第35話「模擬試験猛特訓!スパルタ勉強会」
※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます)
「あかーんっ! 英語の長文が全部古代の怪しい呪文に見えてきたで……! なんなんこのアルファベットの羅列!? 唱えたら召喚獣でも出てくるんか!?」
冬の澄んだ空気が窓ガラスを叩く午後、天野家の二階にある時子の自室には、朝から似つかわしくない悲痛な絶望の叫びが響き渡っていた。
部屋の中央に置かれたローテーブルの上には、山積みにされた教科書や問題集、そして書き殴られたルーズリーフが足の踏み場もないほど散らばっている。その中心で、茶色がかったボブショートを振り乱しながら理子は頭を抱えて撃沈していた。
「落ち着きなさい理子さん! 英語は古代の呪文ではなく、現代社会における世界共通言語です! 召喚獣どころか、単語の意味すら出てこないのはあなたの単語帳の周回不足です!」
ダッフルコートを脱いだシックなブラウス姿の水琴はシャチのアクセントが入った眼鏡をクイッと指先で押し上げ、ビシッと赤ペンを突きつけていた。彼女は、まさに厳格な家庭教師そのものの鋭い眼光を放っている。
「うるさいわ! ウチの脳みその記憶容量はとっくにオーバーフローを起こしとんねん! 誰かウチの脳に直接英単語をインプットする機械作ってくれへんか!?」
「機械工学部の知識をそんな不純な目的で使おうとしないでください!ほら、次は数学です!火燐さん、こちらの微分積分の問題の解法を説明してください!」
水琴が間髪入れずに隣のページをバシィンと叩くと、今度はタートルネックの袖を捲り上げた火燐が、豪快に眉根を寄せて卓上の数式を睨みつけた。
「おい水琴! アタシにこの数字の羅列を見せるんじゃねえ!なんで数学のくせに『x』とか『y』とかアルファベットが混ざってんだよ!ややこしいんだよ! 全部りんごとかみかんに例えてくれよ! 『りんごがx個ありました』って言われなきゃ頭に入らねぇだろ!」
「高校数学の変数をすべて果物に置き換えたら問題文が果物狩り状態になって論理的思考が崩壊します! 『リンゴのx乗』とか意味がわかりません! お二人とも、腹を括って基礎の公式から叩き込みますよ!」
水琴の怒号にも似たスパルタ指導が部屋中に響き渡る。少林寺拳法部で鍛えた火燐も、機械工学部の理子も、オタク特有の超高速かつ論理的な水琴のマシンガントークの前には、手も足も出ずに白目を剥いて悶絶するしかなかった。
「ふふ、二人ともファイティングポーズが完全に崩れているわね。ほら、少し休憩にして、お母様が淹れてくださった温かい紅茶とクッキーでもいただきましょう?」
カツン、と上品なお茶会のような優雅な所作で湯呑みをテーブルに置いたアイシャは制服の上からでもはっきりとわかる規格外の美貌と包容力を持ち、最年長である彼女が優しく微笑むだけで、殺伐とした部屋の空気がふっと和らぐ。
「お、お姉様ぁ〜っ! 助けてくださぁい! 水琴という名の悪魔がウチらを理詰めで殺しにきてますぅ〜っ!」
「アタシも拳の修行なら幾らでも耐えられるが、この謎の文字化け問題集には勝てる気がしねぇ……!」
理子と火燐が縋りつくようにアイシャのロングスカートの裾に泣きつくと、アイシャは「あらあら」と困ったように目を細め、二人の頭を撫でてやった。
そんなドタバタ劇の少し離れた場所で、パステルピンクのトレーナーを着た時子が、鉛筆を握りしめながら不安そうに眉を下げていた。
「うぅ……私も試験本番でマークシートのズレとか、解答欄の列誤記をしちゃいそうだから、すごく不安だよぉ……。私、昔からそういうドジ多いし……」
時子が涙目でポツリと呟くと、理子と火燐に教鞭を執っていた水琴が、スッと手帳をめくりながら冷静な口調で振り返った。
