仲間探し
俺の名はジョウ。この世界で生きる目的を失った異邦人だ。しかし復讐を果たし自分にも始末をつけようと思ったところでハンを名乗る怪しい男に出逢い,命を預かられる格好になった。
すぐ始末をつけることが二人を不幸にすると言われてしまえば,それが嘘だと証明するまでそうするわけにもいかない。悪魔の証明にも匹敵する胡散臭さであり詐欺師に騙されたかのような釈然としないものは心の中にわだかまっているが,とりあえずはハンに付き従ってその真偽を見極めてみよう。そう思った。
ハンと行動を共にするようになって驚いたことは,サナリアの社会の中に結構な数の信奉者が居るという事だった。ギルドに登録している冒険者のみならず,武器屋をはじめ街の機能を支える様々な職業の者たちがハンを敬愛している。
無論表立ってではない。明るみに出ればサナリアはすぐ動くだろう。国家の基盤を揺るがす反乱分子としてハンを処分するに違いない。それだけの熱烈な支持を,しかもかなりの数から,ハンは集めていたのだ。
「奴らは民よ。多くは守るべき者達だ」
これなら自分を引き込む必要はあるまい,と言うとハンはそう答えた。冒険者を生業とする者たちでさえ,いきなり大軍を任すには実績が無い。サナリアを倒すなら序盤こそが最も重要だが,最大の泣きどころはまさにその重責を果たせる者が決定的に足りないところだったのだという。
「そこで,お前よ」
それを補うためには先陣に立って圧倒的な実力と安心感を見せつける将の存在が必要不可欠であり,常人にはほぼ絶望的とさえ言えるであろうその任を全うできるのは龍戦士だけだ。そう考えて人材を探していたのだという。
「残念だったのは,あの姉妹。特に妹の方が学院を出ていたことだな」
なまじ龍戦士が迫害されるという知識があったために,姉妹は極力他との接触を避けて発覚を防いでいた。それが不幸にも発見の遅れにつながったとハンは言う。
「もう一つは,お前がおそらくは龍戦士の中でも最強クラスの実力者であること。これもここでは悪い方へ働いた」
龍戦士としての力を使えば,それは他の龍戦士にはある程度知覚できるのだという。ところが自分は元々の鍛え上げ磨き上げた戦闘能力があったがゆえに,ほとんど全くと言って良いほどそれを使わず,そちら方面での発見も困難な状況となっていたのだそうだ。
「はっきりそれと分かったのは,例の,宿が全焼した晩からよ。不幸にも,全身全霊を以て事に当たろうとする決意が,今まで眠っていた龍戦士の力の開放を呼んだ,というわけだ」
それでは,自分が二人の悲劇を招いてしまったということではないか。しかし一瞬だけ浮かべた苦悶の表情を見逃さず,すかさずハンは釘を刺してくる。
「貴公よもや,姉妹の寄せた好意と覚悟の上の決断を,間違いだと斬り捨てるつもりではあるまいな?」
「!」
「貴公は己自身への非難ならば甘受するであろうが,例えば儂が姉妹の貴公への思いまで愚かと斬り捨てたら,激高するのではないか?」
「く…っ」
「だからこそ,儂は姉妹の決断を尊重しておる。そして,姉妹は幸せであったと思っておるのよ。助けられなかったことは残念だが,だからといって他の選択肢があったとも思えぬな」
「…」
それにな,とハンは加える。
「儂の集めた情報によれば,龍戦士の力は破滅の力だ。その意味でもそれを使わなかった貴公の選択は正しかったと言えよう」
「…破滅の力?」
聞く。いつもの妙な言い回しには触れるだけ無駄だが,今はそれを考える余裕もない。
「うむ。龍戦士の力は神々や古龍の力に匹敵するという。そんなものを全開したら世界そのものにも破綻が来るであろう?それゆえ,綻びたところから別の世界へ弾き飛ばされる,とも言われておる」
