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アリシア王城の長い夜・その肆

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 ここまでは,ほぼ理想と言ってもいい出来だった。アリシアの防衛システム,偉大なる父祖を無力化するどころか,その協力を取りつけることに成功した。あとは被害を出さずにアリシア兵たちを城外へ退去させれば,当面の危機を回避できる。

「…では女王,今後の手はずを説明させてくれ」

 階段を上りながら言う。

「待ってください」

 だが,意外なユーリエの返答。

「…女王?」

「この策は…先ほどの申し合わせを秘していてこそ効力を発揮する,と考えてよろしいのでしょう?」

「…言おうとは思っていたが…その通りだ」

「ではやはり私は,敵である貴方と通じて,私を信じてくれる兵たちを騙すわけには行きません」

 きっ,とこちらを見据えてユーリエは言う。

「…それは,分かる」

 だが,と言葉を繋ぐ。

「…急なことで難しいのは重々承知だが…冷静に考えて欲しい,女王。貴女はそれでは私の敵として,兵ともどもここで討ち死にしたいのか?」

「!それは…」

「…先ほども言ったが,こと邪神の封印という点においてだけ考えれば,それが永久に解けなくなるほうが私にとっては都合が良い。加えて…」

 そこで,そのあたりの説明が足りなかった事に思い当たる。

「…我々帝国の最優先の目的は,貴女がたがおそらくは拠り所としているであろう,予言の成就の阻止にほかならない」

「予言を…?」

「…そうだ。なぜなら予言の成就は帝国の滅亡と同義。それを避けるためのこの作戦なのだ」

「…」

「…邪神の復活すら辞さない,という声は確かに帝国内にもある。だがそれはあくまで,予言の成就を阻止するための方策だ。それ自体が目的ではない。少なくとも陛下と私は,そう思っている」

「ということは…伝説の龍戦士と結ばれるはずの,私を殺しても目的は達成できると…」

「…そこだけ見ればそうだ。だがそれで済むならとっくにそうしていた。…というのも先ほど言ったとおりだ」

「皇帝陛下の使命,ですか…」

「ボスの願いでもあるよ」

 リリーが口を挟む。

「将軍の…?」

「…私は,陛下の使命に賛同し,その国づくりを手伝おうとして将軍となったのだ。不本意ながらここまで侵攻こそしてきたが,それが我らの譲れぬ思いだ」

 言いながら横目でリリーを制する。

「…脱線を戻そう。陛下の使命からみて,貴女を殺すわけには行かない。となれば,残る阻止の条件は限られてくる」

「伝説の龍戦士か,あるいは騎士の剣を…ですか?」

「…そうだ」

 だが…と付け加える。

「…もし貴女が伝説の龍戦士と結ばれる事を望むなら,貴女の幸せのために,彼も倒すわけにはいかなくなる…」

「それでは…いよいよ貴方たちにとって分の悪い…!」

「…だが,それでもやらねばならぬ。それが我らの掲げた大義,ただそれだけだ」

「…」

「…心を痛める必要は無い。貴女も言ったが,私は敵。そう考えていたほうが気に病まずに済むはずだ。私はこれから,貴女を人質にしてアリシア兵たちを退去させる。それで良いな?」

「敵である私に同意を求める必要など…っ!」

「…父祖との約束でもある。それに…最終的な決定権はあくまで私の側にある」

「…!」

「…すまないが,そのあたりで折り合いをつけてくれ」

「敵にっ!わざわざ謝ったりしないで下さいっ!」

「…善処しよう」

「敵の言う事をいちいち真摯に受け止めるのも変でしょうっ!?」

「…それではどうしようもないが…」

「…っ」

 ハッと我に返り,赤面するユーリエ。

「す…すみません…」

「…いや,謝るのは私の方だ。そもそもの原因は,貴女に負担を強いているところなのだ」

 それきり,後は黙って階段を上る。ユーリエは気まずいような納得が行かないような,複雑な表情のままだ。何となく申し訳なさを感じるものの,こちらからかけるべき言葉も見つからずにそのまま歩を進める。