「時子さん、安心してください。あなたの平時の学力データおよび提出物の評価を分析した結果、あなたの基礎偏差値は平均点より上です。知識面における心配は一切ありません」
「「ええぇぇぇぇっ!?!? 時子(お前)、ウチ(アタシ)らより頭ええ(いい)んかい/かよっ!?」」
一瞬の静寂の後、理子と火燐がハモったような絶叫をあげてガタッと立ち上がった。
「な、なんでや時子!? いつもドジ踏んで階段から転がり落ちたり、テスト前に『ふぇぇ〜』って半泣きになってるから、当然ウチらの赤点同盟の同志やと思ってたのに!裏切りや! これは友情の裏切りやで!」
「そうだぞ時子! ドジッ娘キャラのくせに普通に平均点以上取ってるとかズルいだろ! アタシたちの立場がねえじゃねえか!」
ガタガタとテーブルを揺らして詰め寄る二人に対し、時子は「ふぇぇっ!?」と両手を前でバタつかせて縮こまった。
「あ、あのね!? 転んだりお菓子食べ過ぎたりするのはドジだけど、お勉強はフツーに予習復習してるからだよぉ〜っ! 裏切ってないよ〜っ!」
「時子さんの言う通りです」と水琴がメガネをクイッと直して補足する。「問題なのは時子さんの知識量ではなく、試験本番で彼女の『物理的ドジッ娘スキル』が発動し、名前の書き忘れやマークシートの列誤記で自爆することだけです。したがって時子さんに必要なのは知識の補填ではなく、徹底した『見直し癖』をつける練習です! さあ時子さん、この模擬解答用紙のマークズレを三回見直しなさい!」
「は、はいぃっ!」
水琴から渡された模擬マークシートに向き合い、時子は真剣な表情で鉛筆の末端を目で追い始めた。
「一番は……うん、合ってる。二番も……大丈夫。三番は……ふあぁ……」
しかし、静かな部屋の中で集中してシートを見つめているうちに、時子の瞼が猛烈な重さに襲われ始めた。連日の戦いによる肉体の疲労と、満腹感、そして温かい暖房の風。時子の頭がカクン、カクンと船を漕ぎ始める。
「ん……むにゃ……見直し、かんりょう……」
「あら……時子ちゃん?」
限界を迎えた時子の体が、グラリと横へ倒れ込んだ。
ポフンッ
その小さな頭部が吸い込まれるように収まったのは――隣で膝を揃えて座っていたアイシャの、規格外に豊満な胸元であった。
「んぅ……ふあ……すごく……あったかくて……柔らかいよぉ……」
アイシャの深紅のニット越しに伝わる圧倒的な柔らかさと、甘く洗練された香水の上品な香りに包まれ、時子は「へへっ……お布団だぁ……」と幸せそうな笑みを浮かべると、そのままアイシャの胸に顔を埋めて本気でぐっすりと眠りに落ちてしまった。
「あらあら……ふふ、時子ちゃん、集中力が切れちゃったのね。お疲れ様」
アイシャは愛おしそうに目を細めると、自分の豊かな胸元にすっぽりと埋まった時子の頭を、優しい手つきでトントンとあややすように撫でてやった。
「「……っ!!!?」」
その甘やかすぎる光景を目の当たりにした理子と火燐の顔が、怒りと羨ましさで真っ赤に沸騰した。
「おい時子! ズルいぞ自分だけっ! ウチらが古代呪文と果物数学で脳みそ溶けそうになってる時に、アイシャ先輩の規格外の胸元を高級クッションにして熟睡してんじゃねえわ!」
「そうだぞ! アタシにもその極上の抱き枕をかけさせろ! アイシャ先輩、アタシも頭が痛いのでその胸にダイブさせてください!」
「ふふ、火燐ちゃんも理子ちゃんも、テストで良い点を取ったら、いくらでも抱きしめてあげるわよ?」
「「よっしゃあああ持ち上がってきたでぇぇぇっ!水琴、次の問題持ってこい!!」」
現金すぎる二人の叫び声が響き、天野家の勉強会は再びカオスな熱気に包まれていった。
やがて、賑やかな勉強会の声が少し落ち着きを見せ始めた夕暮れ時。天野家の窓の外には、街並みを鮮やかな赤銅色に染め上げる美麗な夕空が広がっていた。
アイシャの手によって手際よく淹れ直された緑茶の湯気が、部屋の中に静かな安らぎの香りを漂わせている。アイシャの膝の上で小さく息を吐きながら眠る時子の穏やかな寝顔を囲み、理子、火燐、水琴の四人は、そっと声を落として顔を見合わせていた。
