大々昔の天才が。
唐突だが、僕の家は意外にも歴史あるテクノロジー企業だ。
創業は寛永元年。西暦に直すと1624年、江戸時代の初めごろに開業して以来、都合四百年ほどこの町で続いている歴史と伝統のある下町企業だ。
こう書くと、如何にも大仰な名家のような印象を受けるが、まあこれは見栄のようなものだ。
実際のところ、企業とは言うものの、僕の家は町の表通りに辛うじてショーウインドウを出しているだけで、一見すると企業というよりも小さな小売店にしか見えない。
自宅と会社を兼用している建物を使っているだけの小さな会社だ。
兼用の建物は三階建てでこそあるが、自宅として使っているのは三階部分だけで、一階部分には商品が陳列され、二階部分には事務所と作業場を併用している。
ついでに、小売店横には、ガレージを改造して作った研究所が備えられている。
そんなガレージの隣に、インチキくさい家電屋の様にショーウィンドウを設置してウィンドウ内に改造された家電商品を並べているのが、先祖代々続く僕の店、ジャンク屋『さいころ』だ。
主な業務は、家電や車などの機械類を解体する解体業とそれらの機械類の修理を事業の柱にしている他、コンピュータの改造や組み立て、電子データの復元、水道修理やトイレの配水管工事などの設置業務を行っている。
言ってみれば機械や道具の便利屋だ。
奇妙なのはこのジャンク屋という名前自体が、創業当時から使用されているらしいことだが、この名前にどういう謂れがあるのかはもう家の誰も知らない。
まぁ、そんな事はどうでも良いや。何はともあれ、重要なのは僕の家はガラクタを集めたり作ったりして喜んでいる先祖代々キテレツな家だという事だ。
そんな僕の家のガレージでは、ジャンク屋『さいころ』の二十代目社長であり、僕の祖父である骰子・八兵衛が篭りきりとなり。いつも何がしかの訳の分からない発明を行っている。
まぁ、発明をすること自体は構わないんだが、毎度毎度それで余計なトラブルを引き起こしては警察の厄介になることだけはそろそろ勘弁してほしいところだ。
そう思いながら帰宅した僕の目に飛び込んできたのは、今まさに低い爆音を立てて黒い煙を上げる我が家のガレージの姿であり、僕は慌ててガレージに駆け寄った。
すると、そんな僕の目の前に、全身を黒く煤けさせて咳き込む白髪の老爺が現れ、僕は思わずその老爺を怒鳴りつけた。
「バカ!!何してんだじいちゃん!!いい加減爆発を起こすような実験とか発明はやめてくれって言ったろ?!」
すると、その白髪の老爺、僕の祖父である八兵衛は咳き込みながらも、ゲラゲラと笑いながら胸を張った。
「おお、出目吉か!いやぁ、スマンスマン。ガソリンを超える新たなエネルギー資源を開発していたら、ちょっと調子に乗ってしまっての。圧縮した蒸気に熱反応を起こしてしまっての。いやぁ、これは盲点だった。うっかりうっかり。ははは」
何がそんなにおかしいのやら、じいちゃんは黒く煤けた顔を綻ばせるが、僕は思わず額を抑えた。
「……ははは、じゃないよー。ちょっとは僕の身にもなってくれー……。前科つかないだけで、周りの人たち僕らのことを厄介者扱いしてるんだからさぁ……」
「なーに、優れた研究が一般人には理解のできないことなど日常茶飯事だ。そんなことよりも、今回の研究で得た知見はデカいぞ?恐らく私の発明は、今後、混迷する世界情勢を大きく変えることになるであろう!それを祝って、今夜は焼肉に行くぞー!!」
「一般人には理解のできない研究じゃなくて、一般人には被害の出ない実験しろって言ってんだよ。……あと、僕は焼肉より寿司の方が好きだな」
「……ちゃっかりしとるな。スーパーのパックで良いか?」
「回転寿司ですら無いのかい?じゃあ、それで良いよ。そのかわり、警察に上手く言っといてやる駄賃として、お釣り全部僕の小遣いにするから」
「くぅ……。何というジジイ不孝な孫じゃ……。ええい!五万やるから好きにせい!」
こうして僕はじいちゃんから万札を五枚受け取り、何に使おうかと頭の中で算盤を叩き始めた。
すると、そんな僕にじいちゃんはあ、と声をかけた。
「そう言えば、唐獅子の奴がお前のことを探しとったぞ?帰ってきたら道場に来いと言っとった。お前またなんぞ、面倒なことに首でも突っ込んだんか?」
そう言われて咄嗟に思い出したのは、今日の昼間にましろとしたやりとりだった。
鎮鋒流の名前をいじったこと。これをましろの奴が師匠にチクって、それを知った師匠が僕に説教かます為に探していたのでは?
仮にそうなら適当に騙くらかすしか無い。そう思った僕は、溜息を一つつくと、背負っていた鞄をじいちゃんに押し付けた。ついでに、制服の夏服も脱いでそれも押し付ける。
「分かった。悪いけど、これ家の中に持って行っててよ。とりあえず今から道場行って、警察にもよろしく言っとくから、その帰りに夕飯に寿司と諸々の食材買っとくから、それを五郎八と零七にも言っといてよ」
「おいおい、こんな大荷物をジジイに押しつけるな。孫のくせに、ジジイ使いが荒いぞ?」
「別に濡れなきゃどこに置いてたって良いよ。それに、僕だって帰ってすぐにじいちゃんの為に動くんだから、おあいこだろ?」
そう言うと僕は、先ほど受け取った現金五万円を握り締めて家を出た。