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敵中の行軍

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 リザードマンの伏兵も含めた渡河作戦は成功に終わった。

 山裾の森に入った我々は,かろうじて木々の隙間から街道が見える距離を保ち,アリシア王城へと向かう。

「ふー,やっぱり年かねぇ」

 リリーがとんとんと腰を叩きながらつぶやく。元の世界では半ばお約束だ。

 だが確かに,軽量化処理が施されているとはいえ板金鎧を着て,緩やかとはいえ傾斜のついた森の中を,視界不良で歩き続けている。

 少なくともこちらへ来てからは技術担当で,長時間の行軍などとは無縁の生活だ。ガイカースを出てからこっち,ろくに休憩もせず動き通しでは疲れも溜まろう。

「…乗れ」

 膝をついてリリーに背中を向ける。

「ボ…ボス!?だ,大丈夫だよぅ」

「…無理するな」

 笑いながら促す。ちょっと気まずそうに周囲を見回すリリーだが,甘えとけ,という表情に囲まれておずおずと身体を預けてくる。

「重いよ…?」

「…問題ない」

 ひょいと立ち上がる。ちらりと左右に目配せすると,両脇に居たカールとシェスターが頷いてやや先行する。

「あっちは元気ですね」

 シェスターが,適度な距離を置いてスキップしていく小さなリリーを指さす。平原や街道とはわけが違うというのに,その身が隠れるほどの下草の中に突っ込んでも全く意に介さずに進んでいく。

「あれは,基本的に重さがほとんど無いからね」

「というと?」

「んー…簡単に言うと,精霊みたいなものなんだ。だから実体もない」

 ほぅ,と驚きの声が漏れる。

「ん?でも確かさっき…」

 カールが口を開く。塔の中には,扉を開けて入れてやったはずだ。

「そういう仕様なんだ」

 ぺろり,と舌を出すリリー。

「本来的には,先行して異常を確認させるためのものだからね。こっちが行けないようなところにまでほいほい進んで行かれちゃ困るから,そういうふうに制限をかけてるんだ」

「なるほど,うまくできてるな」

「でしょー?」

「…動力はどうなっているんだ?」

 口を開く。うろ覚えだが,精霊はその精霊力が働いているところでしか基本的には存在しない。つまり精霊力を存在の源としているわけだが,この小さなリリーは何を源にしているのだろう。すでにかなりの時間稼働し続けている。

「精霊力だよ。…でもちょっと仕掛けがしてあってね」

 また舌を出すリリー。

「そこにある精霊力を無差別に取り込んでエネルギーにするんだ。今だったら闇とか,土とか,その辺をエネルギー源にしているね」

「雑食…?」

「雑食言うなー!途端に可愛くなくなるじゃない!」

 カールの率直な感想にむくれるリリー。

(…ハイブリッドか…)

 ソーラー,乾電池併用の時計のようなものだ。だがそこでまた不安に駆られる。

 ハイブリッドはもともとは異種間交雑を指す。元の世界で言えばラバやアイガモなど。この世界でも例えばヒポグリフのようなものはハイブリッドと言えるだろう。その程度,自然の中で成立する範囲ならばさして問題は無い。

 だがその言葉自体は,いわゆるテクノロジーと呼ばれる技術を使って作られたものまで広く指している。遺伝子組み換えや細胞の融合などは当然科学の産物であり,この世界とは相いれないものかも知れないのだ。

