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 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 また少し時間が流れた。

 帝国は建国二周年を迎えたが,戦局に芳しい変化は無かった。対侵入者では相変わらず一進一退の状態が続いていたし,対連合では無為に時間が過ぎていた。

 いや,むしろ帝国の苦境は徐々に深刻化していた。

 最も大きな原因は,うち続く戦乱が国庫を静かに,だが着実に圧迫していたという事だった。帝国は,旧サナリア領からの収入を基盤として運営されている。しかしその国力は脆弱であり,腐敗が一掃された分の増収増益はあるもののやはり余裕は少ない。

 旧サナリア軍への給金が不必要に肥大していた分を切り詰めた事で,レヤーネンのようなサナリア時代を知る者からすれば不満も良い所なのはともかく,建国当初の帝国軍の規模だけならばお釣りがくる状態とはなっている。しかしそれだけで現有の版図を維持できるわけもない。妖魔に頼っている分,つまりは略奪をさせないだけの糧食の支出の分でどうしても赤字となってしまう。

 ルトリア領を手に入れた事でそれなりに増収も期待しては居たが,実情が明るみに出るとその目論見は脆くも崩れ去った。

 サナリア程ではないもののルトリアにも腐敗はあった。政財界の癒着とも呼べるものがそれで,ルトリアを本拠とし世界に手広く事業を広げる豪商の中には,何代にもわたって貴族の息女を娶り,血縁的にルトリアの政治へ食い込んだ者もいる。

 彼らにとっては既得権益を活かせるルトリアの復権こそが望ましい状態だ。だから彼らは裏で抵抗運動への援助を行っている。その一方で卓越した交渉技術,というよりも詭弁術と言った方がいいだろうか,ともかくそれを縦横に駆使し,帝国への資金流出を極力抑えるべく民を先導した。

 しかしそこで強硬手段に出れば民の感情は悪化し抵抗は激しくなる。そう考えた事もあって,クラルフはそこには踏み込まなかった。

 決して間違った対応ではなかっただろう。そこで衝突を避けてきた事が,バナドルスの共闘策の実現を容易にしたのは疑いの無い現実だ。

 だがやはり一方で,傭兵や義勇兵に支払う賃金が決定的に不足しているのもまた動かぬ事実だった。ルトリア領への処遇をめぐっては,兵員の維持のために収入を増やしたい,いや増やさざるを得ないルマールと,それによる関係悪化の影響を懸念するバナドルスとの間で,継続的な衝突が起こっていた。

 いっぽう,マイシャのレヤーネンであるが,こちらはこちらで戦々恐々である。もともと本国からの増援を得て圧倒的物量に頼らなければろくに侵攻も防衛もこなせない彼は,トルサ攻略の失敗ですっかり戦意を削がれ,以降引きこもって守りを固めている。

 当初はそれを本国からの増援が無いせいにしていれば良かったわけだが,さすがに時が経つにつれて身の危険も感じるようになった。継続的に攻めて損害を与えていればこそ向こうの攻め手を封じることができるわけで,放って置けばいかに貧弱とはいえ徐々に連合の戦力は回復し充実していくのだ。

 ”風”のエリィの継続的な観察を通して連合の事情もある程度分かっているこちらからすれば,その心配はまだ要らない。エリティア一国の収入でアリシア兵までを賄わなければならない連合も,状況的には帝国とあまり変わらないのだ。余程の時間をかけるか,あるいは逆に余程追い詰められるかしない限りは行動を起こすことはできないだろう。だがそれを教えるわけには行かない。だからそれを知る由もないレヤーネンは,もともとの小心とも相まって不安がかなり先行しているのだ。

 当初の威勢はすっかり虚勢に変わり,増援を送らない本国を公然と批判するレヤーネン。本来ならば更迭しても良いところであるが,実際問題としてはできるはずもない。後釜になるべきクラルフを失った痛手はまったく癒えていない。いや,癒える気配すら見当たらないという状態だったのだ。

