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サナリアの末期

 私の名はヴァニティ。成り行きからハン改めラズールの世直しに合力し,サナリアと事を構えることになった。だが本来ならばあくまで助力の筈なのに,なぜかこれまた成り行きで先頭に立つ将軍という位置づけにされてしまった。

 結局,駐屯していたサナリア騎士のほとんどは志も持たなければ芯の強さも持ち合わせていなかった。民衆の賛同でそれなりの数にだけは膨れ上がったラズール軍に対し,明確な敵対の意思を示すわけでもなく,さりとて恭順するわけでもなく。駐屯地に籠ったきりとなってしまったのだ。

 理を説いたところで,情に訴えたところでどうにもならない集団。そんな内心の失望をひた隠し,ルマールの献策に従って,ラズールは私のみを従えて指揮官と話をすべくその中へ入った。無論外で待つ者たちへの示威行為で,その実支配者の杖で従えるのである。しかし効果はてきめんであり,ラズールの評判と士気は大いに高まった。

 ラズール軍は編成を終えて王都セダイへ向けて進軍を開始した。成果を心待ちにするクラルフ,バナドルスへの使者はすでに先発している。その連絡を以て両軍は行動を開始し,三方面からの同時侵攻という現実を突きつけて無血開城を迫る,そういう算段だった。

「極力支配者の杖に頼りたくなかった閣下が,別のよりどころとしてお前を選んだだけの話だろう?」

 どこがツボにはまっているのかは分からないが,珍しく楽しそうに弾む声でルマールが言う。本陣のラズールの護衛は部下たちに任せ,全軍の様子を監察する彼女の護衛として行動をともにしていたのだが。よほど釈然としない顔を引きずっていると見えたのかも知れない。

 しかしそれはそれとして。初めて見せる彼女の気軽で明るい雰囲気があまりに自然なので,これが彼女の素なのかもな,と表情を変えないまま場違いな事を考える。

「光栄に思って良いところだ。何せ支配者の杖と同等以上の信頼を得ているという事なのだから」

「…」

 それはしがらみなのだがな,とさすがに心の中で反論する。そもそも立てるのは彼の国で,自分は助力をしているに過ぎない。自分が人心を集めては意味が無いのだ。

「なぁに,心配は要らんよ。突然演説をし始めたいい年のおっさんとごろつき騎士どもをのした若き戦士,どちらがぱっと見でよく見えるかなんて言うまでもないだろう?騎士どもを従えたあの演出もそうだが,閣下が実力を見せていけば自然に人心は移っていくさ」

 口に出したわけではないのに,ルマールの言葉はあつらえたように自分への返答となる。いや,その程度は少し考えれば誰にでもたどり着く事なのだろう。

「ま,そのためにも,たとえふりでも上下関係はきっちりしておいたほうがいいぞ?」

 それとなくくぎを刺された格好になる。つまりはラズールを閣下,建国後は陛下と呼ぶべきだということだ。

「…そうだな」

 だがそれでいいのかもしれない。名乗った当人がどう思っているのかは分からないが,どうもラズールという名がしっくり来ない。現状はそれなりに苦労して,思わずハンと言ってしまいそうになるのを抑えているが,公式の場でそう呼ぶ事にしておけば,ハンのままにしておける。

「…確かにおっさん呼ばわりでは威厳も何もあったものではない」

「言ってくれる」

 フフン,という楽し気な息遣いを確かに仮面の下から漏らしてルマールは言う。

「無論気を付けるさ。公式にはな」

「…」

 こちらの内心を見透かされたのか,それとも単純に彼女もそう思っただけなのか。だがそれは分からなくとも大した影響のない事。余計な厄介を抱える危険を冒してまで下手に踏み込みたいとも思わない。

「…サナリア,どう出るだろうか」

「今後の事を考えれば,無論最善は向こうが要求に応じる事だな」

 途端にルマールの言葉から楽しそうな響きが消える。

「一人でも盾は多い方が良い。建国を宣言してして終わりではないからな」

「…他の王家が見過ごすわけがない,と?」

「当然だ。そうならんように最善は尽くす。尽くすが,成算は無血開城よりもはるかに薄い」

「…そのための盾,か…」

 もっとも直接的な意味では使い捨ての駒。おそらくは他所の騎士と対等に戦う事はできまい。となれば,酷だが錬度と士気の高い身内部隊の被害を極力抑えられるような運用をするしかない。

「価値が最も高いのは王だがな」

「…うむ」

 国王さえ手に入れれば平和的に,同意の上で国を譲られた形にすることで大義名分という無形の盾を手に入れる事ができる。理想はもちろん,国王を保護して君側の奸を討ち,後顧の憂いを断った上で平和的に国を譲られた形とすることだ。

 だからこそ成算は低い。実権を握っているのは討たれる以外に道の無い君側の奸どもなのだ。みすみす自分の命を差し出すような真似はすまい。どのみち殺されるならば絶望的でも徹底抗戦するはずだ。

