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地下室にて

 私の名はヴァニティ。帝国軍の将軍だ。

 バナドルスに指摘された重大な欠点。その改善策を模索するべく,私はリリーのところへ向かった。

 リリーは普段,城内にある店と郊外にある工房を行き来している。その主であるドワーフの鍛冶師は,こちらの世界に身一つで投げ出されたリリーと偶然出会い,その面倒を見ていたのだ。

 もともとハンの知己であり,腕利きと紹介を受けて今着ている鎧の製作も依頼した間柄ではあったが。リリーが龍戦士であると判明したことをきっかけに,今は非公式ながら黒軍御用達の鍛冶師という扱いになっている。

 大通りに面した店の扉を開け,中に入る。もともとヤーガに構えていた店を帝国の建国とともにこちらへ移して半年近くが経ったが,評判は上々で経営も軌道に乗った,と聞いている。

「いらっしゃ…あ,これは将軍。ようこそ」

 店番をしている店員がこちらに気づき,笑顔を浮かべながら近づいてくる。

「…リリーは居るか?」

 何気ない世間話をするような素振りを見せつつ,店内にいる他の客に聞かれないように小声で言う。

「はい,奥に…」

 笑顔を崩さず,ごく普通の対応をしているように見せながら店員も小声で言う。

「…分かった」

 鎧の試着をするふうを装って目立たないように奥へと進むと,扉を開き,現れた石造りの階段を下りていく。リリーは普段,そこで魔導書を読んだり実験をしたりしているのだ。

 地下室の扉を叩く。ややあってそれは開き,中から愛嬌のある丸い顔がのぞく。

「え…ボス?」

 意外そうな表情を浮かべるリリー。当然だ。こちらは前線で手が離せないと思っていたのだ。

「…例の物を,受け取りに来た」

 短く告げる。改良型のステルス装備。今回の作戦はその出来栄えに左右されるところが大きい。

「入って」

 リリーの招きに従って室内へ入り,扉を閉める。

 それなりの広さを持つその部屋は,片方の壁が本棚に占拠されている。その半分は鍛冶に関わる専門書で,残りの半分は古代語の書物,つまりは魔導書だ。リリーはここで,魔法と鍛冶の両方の勉強を重ねている。

「座って」

 出された椅子に腰を掛ける。リリーはその正面に,大きな作業机を背にして座る。

「それにしてもビックリだよ。ボスが直々にここまで来るなんてね」

「…そうだな。…トーベは工房か?」

「うん。大口の依頼が入ってね。まぁ赤軍と白軍用の鎧だけど。それにかかってるよ」

「…そうか」

 兵員の育成は順調のようだ。

「…忙しいのは何よりだな」

 正直なところ,少数精鋭の黒軍ではほとんど商売にはならない。もともとの数が少ない上,剣にせよ鎧にせよ,その傷み具合は常識外れの少なさなのだ。

 だから仕事の大半は他の帝国軍や一般の客相手だ。今回の作戦の成り行き次第では,トーベとの付き合いも見直さねばならないかも知れない。

「どうしたの?ボス?」

 リリーが怪訝そうな表情を浮かべる。

「…何がだ?」

 内心ドキリとしながら尋ねる。ちょっとこちらの様子を伺ってから,まぁいいか,とリリーは後ろを向く。

「で,これが例の装備なんだけどね…」

 机の引き出しを開けてごそごそと中をあさり,再びこちらを振り返ったリリーが差し出した手には,十個ほどのそれがぶら下がっていた。

「…一つだけ,造りが違うようだが…」

「ああ,これね。ちょっと趣味に走っちゃって…でも基本仕様が違うってわけじゃないから安心して」

 ペロリと舌を出すリリー。

「…効果は?」

「前回の反省点は改善できたと思うよ?設置型の範囲魔法にも対応できる。実験もちゃんとしたしね」

「…実験?」

 チョーカーを付けて街中をうろついたのだろうか。だが範囲魔法がかけられている場所など思い浮かばない。

「陛下の寝室に忍び込んでみたんだ」

「!?」

 さらりととんでもない事を言い出すリリー。ばれたら処刑ものだ。

「あそこなら軍師殿が自らかけた探知魔法がかかってるからね。実験には最適の環境だよ」

「…おい」

 そもそもなぜそんな事を知っている?国家の安全に関わる事,最重要の極秘事項で知っている者は僅かのはずだ。

「あ,でも陛下も納得ずくだからね?『ボスの為に使うんだ!』って言ったら,探知魔法のことも教えてくれたし,実験にも協力してくれたんだ」

「…」

 こめかみを押さえる。皇帝相手にそんな無茶を言い出すリリーもリリーなら,許可をするハンもハンである。

 だが逆に,気持ちは随分楽になった。これの力を知っていて出された許可と,まったく知らずに出された許可とではその意味合いも随分違ってくる。

「で,これはその時用のオプション機能が付いてるんだ」

「…オプション?」

「うん。基本仕様だと,全てにステルスがかかっているでしょ?でも,どうしても陛下にその場ですぐ挨拶とお礼をしなきゃ,と思ってね。これだけは,魔法には引っかからないけど姿と声だけは非装備者にも見せることができるんだ」

「!」

 もはや何でもありである。

「…その時の様子が目に浮かぶようだ…」

 皇帝の寝所で繰り広げられる極秘の密会。国家保持の核心を担う防衛網を突破した侵入者と,それを手引きし侵入成功を共に喜ぶ皇帝。およそ常識的な感覚ではついていけないシュールな画だ。