 だがその時間は永遠には続かない。やがて階段を上りきり,地上へと戻ってそれは終わりを告げた。

「…さて,部下に指示を出さねばならぬ。父祖よ,しばらく姿を隠させてもらうぞ」

 いくらかほっとしながら,そう言って再び装置を起動する。

 すると,そこにはカールとシェスターの姿。

「将軍,どうやら首尾は上々のようですね」

「…ああ。もう姿を隠している必要は無い。女王を人質にしたことを伝え,アリシア兵たちを一階の広間に集めよ。くれぐれも丁重にな」

「はっ」

「…騎士の剣の事はその後だ。まずは全員でそちらにかかれ」

「了解」

 二人はそのまま走り去る。

「うーん…もう少し改良が必要かなぁ…」

 ぽりぽりと頭をかくリリーに苦笑しながら,装置を切る。

「…あまり力を使い過ぎるなよ?」

 だが確かに今のやりとりは,リリー達からは私が誰も居ない空間に向かって独り言をつぶやいているように見えるだろう。事情を知らなければ不気味な画で,言いたくなる気持ちも分からなくはない。

「…それに。どちらかと言えばもう使ってはならないのだ。父祖に隠れてこそこそする訳にもいかない」

「あー…そうだね。じゃぁそっち仕様も開発しないと」

 技術屋の性なのだろうか。

「…改良前の,元の仕様で良いではないか」

「それだと,父祖だけじゃなく他の範囲魔法にも引っかかっちゃうよ。そっちには引っかからないほうがいいでしょ?」

「…くれぐれも,無理だけはするなよ?」

 考え直し,そう繰り返すにとどめる。どのみち父祖の範囲外には出ないのだ。リリーが何をどうやるにせよ,それは父祖には公開されている。何か不都合があれば言ってくるはずだ。

「…では,こちらも準備しよう」

 元来た道を逆に辿る。

「あの…将軍?」

「…どうした?」

「どちらへ向かっているのです?」

「…貴女の寝室だ。先ほどは時間的な余裕から失礼させてもらったが,さすがにその格好でも心苦しいところはある。下手にアリシア兵を刺激する訳にも行かない。広間に集まるまでの時間で,それなりのものを着て頂こうかと思ったのだ」

「…」

「…はじめに断っておくべきだったな。すまない」

「だねー。他の服は他の所かも知れないしねー。本人が一緒とはいえ,先頭に立って寝室を目指すのもどうかと思うなー」

 頭の後ろで手を組み,にやにやしながらリリーが言う。

「…そうだな,先ほどとは状況も違うな…。寝室であれ他の場所であれ,リリーを連れて,行ってきてもらえば良いのだが…」

「問題ありません。寝室のクローゼットの中です」

「…分かった。では私は外で待つことにする」

「…」

 また,何となく気まずい沈黙。

 だが今度はそれに浸っている暇もなかった。寝室にたどり着くまでの間に何度か,部下たちが誘導するアリシア兵たちと顔を合わせる事になったからだ。

 おそらくは圧倒的な戦力差を見せられて制圧されたのだろう。彼らは無力感に支配された表情で我々の目の前に現れ,こちらを,似たような状況にある女王の姿を見てまず驚愕する。そしてなかば反射的に,主を救出しようと仕掛けてくるのだ。

「…!」

 その都度ユーリエは声にならない悲鳴を上げるが,こちらにとってはほぼ全くと言っていいほど脅威にならない。繰り出される切っ先を,その横腹を,手の甲ではたいて逸らす。

 再び,いや前回以上の戦力差を見せつけ,戦意そのものを挫く。絶望感に打ちひしがれてとぼとぼと歩いていく姿は気の毒にならなくもないが,抑止力としてはそのほうがむしろ都合が良い。

