこれから起こる出来事が、必要なことだと知っている。

 土方が消えるまで、その背中をずっと見つめることしか出来なかった。


 いつか彼の背負っているものを、一緒に支えることは出来るだろうか。


 かなたは夜空を見上げると静かに息をこぼした。

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