表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3話

「……オトー……サン……」


 暗闇の中、少女の声が響く。


「雫か!? 雫なんだろ!?」


 立花正樹はその声の主に向けて懸命に呼び掛けた。

 周りの異常な暗さなど気にも留めていない。


「オトー……サン……」


 正樹は必死に周りを見回した。だが、どこにも声の主の少女は見当たらない。


「雫! 頼む! 姿を見せてくれ!」


 哀願する正樹。

 その声音には、恐怖と後悔の念が籠められていた。


「……」


 ふと正樹は、背後に気配を感じた。

 ゴクリと唾を飲み込む。心臓が今にも飛び出しそうな程速く脈打っているのがわかる。


「そこに、いるのか?」


 ゆっくりと、後ろを振り返ると――


「オトーサン…………カサ……」


 そこには全身血に染まった女の子が立っていた。

 流れ落ちる血など気にする事なく、虚ろな瞳で正樹を見上げている。


 正樹は声を上げる事ができなかった。

 震えながら変わり果てた少女を見つめ返す事しかできなかった。


(雫、やはりお前は俺を……)


 そこで彼は目を覚ました。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 正樹の心臓は、夢の中と同様に早鐘を打っている。


 彼はここ最近、同じ夢ばかりを見ていた。

 変わり果てた娘の夢。もう何年も前に亡くしてしまった掛け替えのない娘……。


 妻や息子との関係を徹底的に壊す事になった原因。

 あの事故以来、正樹の時は止まっていた。たった一人、手狭なアパートで。


 正樹は布団から起き上がり、押し入れに向かった。

 ボロボロの戸を開くと、木が擦れる音がする。


 未だ収まらない心臓に手を当てながら、正樹は押し入れの中を覗き込んだ。

 そこには真っ白い布に覆われた何かが大切に置かれている。


 正樹はその布を慎重に取り払った。まるで中にガラス細工が入っているかのような慎重さだ。

 彼が布を取り払うと、中から一本の"赤い傘"が姿を現した。子供用の物で、ところどころに穴が空いている。


 正樹は微笑を浮かべながらその赤い傘を撫でた。ソレが自身の子供であるかのように。


 娘の形見。


 それだけが唯一正樹を慰める。


 しかし、先程の変わり果てた娘の姿を思い出し、手を止める。


(雫、やっぱりお前は……俺を怨んでいるのか?)


 瞬間、正樹の心の底から熱い鉛のようなモノが込み上げて来た。

 彼は耐える事ができず、その場に膝を突いた。


 夜明け前。

 正樹の嗚咽だけが、微かに響き続けた。



「…収穫は?」


 ヤマトが車に乗り込んで来たタケルに尋ねた。

 タケルは被害者の青年について調査していたのだ。


「いや、特にない。って、それがまぁ収穫とも言えるな」


 彼は助手席に背を預け、ファストフードの紙袋を手に取った。


「被害者の男は至って普通の大学生。殺された時はバイトの帰り道だったらしい。一応、大学の同級生たちにも話は聞いたし、部屋も調べてみたよ。怪しい点はなし」


 タケルは包み紙から取り出したハンバーガーに噛り付いた。


 彼はどのようにして被害者宅に入り込めたのか?


 それは彼が身に付けている技術、いわゆるピッキングと呼ばれる方法を用いたのだ。


 決して褒められる特技ではないが、彼らは時として強引な手を使う事もある。

 それはあくまで他者の命を守る為であり、私利私欲の為には使わない。


「そんで、そっちはどうだった? 何か目ぼしい事件はあったか?」


 今度はタケルがヤマトに尋ねた。


「いいや、こっちも特に無かった。精々自動車事故か数件あった位だよ」


 タケルはバーガーを食べながら考え込んだ。


「自動車事故だと、地縛霊化は考えられるけど、悪霊化までは行かないよなぁ」


 人の魂が霊化、特に悪霊化する時には必ず憎悪や執着などの負のエネルギーが心に満ちている。

 つまり、殺人や自殺などでは悪霊化しやすいが、自動車事故のような不慮の事故ではその可能性が低い。


「これからどうする?」


 とタケル。

 その問いにヤマトは肩をすくめた。


「何か突破口があるはずだ。ソレを見つけるまでは地道に調べないとな」


 タケルは窓の外を眺めた。

 窓にはいくつもの水滴。外では小雨が降っている。


「このまま、何も起こらなけりゃいいんだがな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