突入部隊編成
私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。
ある意味作戦の切り札とも言える存在となってしまったリリーを連れ,私はガイカースヘ戻ってきた。
「あれ…にぎやかだね」
リリーが訝しげにつぶやく。
「…そうだな」
レヤーネンに代行を命じてから,かれこれひと月近くが経とうとしている。俄然やる気になって積極的にマイシャ攻略の軍を動かしていると思ったが,いざとなるとやはり怖気づいたのだろうか。
「…あるいは,陛下の許可が下りるまでは様子を見たか…」
下手に軍を動かして尻尾切りされるのを恐れたのかもしれない。それが常に正しい見立てとなるかかどうかはともかくとして,レヤーネンはそっち方面にだけは恐ろしく頭が回る。いや,鼻が利く。
「…まぁいい。どの道奴とは話さねばならぬのだ」
ハンから許可を貰った事を伝え,正式に指揮権を譲渡する必要がある。ここを離れていた間の事については,その時に併せて聞けば良いだろう。
馬車は表に停め,久しぶりの執務室へリリーを伴って入る。
「じゃあボス,計画通りに」
「…そうだな」
作戦の成否の鍵を握る,装備の実験。リリーがハンの寝所に忍び込んだ際のオプション機能を起動したまま,他の基本仕様の装備を付けた者との意思の疎通が成立するかを確かめるのだ。
レヤーネンを呼びに行かせ,装置を起動する。
「こっちも準備オッケーだよ」
同じく装置を起動したリリーの姿が認識できることを確認し,あらかじめ教わっていたとおりに操作する。
「…これで,レヤーネンには私だけが認識できるという事だな」
いっぽう基本仕様の装備を起動しているリリーは,見ることもその声を聞くこともできないはずだ。
「じゃあボス,私はこのままここに居るね」
言葉も聞こえる事を確認し,頷く。
と,その時ノックの音。
「将軍,レヤーネンです。お呼びにより参上いたしました」
「…入れ」
扉が開き,レヤーネンが入ってくる。
「お久しぶりですな,将軍。お変わりなきようで安心いたしましたぞ」
愛想笑いを浮かべるレヤーネン。どうやら実験は成功のようだ。これなら,彼我のレベル差さえ問題なければ防衛システムを無効化したまま女王と話をすることもできるだろう。
「…そちらもな。さてレヤーネン。試練の方はどうなった?」
「は…ガイカースの防衛の方はつつがなく。しかし…」
表情を曇らせるレヤーネン。
「残念ながら,マイシャ攻略ほうは…」
「攻めたのかねレヤーネンくん?怖気づいて引きこもっておったのではないのかね?ん?」
そこでリリーが演技がかった偉そうな口調で言う。
「…」
だが当然の如くレヤーネンにはそれは聞こえない。
「何とか言いたまえ。それとも何か?私とは口もききたくないというのか?」
「い,いえ!」
「!?」
突然それにレヤーネンが返答し,驚愕するリリー。
「決して臆病風に吹かれたなどと言う事ではなく,私はあくまでも万全を期して…」
「ちょ,ちょっと,ボス…」
慌ててこちらの背中に隠れ,不安そうな表情を向けてくるリリー。
(…そんなわけはあるまい)
仮に聞こえていたとして,どこぞの者とも知れぬリリーの言葉にこのような返答をするわけがない。あくまで偶然,あたかも返答したかのような絶妙な内容とタイミングで言葉を発しただけの話だ。
「…ガイカースさえ守れていれば特に問題は無い。ずっと守りを固めていたのか?」
「そ,それが…」
あくまで歯切れの悪いレヤーネン。
「…どうした。…別に咎めるつもりもない。今総司令官は貴公なのだ」
「は…実は数日前に,攻撃をしたのです」
冷や汗か脂汗か,ともかくもそれを拭きながらレヤーネンはぶつぶつと言い始める。
「ダークエルフを指揮官とする妖魔部隊を派遣しました。不足した頭数を傭兵で埋めた烏合の衆,何するものぞと正面から蹴散らすつもりが…」
「…蹴散らされたのか」
「敵に手練れがおったようで…中央を本陣まで突破されて指揮官を討たれてしまいました」
「…そうか」
「で,ですが,明日にも攻撃軍を送り必ずやマイシャを落としてご覧に…」