「ボス…」

 と,そこでリリーが心配そうに囁く。

「…どうした?」

「ごめん,うるさかった?背中でギャーギャーと…」

 どうやらこちらが沈黙していたことを,至近距離での騒音に辟易していると思ったらしい。

「…いや,考え事をしていただけだ」

「邪魔しちゃった?もういいよ,下りて歩くから」

「…無理するな」

「ううん,大丈夫。さっきはボスの背中が魅力的で言い出せなかったんだけど,こんなこともあろうと作っておいた疲労回復アイテムが…」

「…ダメだ」

 先ほどの不安が即座にそう言わせる。

「え?え?」

「将軍は,もうしばらく背負って居たいんだってさ」

 目をぱちくりさせるリリーに,シェスターが背中越しに軽口を叩く。

「ちょ,何妙な事言ってるのよ!迷惑でしょ!?」

「…迷惑ではない」

「!?」

 予想外の返事にどぎまぎするリリー。しかし誤解ではあるが決して間違いではない。

 リリーはハンの使命に関わる存在だ。その命と責任を背負うと思えば,このくらいは何でもない。むしろそのアイテムが龍戦士の力につながる危険を考えれば,ハンではなく自分が背負わねばならないのだ。

「…いいから,このままでいろ」

「~っ」

 言葉にならない音を発し,リリーはこちらの背中に顔を埋めてしまう。周囲から起こる笑い声。

 すっかりおとなしくなってしまったリリーを背負ったまま,後は黙々と歩く。

「…朝か」

 結構な時間が過ぎ,周囲が次第に明るくなってくる。王城への道のりは半分以上を消化できたはずだ。

「…よし,ここで休憩だ」

 見張りの指示を出す。昼過ぎ頃までは寝て体力を回復させ,王城には日暮れ以降の到着を目指すのだ。

 いつの間にか熟睡しているリリーを起こすのは多少気の毒な気もしたが,やむを得ず起こす。

「あ,ボス…おはよ」

「…よく眠れたか?」

「そりゃもう。世界で一番安全な背中だもの…あ…」

 完全に覚醒しきっていない状態だったために考えなしに言ってしまい,ハッと我にかえって赤面するリリー。

「…それは光栄だな」

 苦笑する。

「ま,間違ったことは言ってないよ。ボスは世界最強だもの」

「…だといいがな」

 伝説の龍戦士の事が頭をかすめる。それを阻止する意味も含めた今回の作戦だ。

「…もうしばらく寝ておけ。今夜はかなりの長丁場になるからな」

 はーい,と素直に返事をしてバックパックを漁り,マットらしきものを取り出して敷くとリリーはその上に横になる。

「アイツ…落とせますかね」

 こちらは木の根元に腰を下ろして楽な姿勢をとり,カールがマイシャの方を見ながら言う。

「…分からんな。こちらにできる手は打ったが,仮に挟撃が成功しても勝ちが保証されるわけではない」

 リリーの側の木の根元に腰を下ろして寄りかかる。

「何せレヤーネンですからね…」

 苦笑するカール。それに苦笑を返す。

「…さて,寝ておこう。今夜は眠れないかもしれん」

「…」

 目覚めたのは昼を過ぎた頃だった。

「あ,将軍,お早うございます。よく眠れたようですね」

 近くで食事を摂っていたカールが言う。

「よくお休みのようだったので,我々で見張りは代わっておきました」

「…すまん」

 まさか敵地で熟睡してしまうとは。

「帝都からこっち,ろくに寝ていないのでしょう?」

 確かにリリーと二人でガイカースに戻る道中は,仮眠を取りながらも常に周囲に気を配っていた。到着したその日のうちにレヤーネンと話をつけて渡河作戦を行ったのが昨夜の話だから,ぶっ続けだったのは間違いない。

「将軍は大事な任務がありますからね。我々でできるところは極力お手を煩わせない様にします」

「…助かる」

 寄りかかっていた木から体を起こし,大きく一つ伸びをする。

「今のところ異常はありません」

「…そうか」

 マイシャの戦局次第では伝令が出るかとも思ったが,アリシアならば遠見の水晶球を使っているのだろうと思い直す。

 結果はどうだったのだろうか。レヤーネンが勝利を収めているとすれば,敗残兵は間違いなく王城へと退いてきて,守りを固める事になるだろう。そうなればこちらの作戦の難易度は上がる。

「…食事は済んでいるか?」

「は。私のこれで最後です」

 そう言って,手に持っていた保存食を口に放り込むカール。

「…よし,ならばすぐ出発だ」

 敬礼し,カールは立ち上がって伝達に向かう。

 手早く包みを解き,自分の分の食料を取り出す。多少行儀は悪いが時が惜しい。歩きながら食べることにしよう。

 だがその時。すぐそばに立てかけてあった蛟龍がちりっ,と小さく震えたようなかすかな音を立てる。

(…!)