 そんな帝国の苦境を尻目に,アリシアはおおむね平和だった。連合も手を出せない,帝国が蹂躙する事もない。嵐の中でそこだけが凪の状態。

 悪逆非道の漆黒将軍とそれに体を張って抵抗する女王,という図式が国民たちの心に不安の影を落としてはいたが,件の装置の効果もあって,微妙なバランスの上に平穏は保たれていた。

 そんな中,ユーリエは二度目の生誕記念式典を迎えた。

 可能な限りそれを小規模にしようとし,昨年を基準にさらに縮小しようとしたユーリエだったが,そこで大きな誤算が生じた。昨年とは違い,城内には例の奇妙な連帯があったのだ。大臣,部下達,そしてリリーが重厚な包囲戦術によってこれを押し切り,こちらから見れば相変わらずささやかの域ではあるが昨年よりは幾分盛大なものとなったのである。

 武術指導については,驚くべき成果が挙がっていた。

 親戚の家で教えていた格闘術にはいくつかの段位があり,基本的な技を修めると「序段」,実戦でも後れを取らない程度の腕前となれば「般位」,奥義を修めると「奥士」,全ての技を余すところなく修めると「皆伝」となる。通常,「序段」になるには早くて二年,「般位」ならばそこからさらに二年,「奥士」となるにはさらに三年を要し,「皆伝」にはさらに三年。つまり最低十年は研鑽を積む必要がある。

 ところが,ユーリエはその類まれなる天賦の才によって,恐ろしい程の上達を見せた。さすがに実戦経験の面では頼りないものの,わずか一年たらずで「般位」に見合った実力を身に付けたのだ。

 反則的な付与効果である龍戦士の力を血の奥底に眠らせているがゆえなのか。それに専心していたとはいえ,修練開始からの単純な日数で言えば私よりも早い。もちろん私がこちらで始めれば,それをさらに上回る早さににはなるだろう。だがそんな事を考えさせられてしまうほど,ユーリエの上達の速度は凄まじかった。

 その上達に寄与しながら短期に膨大なデータを蓄積し,リリーの研究は実用化にこぎつけた。まだ「序段」の部分だけではあるものの,完全に個人レベルでの修練が可能となっている。

 現時点では基本の型を実地に訓練するという程度のものであるが,将来的には作り出した人型を相手に組手も

できるようにしたい,とリリーは言う。そのレベルまで行けばノウハウを転用することで,たとえばバナドルスの転属で滞りがちな兵士の育成にも随分と光明が見えるのではないか。そんな期待を持たせるほどの成果だ。

 しかしユーリエの動きは早かった。なんと,侍女たちにそれを学ばせたいと言い始めたのだ。

 正直それは,それでいいのだろうかという思いの方が強かった。魔法王国のアリシアで,しかも父祖という優秀な防衛態勢が機能しているここで,それを学ぶ必要があるのだろうか。

 それを突破した侵入者の自分が言うのも何だが,容易ならざる事である。さらに言うなら,その難攻不落さを増すべくリリーには増強の研究もさせているのだ。元の世界で言えば時代劇の,奥方を守る腰元たちがたすきをかけて薙刀で武装する感覚だ。だがそもそもそれは籠城戦,しかも落城寸前の状態であって,アリシアにはまずあり得ない。

 だがそれに対するユーリエの返答は,これもまた意外であった。いや,こちらがその可能性を失念していたのが悪いのだろう。彼女の語った目的は,第一には例の格闘舞踊に出られるだけの技術を修得させるというものだった。

 実のところ,アリシアでは侍女たちはたいてい貴族階級の,といってもその性格ゆえ王位継承権を持つことは絶対に無く,王族と血縁のある者だというだけの存在だが,その子女である。社交の場である舞踏会に参加する資格は有しており,当然ごく普通の宮廷舞踊は必須教養だ。だがユーリエと同様に,魔法王国という性格上格闘舞踊に関してだけはほとんど修めていないのが現状だ。

 そこへ偶然とはいえ,龍戦士の世界から独自の業が持ち込まれた。

 たとえば国民皆兵のエリティアでは舞神流を選択必修としているため,ほぼ国技と言っても良い扱いを受けている。さすがに国民全てとはいかないまでも,格闘舞踊の必要性を足掛かりにしてアリシア宮廷にも,しかも他にはない独自の業を持たせてはどうか,というのがユーリエの意図だった。

