紅き流星・その弐
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
夜更けに連合の陣近くを訪れた私は,呼びかけに応えてやってきた”流星”たち二人に名乗った。
「な!?」
「貴様が…」
二人とも,予想外の事に目を丸くした。だが絶句したままの”流星”よりも,女性の方が立ち直りが早かった。
「なぜここに!?」
語気を強める。
気丈なものだ。それに少なからぬ好感を持っている自分に気づき,新鮮な驚きを感じる。
「…次はまず,そちらが名乗るのが筋ではないか?」
「う…エリィよ,”悠久の風”のエリィ」
それを聞いて,今までばらばらだった情報が一つに集まる。
「…ほぅ,お前があの…」
目の前のこの女性が,ルマールの言っていた”四部衆”,”風”のメンバーだとは。だが確かにあの技量ならばエースと呼ばれても不足は無い。レヤーネンのメンツゆえの誇張だと思っていたが,事実だったのか。
「答えて!何をしに来たの!?」
軽く見られたと思ったのだろうか。語気を強めるエリィ。
「…ひとつは,お前たちが明日の朝を待つのかどうかを確認しに」
「…たいした自信ね,たった一人なんて…」
「一人ならばどうとでもなるからな…」
そこでちらりと”流星”を見る。うしろめたさを感じたのか,複雑な表情を見せる”流星”。
「もう一つは!」
「…そちらの男ならば,その理由が分かるのではないか?」
「え…それじゃ…」
どうやら,こちらの呼びかけは感じ取っていたらしい。
「…お前が”紅き流星”シャルル=ナズルだな?」
「…そのようだ」
そう言ってエリィの前へ出るシャルル。緊張のためだろう,動きは硬い。
「…そう気負うな。ここでは危害を加えるつもりはない」
「く…」
できればもっと落ち着かせてから,との思いを苦労して抑え込む。時間をかければ,それだけ余計な者が増えるかも知れないのだ。
「…ひとつ,聞こう」
「何だ…?」
「隣のその女は…お前の,思い人か?」
「!?」
硬直する二人。およそ夢にも思わない質問だっただろう。
「な…そんなのあなたに関係ないでしょ!?イキナリ何言い出すのよ!?」
顔を赤くして抗議するエリィ。微笑が漏れる。
「…関係ならば大いにある」
「!?」
「逢って確信した…。我々は仲間だとな。”紅き流星”…私の同志となれ」
我ながら勿体を付けた言い方だ。
「なん…だと…?」
「そ…それはそれとして!それと私と何の関係があるのよ!?」
「…お前が”紅き流星”の思い人ならば,それを置いて同志となるわけがあるまい?」
また微笑が漏れる。
「う…」
「それとも,お前に聞いた方が早いのか?」
「…そうだな,その方が早い」
「ちょっと!?シャルル!?」
「…そうか。世界よりもこの女が大事か」
また微笑。こんな事を言ったら気を悪くされるだろうが,これほど心が躍るのも珍しい。
「…そうだ」
「え,ちょ…」
真顔で答えるシャルルを見て,あたふたするエリィ。
「確かにこの女ならば,な…」
踊りすぎて,思わず口が滑る。
「!?な…何を…」
二人がかりでいじられているような図式のエリィ。だが勿論そんなつもりは無いし,特にシャルルは大真面目だろう。
「では…お前に聞こう。エリィ,と言ったな。私の同志になれ」
とはいえちょっと反省して気を取り直して。殊更に真剣な表情を作り,エリィに言葉を投げかける。
「…邪神の復活を目論むあなた方に,どうして味方できるというの?」
真顔になって言うエリィ。
「…今の帝国には加担できん,と理解していいのだな?」
「そうよ」
「ならば…邪神の復活を目論まなければ良いのか?」
そこに込められていたものは,願い。ルトリア陥落後に一度は口にした理想。
「えっ…?」
目を丸くするエリィ。