「武装解除すら,していないのですね…」

「…部下達には,手に余るようなら無力化しろと言ってある。解除していないという事は,しなくとも問題ないという事だ」

「さすがは…竜騎兵団」

ぽつり,とつぶやくユーリエ。

「…父祖も言っていたな,我々には馴染みのない言葉だが…」

「はるかな昔に存在した,竜の子孫たちだけで編成された部隊です…」

「…なるほど。それは確かに,我々と同じ構成の部隊だな」

「…」

「…何か,問題があるのか?」

「いえ…別に」

 そこで寝室へと到着する。ユーリエを促して入室させ,リリーに後事を託して扉を閉めるとそれを背にして立つ。

「ふぅ…」

 予想外の重圧だ。敵国の姫君がこれほどのものとは思わなかった。

 だがある意味当然と言えば当然か。予想外の連続とも言える急激な変化に内心では戸惑いつつも,元首として誤った選択や軽挙妄動の類はできないという責任感から気を張り続けているのだろう。それがこちらに重圧として伝わってきている部分は大きいはずだ。

「…一日でも早く,安心してもらいたいところだが…」

 と,その時背後に気配。扉が開き,控えめな意匠のナイトドレスに身を包んだユーリエが現れる。

「お待たせしました」

「…急がせてしまったか?すまない…」

「私は人質ですから…」

「…」

 ユーリエの後ろで,リリーがやれやれ,と苦笑しながら肩をすくめて見せる。

「…では,足労願おう」

 気持ちを切り替え,歩き出す。静かについてくるユーリエ,それを前後で挟むように後ろにつくリリー。

 一階の広間は,三階部分まで吹き抜けとなっている。さすがに一階へ連れて行っては兵との距離も近く,また反射的に行動する者も出るだろう,と判断して,二階の回廊へと出る。

「!!」

 制圧されたときに状況は聞いていただろうが,それでも半信半疑だったはずのアリシア兵たち。それに動かぬ現実を見せる。

「…私は帝国の漆黒将軍,ヴァニティだ。ご覧の通り,女王の身柄は我々が確保した」

 ざわざわとざわめくアリシア兵たちを見下ろしながら,言葉を繋ぐ。

「…この現実を以て,諸君らが頼みとする防衛システムも我々が制した事を理解して欲しい。…さて」

 さらに間髪を入れず畳みかける。

「…女王のたっての願いにより,諸君らには寛大なる処置を以て遇したい。まず速やかに,現在この地に居るアリシア軍兵には一兵残らず城外へ退去してもらう。期限は日の出までだ。以降,一兵たりともアリシア兵が城内へ入った場合,女王の安全は保証しかねる」

 動揺するアリシア兵。

「…事情の分からぬ者達は,諸君らが責任を持って止めてくれ。例外は…認めない」

 それと…,と言葉を繋ぐ。

「…女王の願いを聞き入れたのは,あくまで我が帝国黒軍の独断による。だがあくまで,他の帝国軍がやってくるまでという条件付きだ。くれば,最悪諸君らは挟撃される格好になって全滅することになるだろう。それも諸君らの選択だろうが,国外まで退くというのなら,黒軍は一切手を出さないと約束しよう」

「馬鹿な!女王を見捨てて逃げることなどできるわけがあるまい!」

 耐えきれず,兵の一人が叫ぶ。

「…よく聞いていなかったようだな。これは女王の願いであると,言ったはずだぞ」

「ぐ…っ」

「…女王の意思に逆らい,思いを無駄にしてまで屍を晒したいなら止めはせぬ。よく考えて行動するのだな」

「皆さん…」

 そこで,黙していたユーリエが口を開く。

「力及ばず,このような事になってしまい申し訳ありません。ですがこの上は,どうか命を粗末にする事なきようお願いいたします」

「女王…」

 静まり返る広間に,やがて嗚咽が漏れ始める。

「…そういう事だ。では決断してもらおう」

 合図を送ると,カール達が外へと通じる扉を開く。誰からともなく,重苦しい足取りで広間へ出ていくアリシア兵達。その全てが出て行ったことを確認し,入り口の封鎖を命じる。

「…ふぅ」

 息をつく。これでとりあえず,犠牲は出さずに城館は確保できた。おそらくは女王の思いに報いるために,日の出前には全てのアリシア兵が城外へ出ることになるだろう。

「…すまないな,女王。辛い役をさせて…」

 だが。もう少しだけ,最後の細々とした取り決めが終われば…と途中まで言いかけた私を遮るようにユーリエが口を開いた。

「役ではありません。私は…人質です」

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