 龍戦士と密接なつながりをもつこの国において,そこから持ち込まれた業が特別な意味を持ち,抵抗感の軽減に絶大な影響を及ぼすのも大きい。

 しかしおそらくは,彼女と同様魔法王国にあってその才に恵まれない者もそれなりにいるのだろうから,誇れる何かを作りたいと思っての事でもあるのかも知れない。その肩身の狭さを知っている彼女だからこその優しさなのかも知れない。

 ユーリエは当初こちらの逡巡を,帝国への義理立てと誤解した。帝国の将軍が自国を差し置いて敵国の者にその技術を伝えるのは筋が通らない,こちらがそう考えていると思ったのだ。だから彼女はとても気まずそうにそれを切り出した。

 しかしその心配が無いと分かると,彼女はより積極的にそれを望んだ。後で分かった事だが,これもまた驚くべき事に,ユーリエが格闘術を修練している事はすでに侍女たちの間では常識となっていた。しかもそのうちの何人か,たとえばカールと交際している侍女なども,それを希望していたというのだ。

 しかし,良いのだろうか。ユーリエの誤解はたしかに誤解であったが,それは逆を言えばアリシア宮廷の業が敵国の将軍によってもたらされたという筋の通らなさだ。帝国がこの戦いに勝利し,アリシアと友好的な関係を構築した後ならばそれでも良い。むしろ喜んで助力するだろう。だが今は,少なくとも明らかに順序が逆だ。そしてさらに困った事には,次第次第に,帝国の勝利する未来を思い描けなくなってきていたのだ。

 だが結局はユーリエに押し切られた。彼女はそんなこちらの懸念を聞いてまず顔を曇らせ,次に怒り出した。そんな弱気な事でどうする,確固たる信念をもってここへ来たのではないのか,と言って彼女はこちらを叱咤したのだ。

 何かがいろいろとおかしい気もしなくもないが,ともかく装置の運用は始まり,さらに多様で豊富なデータを得て研究はさらに加速,様式も洗練されていった。

 すると今度は,黒軍の中から要望が出た。これは真っ先にカールが言い出した事であるが,我々にもそれを伝授して欲しいというものだ。これによって広い意味ではユーリエの誤解が誤解ではなかったという事にもなったが,黒軍が帝国軍かというとやはりそうとも言い切れない。

 龍戦士の子孫たちである黒軍は,龍戦士どうしの戦いにならない限りはほぼ後れを取ることは無い。だから部下たちは,ほとんど技術的には素人と変わらない。必要に迫られて最低限の技術,たとえば当身の当て方などは教えたが,逆を言えばそれ以外の技術を修得する必要性が無かったのだ。

 指揮官である自分が無謀な戦場へ彼らを追いやらない限り,致命的な損害を受けることはほぼ考えなくて良い。戦闘力に差はあるが,最低限でもおおむね,連携のとれた職業軍人三個中隊五十名弱を単独で相手にするような状況にならない限りは問題は無かったのだ。それに,実際そんな状況に追い込まれるようなら迷わず逃げろとも言ってある。さらには各々が持っている龍戦士の力を開放してしまえば,それこそ最も避けるべきという点は措いてもそんな設定は根底から覆るのだ。

 だが彼らの中では,それは私の触れられたくない過去の範疇だったらしい。恐れずそこに踏み込んだユーリエを称賛していると聞いた時には,思わず苦笑せざるを得なかった。

 かくして,我が業は王城内の広い範囲に普及していく事となった。これによって,リリーはユーリエの組手の相手を務める頻度が減って大いに喜んだが,ユーリエは逆により一層熱を入れて鍛錬するようになり,遂には剣術までも習いたいと言い出した。

 これで,いいのだろうか。部下はともかく,自分だけは距離を置いておかねばまずい事になるのではないか。そんな不安が心の片隅で,じわじわと大きくなっていくのを感じていた。

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