「どうした?それならば構わないのか?」
「そ…そんな事はありえないでしょう!?封印を二つも解いて…」
「だが,まだ二つ残っている。…そうだな?」
まだ間に合う。その為に自分はここに居る。
「な…何を言うの…?わ,わけが分からないわ!」
と,その時。動き出す気配。
(…)
思わず舌打ちする。
「エリィ,そんな奴のヨタ話に付き合う必要はねぇぜ」
現れたのは緋の鎧の男。
「ランツ…」
「こんなとこまで一人で来るたぁいい度胸じゃねぇか。えぇ?漆黒将軍さんよ」
溜息をつく。慎重に検討しようとしたアリシアと,それを頑迷に押し切ったルトリア。かつての苦い思い出が蘇る。
(…ここまで,だな…)
先ほどの高揚の分だけ落差も大きい。どうしようもないほどに広がる絶望感。
「…最後まで盗み聞きだけしていればいいものを…」
「…何だと?」
「…邪魔が入った。”紅き流星”,そして”風”のエリィ。話はまた次の機会にしよう」
諦めにも似た感情が踵を返させる。また次のとは言うものの,もはやその余裕はあるまい。
「…待ちな。無事に帰れると思うなよ」
立ち去ろうとしたこちらの背中越しに,ランツと呼ばれた男が殺気を放つ。だが自分から見れば全く脅威とはならない。
せっかくの機会を邪魔されたという思いから問答無用で切り捨てたいのが二割。しかし残りの八割はそれすら遠慮したい,これ以上関わりたくない。それが偽らざる今の心境。
「…余程の自信があるようだな。それとも,背を向けている相手なら勝てると踏んだか?」
短絡的に飛びかかってこないよう,プライドに訴えてくぎを刺す。
「何っ!」
(…待てよ…)
しかしそこで頭が冷徹な答えを弾き出す。
味方に引き込む機会が失われた今,次善は明日の対峙を避ける事だ。その為の策を講じておく必要がある。
「下手な言い訳するんじゃねぇ…こっちを向かねぇってんならそのまま…」
「…せめて名乗るくらいはしたらどうだ?”紅き流星”の真似でもしているなら別だが」
「この野郎…俺は”緋の明星”ランツ=シャルクだ!こんな奴と一緒にするな!」
”流星”に,おそらくは一方的な対抗心を燃やすこの男。龍戦士でもないこの男は,仮想”力を使わない流星”として最後の保険に使えるかもしれない。
「…ほぅ?”紅き流星”以上と言っているように聞こえるが?」
その為の算段と言えばそれまでだが,かなり意地の悪い挑発だ。我ながら苦笑する。
「当たり前だろうがっ!」
「…よかろう,ならばチャンスをやる」
「…何?」
「どの道,明日になれば嫌でも対峙することになる。おそらく証拠を見せたくらいでは納得せんだろうから,”紅き流星”と一騎討ちで雌雄を決しようと思っていたところだ」
シャルルの驚愕が背中越しに気配として伝わってくる。当然だ。こちらの感じている気安さが,裏を返せば向こうの感じる脅威だ。龍戦士の力という爆弾さえなければ,本来わざわざこの無礼なおまけを間に挟む必要も無い。
いや,そもそもはじめからケンカ腰の身の程知らずが口を挟んできたからこそのこの状況だ。
「それほどの自信なら,どうだ?その前に一勝負。お前が勝てばアリシアは全てくれてやる。だが私が勝っても”紅き流星”との勝負になるだけだ。悪い条件ではあるまい?」
餌をぶら下げながら侮辱し,念には念を入れて挑発を重ねる。
「…いいだろう。その時になってほえ面かくなよ?」
怒りが振り切れたのだろう。むしろ落ち着きを取り戻したかのような口調になるランツ。これで間違いなく,対峙となればこの男が真っ先に出てくるはずだ。
それを衆目の前で完封する。連合の戦意を根こそぎ奪い取る意味でも効果的な手段だろう。
「待て…俺は別に一騎討ちなど…」
先ほどの話とのあまりの落差に頭がついていけていないシャルル。
「てめぇの出番はねぇよ。俺が決めてやる」