「…なんだと…」
「別の説によれば,この世界へ来た時に与えられた力には限りがあって,それを使い切った奴はこの世界に不要となり廃棄されるとも言われておるな」
ということは,龍戦士の力を全開にすれば元の世界に戻れる可能性があるという事か。今となっては元の世界にはほとんど未練はない。しかしもっと早くに飛ばされていればあの悲劇は回避できたのではないだろうか。
「しかし誤解するなよ?それがまったく元の世界とは限らんのだ。儂もそれを知った時はさすがに落胆した」
この世界で生きる意味を失い元の世界へ戻りたい,そう考えているとでも思われたのだろうか,ハンはすかさず補足してくる。
「…そうか」
「うむ。で,そんなものに姉妹を巻き込んだらどうなっていた?より悲劇的な結末となっていたかも知れん。姉妹はそれでも納得するだろうが,貴公の後悔も今とは比べ物にならんほど大きくなっていたはずだ」
「…ぐ…」
ハンのその言葉が,結果として自分の考えをも否定する。
「だからこそ,それをさせまいとした姉妹にもしなかった貴公にも,間違いはなかったのだよ。消極的な言い方になるが,貴公は姉妹にかける負担を極力減らし。それによって最終的な姉妹の幸福を極力大きくしたのよ」
「…」
「さてそこでだ。話を本題に戻すぞ?」
ハンが言うには,最強クラスである自分ならば特に,龍戦士の力を開放しなくとも普通の戦場で後れを取ることはないらしい。大型の魔獣やそれこそ竜を相手にでもしない限りは,ごく普通に戦うだけでも全く問題がないのだそうだ。
「今はまだ分からんが,お前の使命の妨げとなっても困る。いざという時までは力は極力使うな」
「…それで,いいのか?」
「当然だろう?儂は己の信じた宙を征く。貴公も,己の信じた宙を征けば良い」
「…宙?」
細かい事は気にしなくていい,とハンは笑う。
「…しかし,お互いの使命がぶつかり合う可能性もあるのではないのか…?」
「その時は戦うまでよ。…そういう使命であり運命であったという事」
「ハン…」
「まあ儂の使命とぶつかる時点で,間違いなく女がらみだろうがな?」
ワハハ,と笑うハン。
「おい…」
「む?それ以外に考えられんだろう?儂は世の女を幸せにするのが使命だ。貴公が世の女を敵に回すか,あるいは儂の手から世界,すなわち女を奪おうとするか。それしか考えられぬよ」
「…」
その時は全力でお相手しよう,後者ならば喜んでな,とハンは笑う。あまりの明快さに,もし使命が女の幸せでなかったらどうするつもりだ,と言うことも憚られて沈黙する。
「まぁ当面の最大の問題は,龍戦士が敵として現れる事だ。サナリアが相手であれば魔獣や竜は考えんでも良いからな。そこで今後の目的だが…」
龍戦士が二人ではまだ心もとない,とハンは言う。いかんせん戦いは数で,こちらはサナリア軍と比べても寡兵。加えてすぐ隣にはサナリアと比較的仲の良いルトリアが控えている。厳しい緒戦を勝ち抜くには,軍団の先頭に立って戦う指揮官クラス,欲を言えば一騎当千のエースがもう少し居たほうが良い。
「そこで,将来的に軍団を任せられる人材を集めよう,龍戦士が居るなら味方に引き込んでしまおう,というのが最大の目的だな。力も極力出し惜しみしておきたい」
「…確かに」
「それと…できればお前の直属部隊だ」
「…直属部隊?」
「そうとも。他の誰の為でもなくお前の為に戦ってくれる部隊を作っておけば,いざという時に助けてくれるはずだ。お前が自分の使命を見つけた時に,お前の味方をしてくれる者を増やしておけ,という事だな」
「…」
自分の敵になるかも知れないというのにそんな事を言っていいのか,という言葉を飲み込むが,ハンは容赦なく自分で言う。