 反射的に左手でそれを掴む。ちりっちりっと小刻みに震える蛟龍をその手に感じながら,周囲に気を配って異変に備える。

(…なんだ…?)

 防衛システムの有効範囲が変動しているのだろうか。その可能性を全く予想していなかった事を後悔する。

 だが異変はまったく意外な形で,すぐ近くに現れた。

「…リリー!?」

 何かが落ちたような鈍い音にそちらを振り返ると,リリーが倒れている。

「大丈夫か!」

 蛟龍を腰に差しながらすぐさま駆け寄って抱き起す。

「…ボス…大丈夫だよ,多分」

「大丈夫なものか。顔が真っ青だぞ」

 今更ながらに迂闊さを悔いる。蛟龍の反応はともかく,リリーが強行軍で体調を崩す事の方がより身近に起こり得たではないか。

 だがリリーは妙な事を言い出す。

「体調が崩れたわけじゃないよ,多分。しばらくすれば落ち着くはず…」

「…?」

「こうなるのは,これで二度目だからね…おそらくアレだよ」

 言っている間にも,みるみる顔色が回復していく。

「…どういう事だ?」

「前にもちょうどこんな症状が出た事があってね。その時はヤバい病気にでもかかったんじゃないかと心配したんだけどさ…。後で分かったんだ。邪神の封印を解いた事による作用だって」

「!…という事は…」

 ルマールがルトリアの封印を解いた,という事か。だが前回も今も,自分には特に何も影響がない。

「邪神の力の影響みたいでね,それほど長い時間じゃないんだけど,すっごく気分が悪くなるんだ。何らかの魔法的な力が干渉してくるみたいで」

 消えちゃってるでしょ?と言われて辺りを見回すと,確かに先ほどまでその辺で踊っていたはずの小さなリリーが見当たらない。

「でも…」

 にっこり笑ってリリーは言葉を継ぐ。

「なんか前回より,圧倒的に回復は早かったし,楽だったかな。ボスが側に居てくれたおかげかな」

「!」

 その言葉で,ある可能性に思い当たる。

(…蛟龍が,邪神の力をはねのけている…?)

 最も深き迷宮で邪神と対峙した時の記憶が蘇る。あの時も,ハンとルマールが吹き飛ばされたにも関わらず自分は全く影響を受けなかった。

「や…やだボス!そこは黙らないでツッコんでよ,どんな顔していいか分からなくなるじゃない」

 赤面しながらそう言って離れようとするリリー。

「…このままでいろ」

 それを制する。

「えっえ…ええっ?」

 いよいようろたえるリリーだが,今は先にする事がある。

「…カール!状況を報告。無事か?」

「大丈夫です…ちょっとめまいがしている程度です」

 頭を押さえながら答えるカール。見回すと他の部下たちも程度の差こそあれ干渉を受けているようだ。

「しばらく待機だ。収まるのを待つ」

「ど…どういうこと…?」

 周囲の状況を見てリリーがつぶやく。

「…おそらくは,この蛟龍が邪神の影響を無効化しているのだ」

「!」

 目を丸くして蛟龍を見るリリー。先ほどに比べれば随分小さくなったが,蛟龍はまだ震えている。

「ボスって…やっぱ,超一流の龍戦士なんだね…」

「…こういう,なし崩しに舞台に上げられてしまうようなのは遠慮したいのだがな…」

 苦笑しながら答える。

 しばらくして,蛟龍は完全に落ち着いた。部下たちの不調も回復したようだ。

「…もう大丈夫だな。よし,行軍を再開する。リリー,頼む」

「任せて」

 また例の球を投げて,小さなリリーを作る。

「…随分時間を食ったが,何としても夜までに王城へたどり着かねばならない。行くぞ」

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