「…私の目に入れる必要は無い」
レヤーネンを遮る。
「将軍…?」
「…ガイカースを守れていれば試練は乗り越えた。晴れて貴公は,今日から攻撃軍の総司令官となる」
「おお…それでは」
「…そうだ。条件付きではあるが,陛下の許可は頂いた」
条件を付けられたのはあくまで自分で,レヤーネンには何の関係も無い。だがそれは表には出さない。
「条件…ですか」
「…私がアリシアを落とせねば水泡に帰すからな」
途端に不安と不満の入り混じった表情を見せるレヤーネンに苦笑する。
「お言葉ですが将軍…自信がおありになっての立案でしょう?」
「あーあ,なにコイツ…ほんっと,救えないわー」
隠れた背中から出るのはさすがに勇気が要るようだが,幾分立ち直りをみせるリリー。
もし装置が起動していなければぎりぎりレヤーネンの耳に届くか届かないかの大きさでぶつぶつとつぶやく。
「…貴公を男にするための作戦だからな,理屈で見ればどこをどうやっても分の悪い賭けだ」
「む…」
そう言われてしまえば,さすがにそれ以上文句を言うわけにも行かない。
「…そこで,ひとつ策がある」
「策…?」
「…ここには今,リザードマンの部隊がいるな。もし他に有効な使い道が無いのなら,私に預けてみる気は無いか?」
支配者の杖で言う事を聞かせているリザードマンだが,彼らはもともと龍の末裔で,闇の眷属というわけではない。
それなりに誇り高い彼らは,相手に見るべきものがなければあからさまに見下す。つまるところ,現在は見下しているレヤーネンの命令に無理やり従わされている格好なのだ。
「リザードマンを…ですか?」
ちょっと考える素振りを見せるレヤーネン。リザードマンは決して他の部隊に比べて見劣りするわけではない。だが現状で秀でた何かがあるとも言えない部隊だ。わざわざそれを名指しするこちらの真意を測りかねているのだろう。
「…マイシャは相手が籠城でもしない限りは,小細工なしでぶつかり合うしかない厄介な立地だ」
「ですな」
「…だがリザードマンならば川の中から,城を出た相手の背後を奇襲できる」
「!しかし,それは…」
無茶だ,と言いたげなレヤーネン。確かにそれは,川向うにあるアリシアの監視塔のせいで今まで不可能だった。見つかってしまえば奇襲の意味は無い。
「…そこが策だ。我々は今夜,あの川を渡ってアリシア領へ入る。その時僅かな時間ではあるが,アリシアの監視塔が無力化するのだ」
「おお…」
「…その隙にリザードマンの部隊を川へ送り込めば,奇襲は可能となるだろう。不可能だとの敵の思い込みが,より効果を高めてくれるはずだ」
それに水辺という環境ならば,リザードマンはもっとも有能な部隊へと変わる。
決定権も責任もそちらにある,どうするかは任せるぞ,と付け加える。
「むむ…」
魅力的な提案にぐらりと心が傾く。だが決定権はともかく,責任という言葉の重さに怖気づいたのか,唸るレヤーネン。
「…もう一つ」
苦笑しながら言葉を継ぐ。
「…この策の成否に関わらず,私が手助けしたことは絶対に秘密にすること。いいな?」
「それは…?」
「…簡単な事だ。貴公が一人でそれを成し遂げたという事にしてこそ,貴公の目標がぐっと近づくのだ。手柄を自分一人のものにするためには,余計な事は言わんほうがいい」
「!…しょ,将軍…そこまで私を…」
感極まるレヤーネン。
「…これで勝てねば貴公は無能だ,いいな?レヤーネン」
ここぞとこちらの口調を真似て言うリリー。思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
「…どうする?即答しかねるのならば後でも良いが…」
「いえ!そこまでのお心遣い,痛み入ります!是非お願いします」
「…そうか。分かった。では今夜連れて行く。アリシア領へ潜入する我々は行動を共にすることはできないが,勝利を願っているぞ」
「はっ!」
よほど手詰まりだったのだろう。レヤーネンは勢いよく踵をそろえて敬礼すると,気合十分で執務室を出て行った。
「ほーんと,ダメダメだねアイツ…」
装置を切って,リリーが溜息をつく。
「…そう言うな」