「特に!女をかけて儂と戦うなら生半可な部隊ではダメだ!そんなものは一蹴するぞ?」
「…分かった。努力しよう」
これがハンの魅力を支えているのかもしれない。苦笑しながらそう思った。
「…しかし,龍戦士などと言ってもそう簡単に見つかるものではあるまい?」
「簡単とまでは行かぬが,そう難しいわけでもない」
お前も儂の存在には気づいておったろう?とハンに言われて,何となく心当たる。
「…あれを手掛かりに探せ,という事か?」
「そうだ。龍戦士はお互いを感知する能力を持っている。あくまで儂の仮説だが…この世界へ飛ばされてくる過程で,遺伝子か何かが突然変異を起こすのではないかと思っておるのだ」
もっと何か良い喩えがないのだろうか,それではまるで病気か何かではないか,と口を開きかける。しかしハンは笑いながら続ける。
「儂もあまり頭が良いほうでは無いからな。他にうまい喩えが思いつかんのよ。それに…いずれ分かると思うが,これには純粋な龍戦士だけがひっかかるわけでもないのでな」
ハンが言うには,感知するほうの能力にも個人差があるために一概には言えないものの,例えば龍戦士を親に持つ者にも同様の感覚を持つことがあるらしい。
「そこで遺伝,というわけよ。適当な言葉をくっつけてそれを説明するよりも,一世代目の龍戦士にはこちらが分かりよいであろう?」
言われてみれば確かにそうかもしれない。突然変異かどうかはともかく,遺伝をするとすれば二世代目には五割,三世代目にはさらにその五割が能力として受け継がれていくという感覚で考えれば良さそうだ。
「おそらく先日のアレで,お前の存在を感じ取った者も何人かいるだろう。儂がそうであったようにな」
その感覚が何であるかを分かっている者ならばほぼ間違いなく,分かっていない者でも何となく気になって,こちらに接近してくることになるとハンは言う。
「逆に,お前ほどの者ならかなり広い範囲で,かなり微弱なものまでも感知できるはずよ。そのような者たちを探し出し,あるいは轡を並べる将に,あるいは直属部隊に引き込むのがこれからのお前の目的だ」
「…なるほど…」
「試しにちょっとやってみろ。あくまで儂独自のやり方だからまだ無駄があるかも知れんが,そこは慣れていきながらおいおい改善していけ」
ハンに言われるままに,目を閉じて心を落ち着ける。すぐ側に居るハンの存在を色のついた光と捉え,それ以外を暗闇とイメージしていく。そうすればどうしても闇にならない,様々な色や大きさの光が見つかるのだと言う。
「儂の色は何色だ?シリウスとまではいかんでも,カペラ程度の光は放っていて欲しいな」
「…気を散らすな…」
ハンを制して,しかし夜の空に星を探すようなものかと気づく。その様子をイメージすると,確かにいくつかの光が見える。
「なるほど…比較的近い所ではあっちに一つ,あっちには二つ,小さな反応があるな」
目を閉じたまま指さしながら言うと,ハンはおぉ,と感嘆の声を上げる。
「さすがに良いセンスだ。おそらくそれは儂の見つけた仲間たちだが,ここからでは儂にはまったく感じ取れん」
この差を喩えるなら,見上げる空の大気の状態,あるいは望遠鏡の精度の問題なのかも知れない。そう考えて,元の世界の価値観を共有できるハンに何とも言えない懐かしさと気安さを感じている自分に気づく。
(…現金なものだ…)
結局は孤独に耐えられないという事か。二人に頼り,それを失った途端に今度はハンか。苦笑する。
「…他に分かっている仲間は居るのか?」
「いや。少なくとも儂には分からんな」
「…分かった。とりあえず近いところにいくつか反応がある。そこから当たってみよう」