「ただやっぱり,物理的な限界はあるみたいだね…」

 だがリリーの言葉が思考を現実に引き戻す。

「…その限界とは?」

「この装置自体にかかってる魔法より弱い魔法なら問題なく無力化できるんだけど。それ以上になっちゃうと,不足分を装備者の精神力でカバーしなきゃならなくなるんだ。だから…」

「…強力な防護魔法や半永久的な設置魔法が相手だと,ジリ貧になるという事か」

「そういう事だね。残念だけど,もっと大掛かりな装置でも組まない限りはどうにもならない」

 肩をすくめるリリー。

「…」

 やはり状況はそれほど甘くないという事か。

 もしやハンはそこまで分かった上でああ言ったのだろうか。軽くなった気持ちが再び重くなる。

「ボス?」

 アリシアの防衛システムがどの程度かは分からないが,少なくともこの装置一つで完璧に封じ込められるわけが無かろう。となれば装備者の力がそのまま作戦継続時間に直結する。少なくとも敵地の真ん中で限界を迎えれば,龍戦士の力に頼らざるを得なくなるだろう。

「ボス?おーい?」

 つまり,一方的な持久戦による消耗で限界を迎える前に,おおもとのシステムそのものの無力化を図らねばならないわけだ。だがそれは可能なのか。自分では解除よりもむしろ破壊を狙うしかなさそうだが,それすらも龍戦士の力に頼らねばならなくなるのでは…。

「ボスってば!」

「!?」

 鼻先どうしが触れ合ってしまいそうな至近距離に,リリーの丸い顔。倒れる寸前まで背を逸らす。

「やっぱり今日のボス,おかしいよ?」

「…い,いや…とにかく下がれ」

「…」

 憮然とした表情で元の位置に戻るリリー。

「ねぇボス。何か隠している事があるの?」

「…いや」

「嘘。ほんとに何も隠してなかったら,そんなに歯切れの悪い返事なんかしない」

「…」

「そもそも,ボスが前線を離れてここに居る,って事自体が変なんだよ。何かまずいことが起こったか,それともこれから起こるのか。そんなところでしょ?」

 こちらの鼻先を指さしながらリリーが言う。

「ハッ…まさか…ボスの偽物!?」

 そして,こちらに何事をも言う間を与えずにあらぬ方向へ突っ走る。

「…いや,それは無い」

「だよねぇ。それに,そもそも私がボスと偽物の区別がつかないわけ無いじゃない」

 へへーん,とふんぞり返るリリー。何を根拠に,と思わず苦笑する。

「はい,じゃぁリラックスしたところで…何を隠しているの?」

「…」

 侮りがたい。勢いよく目先を変えてこちらの注意を逸らそうとしたのか。はじめて逢った頃はもっと直情的だったが,いつの間にか技を身につけていたらしい。

 だが悪意は全くない。ないからこそ雰囲気が重くなることもないし,気分が落ち込むこともない。

「もー!堅いなあ,堅い!」

 堅くもなろうというものだ。この気安さが永久に失われてしまうかも知れない。今回迫られている決断にはその危険がつきまとっている。

「しょうがないね…こうなったら,力づくで聞き出すしかなさそうだ」

 無意味に腕をまくるリリー。いくら龍戦士と言っても,こと戦闘能力においては雲泥の差がある。まともにやってどうとなるというものでもない。

「さぁ…使っちゃうよ?」

「!…待て」

 それでは本末転倒だ。たとえ使われても負けないだろうが,それでリリーが別の世界へ弾き飛ばされては意味が無い。

「…そういう脅しのかけ方はいただけんな…」

 溜息をつく。これで味を占められても困る。

「あまりボスを困らせるような事言うのもなんだけどさ。今回は状況が状況だからね。手段を選んでいる暇はないよ」

「…まだ何も言っていないが…」

「だいたい分かるよ,聞かなくたって」

 ふふーん,とふんぞり返るリリー。

「将軍がわざわざ前線を離れて直々に陛下に何かを言いに来た。で,ここへきて装備を直に受け取った。これだけでも,時間的に余裕のない何か重大な状況が起こった,あるいはこれから起こる,って事は分かるよね」

「…」

「で,多分私にその話をしたら首を突っ込みたがると思って,できれば言いたくないと思っている。ボスのその堅さからみて,今回は今までとはけた違いにヤバいレベルの,身の危険が隣り合わせの話だよね」

「…」 

「でも,それだけなら『来るな』って断固拒否すればいいだけなんだよね。なのにそれをしないって事は…私を連れて行かないと難易度がかなり上がっちゃう何かがあるって事でしょ?」

「!」

 舌を巻く。正直なところ,リリーがそこまで読んでくるとは思わなかった。

「なに,初歩の推理だよアケチ君。これでも小生,ボスに拾われた恩を返そうと真面目に頭を鍛えておるからね」

 もはや,パイプでもくわえそうな勢いのリリー。微妙に違うような気もするが,それはここではさしたる問題ではない。

「じゃ,詳細を教えて?対策を練る時間は多い方が良いと思うけど」

「…そうだな」

 苦笑する。確かに,ここへ来るまでに考えていた打開策は先ほど崩れ去ってしまった。この上は覚悟を決めて正直に話し,新たな策を練らなければならない。

「あ,じゃあ紅茶用意するね。お茶菓子も」

「…おい」

 自分で流れを作りながら豪快にその腰を折り,こちらの返答も待たずにリリーは部屋を出ていく。扉は開けっぱなしだ。

 だが確かに,一息入れて落ち着いてからのほうが良いのかもしれない。苦笑交じりで一つ息をついた。

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