こちらもそう言いながら装置を切る。
「でもいいの?ボス。そこまでお膳立てして,手柄は独り占めさせて?」
「…いつもの事だ。それに,奴にマイシャを落としてもらった方がいろいろと都合が良い」
現在立て籠っている兵員こそ質も量も貧弱だが,マイシャ自体はそれなりの規模の城塞だ。こちらが王城を落とせたとしても,飛び地の状態では黒軍だけでは分が悪い。マイシャが文字通りアリシア最後の砦となってしまっては,レヤーネンではいよいよ落とせないどころかガイカースまで失ってしまう危険もある。
逆にこちらの支配下に置いてしまえば,有利不利も逆転し形勢は大きくこちらへ傾くのだ。
それに何より,マイシャは孤島とも言える立地だ。ガイカースのような開けた都市とは違う。つまりは妖魔を他への影響のない場所に隔離しておける,という事だ。
「まぁね…落とし損ねて更迭,ボスがそっちも面倒を見ることになったりしたら厄介だしね」
「…さて,次だ。あまり時間は残っていない」
「はいはーい,了解っと」
執務室を出て,会議室へと向かう。レヤーネンを呼びに行かせるのと時を同じくして集合をかけたため,今頃はもうこちらを待ち構えているはずだ。
扉を開ける。瞬時に,中に居た全員が直立不動の姿勢をとってこちらへ向き直る。
「敬礼!」
カールの号令で一糸乱れぬ敬礼。それに敬礼を返しながら中へ入る。
「…楽にしてくれ」
しかし後ろから入ってきたリリーが口真似をして,いっきに場の緊張が粉砕される。
「将軍,楽しい道中で何よりでしたね」
しぐさまでこちらの真似をして扉を閉めるリリーを見ながら,肩をすくめてカールが言う。
「…何を言うか,これからの事を思いこそすれ,余計な事に気を取られている暇など…」
こちらを振り返りながら,仏頂面でリリーが言う。
「…リリー」
「何よー…言ってることは正しいでしょー?」
ぷうっと頬を膨らますリリーに,笑い声が起こる。
「…まぁ,な…」
「!」
しかしその言葉で,一瞬のうちに場が緊張する。
「では将軍,いよいよ…?」
「…そうだ。陛下には許可を頂いてきた」
概要はすでに伝えてある。決死隊を募ってアリシア王城へ潜入し,女王の身柄を確保する。最も長い歴史と奥底の知れぬ魔道の業を持つ国。その根幹を支え続けてきた防衛システムを乗り越えて行かねばならない任務だ。
「で,何人お供できるのです?」
シェスターが言う。重苦しくなりかけた空気を振り払おうかという,意識的に軽い口調。
「…私を含めて,十人だ」
「違うでしょ,ボス。そこは『…私とリリーを含めて十人だ』」
「えっ?」
そこでカールが驚きの声を上げる。
「…不満なのか?カール?」
また口真似をするリリーだが,それにも構わずカールは続ける。
「いえ,さすがに今回の作戦は危険な…」
「…だからこそだ。全滅の危機すらはらむ危険な任務だからこそ,私がボスの役に立つにはこれ以上ない舞台なのだ」
「ちょっとちょっと将軍,途中からキャラ変わってますよ?」
シェスターがツッコミを入れ,場の空気が和む。
「…」
それが苦しい表情をしているこちらへの心遣いであることは分かっている。だからこそ,いっそう申し訳ない気持ちにもなるのだ。
「さて,それじゃ本腰入れないといけませんね。命を賭けて,絶対命を棄てないと誓える者八人。早い者勝ち」
そう言って手を上げるシェスター。
「誰にも命を棄てさせない,も誓わないとな。特に切り札だけは最後まで守り通さないと」
そう付け加えて手を上げるカール。
だが,あらかじめ順番は決めておいたのだろう。時を置かず残り六人の手も上がる。
「…よし,決まりだな。諸君の命は私が預かる。決して誰も死なせんから死ぬ気で励むように」
身振り手振り表情口調,よほど日頃から練習していたのだろう。自信満々に真似るリリー。
しかし言葉の中身はやはりリリーである。
「またキャラ変わってますよ?」
またシェスターがツッコみ,笑い声が起こる。
「…すまんな」
誰にも聞こえないように小さくつぶやく。
この気軽な雰囲気を失いたくはない。その為にも全力を尽くさねばならない。そう思った。