ふん,とそれを鼻で笑うランツ。
「…そうか。それは楽しみだな。では明日」
そう言って立ち去ろうとしたが,ふと思い立ち口を開く。
「”紅き流星”…世界よりも大事と言うなら,世界を敵に回すくらいの覚悟はしておくのだな」
そこにはあるいは,自分と同じ轍を踏んで欲しくないとの思いがあったのかもしれない。
「…!」
「な…あなたに言われる筋合いは…!」
むきになって反論しようとするエリィ。だがそれには答えず,再び機能を切り替えて姿を隠すと,そのままその場を立ち去った。
◇
馬の所まで戻り,機能を再び切り替える。
「…ふう…」
溜息をつく。余計な邪魔さえ入らねば,あるいはもっと時間をかけて丁寧に説明すれば,そんな思いがとめどなく溢れてくる。
「…リリー,女王。ご覧の通りだ…」
「ボス…お疲れ」
ねぎらいの言葉をかけてくるリリー。だが少々様子がおかしい。
「もう…あの人,何なのですか」
しかしその原因はすぐに分かった。ユーリエがむくれているらしい。
「あの人さえ邪魔をしなければ…う,上手く話がまとまっていたかも知れないのに」
「…そうだな」
苦笑する。ユーリエにしてみれば,エリィやそれと良い仲のシャルルが,それこそ裏事情も知らずに敵に回ってしまう事はかなりの精神的苦痛になるのだろう。
「…だが,これでこそ運命なのかもしれない,な…」
思わず肩をすくめてしまう。裏事情など何も知らずに争うのが世の常でもあり,相手の事などいちいち慮っていては身が持たないのも世の常だ。
いつも通り,運命はなかなかに意地が悪い。だがそもそもこちら側が常軌を逸しているのが原因で,運命に言わせればランツの示した反応の方がやはり妥当なのかもしれない。
「将軍…」
「…さて」
いよいよここからが本題だ。
「…女王…これから貴女に言わなければならない重要な話がある」
「えっ?」
「…もしかしたら,大きな衝撃を受けてしまうかも知れないが…その時は許して欲しい」
「は,はぁ…」
話が見えず困惑するユーリエ。
「…だが。まずその前に聞いておきたいことがある」
ひっかかっていた小さな疑問。
「…女王。貴女は…何代目のユーリエなのだ?」
文献で見た,とあるアリシアの伝統。誕生した姫につけられる名の中には曰くのついているものがある。ある一定の要素を持って誕生した姫には,優先的にその名がつけられるというものだ。簡単に言えば,ユーリエはある条件を満たしているからこそユーリエなのだ。
「!?」
通信装置の向こうで,息を飲む音。
「…分かった」
それだけでじゅうぶんだ。本来ならば見る事すら許されないその文献,征服者の強権でそれを見る事とはなったが漏らすわけにはいくまい。
「あ,あの…。な,何故それを…?」
なぜこのタイミングなのか,と言わんばかりの言葉。声にはかなりの動揺。
「…それは想像に任せる」
「そ…そうですか…」
こちらが何を考えているのか分からない以上,自らそれを晒してしまうわけにも行かない。おそらくはそんな事を考えているのだろう。
「…リリー。女王の事を頼むぞ」
「ボス…?」
こちらも話の展開が今一つ理解できず不審がるリリー。
「…先ほどの”紅き流星”だが…私には分かる。あれが…予言の書に在る伝説の龍戦士だ」
それに構わず核心に触れる。
「!?」
また,息を飲む音。
「え!?ボス,それって…」
狼狽しながらも言葉を発したリリーだったが,それを遮るように何かが倒れる音。
「ちょ!?女王様っ!?ど,ど,どういう事よこれ…っ!」
「…まずは女王を頼む。詳しい説明は明日の事が終わって,城へ戻ってからだ」
「わ,分かったよボス。切るねっ!」
その言葉を最後に通信が切れる。
「…運命とは,なかなかに意地が悪い…」
星空を見上げて,溜息をついた。