 そのために,妥協案も提示してある。国王と王妹さえ引き渡せば国外への退去を認めるというものだ。おそらくは二人を犠牲にして,用意された逃げ道に飛びつくだろう。あるいは暫定政権の樹立などという小賢しい真似をするかもしれないが,こちらが二人の安全を保障しつづける限り大義名分はこちらのものとなり,向こうは何もできなくなる。

「まぁ,まずはこちらが無事に王城を包囲できるかどうかだ。一番の烏合の衆は他ならぬここ,敵軍が現れた時にはよろしく頼むぞ,将軍」

「…そうならない事を祈るばかりだな。相手の戦意を挫く意味でも,一人でも多く包囲に加わってもらわねば」

 幸いな事に,サナリアが迎撃を差し向けることはなかった。駐屯地の備品で武装したとは言っても大部分がごく普通の民衆に過ぎないラズール軍は,慣れない行軍ながらも一週間の後には頭数を減らすことなく王城近くまでたどりついた。

 しかし不幸な事に,王城では異変が起こっていた。城門が開け放たれているだけならいざ知らず,およそ平和的な開城には似つかわしくない血の匂いが,風に乗って運ばれてくる。

「どういう事だ…?」

 訝しむラズール。どんな想定にもない展開である。と,城から一騎,白旗を掲げながら走ってくる。

「我が方の指揮官からの口上を伝えに参りました!」

「承ろう!」

 ラズールが声を張る。騎士は馬を降りて歩いてくると,一礼してから口を開いた。

「我らサナリアは,貴軍に無条件降伏致します」

「それは,国王と王妹の身柄をこちらに引き渡すと了解して良いのか?」

 おお,と周囲の兵から声が上がるのを手で制し,ラズールは尋ねる。

「引き渡すと言えば引き渡すのですが…」

 ところが騎士はそこで口ごもる。

「…どういうことだ?無条件降伏には条件の提示などあり得ないぞ?」

「…はぁ,実は,すでに二人とも死亡しておるのです」

「何だと!?」

 兵士の口上によれば,サナリアは二人の引き渡しを決定し,主だった者たちはすでに退去先のルトリアへ向けて出発した。ところが往生際の悪い愚王が徹底抗戦を唱えて立てこもったため,最後までそれを諫めようとしていた将軍が王に従った反乱分子ともども鎮圧したという。

「何という…」

 それだけを言って絶句するラズール。

「城門を入った広場にて,将軍以下サナリア騎士団がお待ちしております。先導いたしますので,詳細は将軍に直接伺って頂きたい」

「うむ,分かった。心中お察し申す。…ときに,将軍の名は?」

「レヤーネン殿です」

(なん…だと…!?)

 それを聞いた瞬間,今までなぜか心の片隅にひっかかっていた違和感が,急速に形となって膨れ上がっていく。ある意味全ての元凶とも言える男。どうしても言葉通り受け取ることができない。

「では,先導いたします」

 一礼し,騎士は馬へと戻ってそれにまたがると,こちらの様子を確認してゆっくりと歩を進める。

「ともかくまずは入城しましょう,閣下。別動隊とも合流し,退去組に関する情報も確認する必要があります」

「そうだな。よし,行くぞ」

 合図とともに進軍を開始するラズール軍。

「…閣下,ルマール」

「分かっている」

 ルマールが答える。

「明らかに不自然だ。下級貴族に過ぎんレヤーネンが将軍など通常ならありえない。何かの罠である可能性もじゅうぶんに考えられる」

「…私が先頭に立とう」

「頼めるか。助かる」

 そのための将軍で,竜殺しなのだろう?と心の中で苦言を呈し,馬を進めて先頭に立つ。だが確かに,レヤーネンが姑息な手管を使っているようならそのすべて自分の手ではねのけ,自分の手で始末をつけたいと思っているのも事実だ。あの時殲滅していれば,あるいは今も細々と,しかしそれなりに楽しく,姉妹と依頼をこなす日々が続いていたのかもしれない。

 ふっとルマールの言葉が蘇る。もしレヤーネンが恭順の意を表してきたら,自分は彼と轡を並べて戦う事になるのだろうか。盾としての使い道にせよ,確かに友軍という扱いには違いない。その受け入れがたい,しかし十分にあり得る可能性は大いに気分を沈み込ませた。

「…」

 ぶんぶんっ,と二度三度頭を振ってその憂鬱を追い払う。とりあえずは国家建設が成り運営が軌道に乗るまでだ。その後の事はその後考えればいい。

 じゅうぶんに注意を払いながら,先導のサナリア騎士からはやや距離を置き,友軍からもやや先行するかたちで城門をくぐる。正面は王城に向けて石畳が続いているが,騎士はさっさと脇の方へ進んでいく。

(あれか…)

 その前方を見ると,隊列を組んだそれなりの数の一団。一人だけ単独で膝を折っているのは例の豪奢な鎧。悪い思い出しかないその鎧は,まず間違いなくレヤーネンだろう。

「…ッ!」

 その前に無造作に置かれている二つの塊が何かを見分けた時,背筋にどうしようもない悪寒が走る。それは男女の首から上だった。

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