2話
翌日の早朝。
藤代兄弟は、被害者の男性が最期に立ち寄ったとされるコンビニに立ち寄った。
車を駐車場に止め、タケル一人だけが店内へと入った。
「いらしゃいませー」
店員は商品整理していた。見たところ、タケルとさほど歳は変わらないくらいの男だ。
タケルは真っ直ぐにレジカウンターに向かった。すると、店員がカウンターに戻ってくる。
店内には彼と店員しか居なかった。
タケルは内心好都合だと思いつつ、タバコの番号を述べた。
「はい、こちらでお間違いないでしょうか?」
「うん、ありがとう……ところで、最近ここらへんで物騒な事件が起きたらしいな?」
店員はお札を受け取りつつ頷いた。
「はい、僕も正直、夜中のシフト時とか怖いんですよねぇ」
店員の一言にタケルの目が光る。
「被害者の男性はここに立ち寄ったらしいけど、もしかして君が目撃者だったり……?」
彼の問い掛けに、店員は狼狽えているようだ。
間違いない。この反応は彼が目撃した店員である事を示している。タケルは内心でガッツポーズした。こんな早朝にわざわざ来たかいがあったというモノだ。
「あ、あの、警察の方から事件の話はあまりしないようにと……」
タケルにとってはこの反応も想定済みだった。
彼は店員の口が軽くなる小道具を使用する事にした。
「あぁ、そうか、そうか。それは残念。実は俺、こういう者なんだ」
タケルはそう言って懐から名刺を差し出した。
受け取った店員は訝しげにその名刺を眺める。
「え?雑誌記者の方なんですか?」
「そう、あの残忍な事件の事を取材してんだ」
タケルが差し出した名刺には、架空の雑誌名と肩書きが書かれていた。
雑誌はマイナーなモノまで合わせると、かなりの数がある。架空の雑誌を言ったって嘘だとバレる心配はない、少なくとも今は。
「だからさ、どんな些細な事でもいいから教えてくれないか?」
「でも、でも、俺、大した事なんて知らないんですよ」
「あぁ、それでもいいから、頼むよ。俺もさ、締切ってヤツがあんだよね。あ、これも頂戴」
タケルはレジ横にあるカラアゲを指した。
店員は専用の袋に入れながら、話し出す。
「確かに僕は、あの被害者の人を最後に見ました。深夜の一時くらいです。あの人はトイレを借りに来たんです」
「彼の様子はどうだった? 異常に顔が青白かったとか、何かに怯えているようだったとか?」
店員は首を振る。
「いいえ、特に変わったところは無かったです」
「じゃさ、彼が店に入って来た時、何か変な事は起きなかったか? 例えば、蛍光灯がチラついたとか、急に冷えてきたとか?」
店員はポカンとした顔をする。
「え? それはどういう……?」
「気にしないでくれ、あらゆる観点から調べているだけだから」
「はぁ……あの、特に無かったです」
「じゃ、彼は何か買っていった?」
「いえ、トイレを済ませた後、そのまま店の外に出ていかれました」
「ふーん、そっか」
「ただ、一つ気になる事があったんです……」
タケルは先を促した。
「それは?」
「はい、あの時、雨が降っていて、彼は傘を差して帰って行ったんですけど、その傘が妙だったんです」
「傘が?」
「はい、彼が差した傘は子供用の赤い傘だったんです」
「子供用の傘? 大の男が? それは彼の物だったのかな?」
店員は首を傾げた。
「さぁ、急な雨だったんです。彼がトイレに入っている時でした。だから彼は雨が降っているのを確認した時、悪態を吐いていました」
「てことは、彼はその傘は彼の物じゃない可能性が高いのか。ここの傘立てには傘の忘れ物はあった?」
店員は首を振った。
「いいえ、無かったはずなんです」
「ふむ、どこからともなく現れた赤い傘か……ありがとう、参考になったぜ」
「あ、あの、カラアゲは?」
店員が袋に入れたカラアゲを差し出してくる。
「ん? あ、それ君にあげるよ」
「え、でも……」
「いいからいいから、話聞かせてくれたお礼だよ」
そう言ってタケルは店の外へと出て行った。
◆
「子供用の赤い傘?」
ハンドルを動かしながら、ヤマトが問い掛けた。
「そ、男は傘を差していた。だけど、資料を見た限りじゃ赤い傘なんて発見されてないんだぜ? どこに行ったのやら」
タケルはスマホの画面上に表示されている事件資料を眺めていた。
普通なら、警察関係者しか見る事ができない資料。
だか、彼ら兄弟はそれらの資料を見る事ができる。それは、退魔師の中に、情報収集専門の者がおり、その彼が秘密裏に情報を手に入れているのだ。その気になれば、警察の極秘情報さえ手に入れる事ができるのだそうだ。
タケルはスマホを眺めながら、タバコに火を付けようとする。
「おい、今この車は禁煙だぞ。運転手の言う事は?」
「絶対……ったく、聞き込みに言ったんだから、一本くらいいいじゃねえか」
「ダメだ。お前は副流煙の恐ろしさをわかってない」
「はいはい、わかりましたよ」
タケルは仕方なくタバコを胸ポケットに閉まった。
「傘の化け物って言えば何がいるかな?」
「そうだなー、唐傘お化けとか?」
「メジャーだね。あれは一種の付喪神なんだろうけど……」
「人間を殺すような事はしないよな」
2人はしばらく黙って考え込む。
「うーん、傘はやっぱり関係なくて、別の妖怪の仕業かな? 鬼、かまいたち、人狼……は満月じゃなかったし、心臓も奪ってないもんな。あぁ、わからん」
タケルが頭を掻きながらシートにもたれ掛った。
「……悪霊かも」
独り言のようにヤマトが言った。
「え? 被害者に悪霊が憑りついてたってか? だけど、店員に聞いたら、電気系の異常とか、温度の急激な低下なんてなかったぜ。悪霊が憑りついていたらそれなりの兆候があるはずだろ?」
ヤマトは首を振った。
「違う、被害者にじゃない。その赤い傘に悪霊が憑りついているのかも……」
「あぁ、なるほどね」
幽霊が物に憑りつく事は珍しい事じゃない。特に思い入れがある物や執着している物に憑りつく。
それらの品物は手にした人間に悪影響を与えるし、最悪の場合殺してしまうのだ。
「さて、そうなると、どうして被害者が殺害されたのかって話になるな」
「だな。悪霊の恨みを買っていたのか、それとも傘をパクったからか……」
ヤマトはため息を吐いた。
「確信はない。だけど調べてみる価値はあるな。タケル、二手に別れよう。被害者の素性を調べるのと……」
「この街で死者が悪霊化する程の事件がなかったか、だろ? でもこの街で凶悪な事件は無かったはずだけどなぁ」
ヤマトは頷いた。
「あぁ、子供用の傘だから、子供が関係した何かかもしれないね」
タケルはシートから体を起こすと、バシッと自分の両頬を叩いた。
「次の被害者が出る可能性もあるんだ。気を引き締めないとな」
ヤマトはフロントガラスから空を見上げた。
「仮に悪霊傘の仕業だとして、その活動には、やはり雨の時が都合がいいんだろうな。今後の天気予報はどうなっている?」
「ちょい待ち」
タケルはスマホを操作して天気予報を確認した。
「……こりゃ、最悪だな」
「どうした?」
タケルは大きくため息を吐いた。
「明日から五日間、雨の予報だよ」