「ふぅ……なんやかんや言うて、みんなでこうやって集まって勉強するんも、悪くないなぁ」
理子が自分の右手をそっと左手で包み込み、硬直の痺れを誤魔化しながら、柔らかい笑顔を浮かべた。
「ふん、アタシは勉強なんて二度とごめんだが……まあ、悪くねえよ。みんなでワイワイやるのはさ」
火燐もタートルネックの襟元を少し緩め、赤髪を揺らしてフッと口元を緩める。
「ええ。試験を無事に乗り越えれば……次は、あの福引きで当てたネズミーランドと、豪華スイートホテル宿泊ですね」
水琴が眼鏡の奥の瞳を温かく緩め、静かに手帳を閉じた。
「そうね。みんなでたくさんの思い出を作りましょう。どんな困難が待ち受けていようと、わたしたち五人の絆があれば……絶対に乗り越えられるわ」
アイシャが熟睡する時子の髪をそっと耳にかけ、心からの愛おしさを込めて呟く。
窓から差し込む茜色の夕陽が、少女たちの身体を優しく包み込んでいた。日常の裏側で確実に刻まれ続ける『代償』の恐怖も、自分たちを脅かす過酷な運命も、この温かな空間の中では遠い幻のように感じられた。
この眩しく愛おしい日常を守り抜き、ずっと五人で笑い合いたい――言葉にせずとも繋がる強い誓いの余韻が、静かな部屋の中にどこまでも深く満ちていた。
少女たちが茜空の下で温かな絆を確かめ合っていた、まさにその時刻。
街の喧騒から一本入った静かな路地裏に、一人の生徒が佇んでいた。
鳳凰学園の冬用制服をビシッと着こなした、高身長でスレンダーなスタイル。宝塚のトップスター男役を思わせる凛とした佇まいの美少女――彩花は天野家での勉強会には最初から同行せず、一人でこの場所を訪れていた。
仕立ての良い私服コートの裾を軽く揺らし、彩花が向かったのは、木の温もりが漂うアンティークなカフェ『エスペランス』。
カラン、コロン――。
ガラス扉を開けると、澄んだベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ――あら? 彩花ちゃん!」
カウンターの奥から、エプロン姿の店主・小波優子が驚いたように、そして心底嬉しそうに目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ふふ、こんばんは、優子さん。また一人で来ちゃいました」
彩花はいつもの男役風の凛とした雰囲気を漂わせつつも、どこか華奢で守ってあげたくなるような「妹風」の儚げな笑みを浮かべ、優しくお辞儀をした。
「あらあら、大歓迎よ! どうぞ、カウンターの特等席へ座ってね。今日も温かいココアにする?」
「はい。優子さんの淹れてくれるココア、すごく美味しくて心がほっとするんです」
彩花がちょんとカウンター席に腰掛けると、優子は手際よくミルクを温め始めた。
「今日は、時子ちゃんたちは一緒じゃないの?」
優子が優しく問いかけると、彩花はココアのカップを両手で包み込み、少しうつむき加減に呟いた。
「はい……時子ちゃんたちは今日、みんなで集まってテスト勉強をするって張り切っていて……。僕、転校してきたばかりだし……みんなの邪魔になっちゃうかなと思って、辞退してきたんです。なんだか……まだ輪に入りづらくて……」
寂しげに、けれど健気に微笑む彩花の言葉。
その一言は、誰にでも深い愛情を注ぐ優子の「守ってあげたい母性」を強く刺激した。優子は胸を痛め、カウンター越しに身を乗り出すと、彩花の華奢な両手を自身の温かな手で優しく包み込んだ。
「そんな風に気を使わなくていいのよ、彩花ちゃん!あなたはとっても素敵で、良い子なんだから。……不安になったら、いつでも私を頼ってね。私はいつでも、彩花ちゃんの味方だから」
「優子さん……! ありがとうございます……っ!」
感極まったように可憐な笑顔を咲かせる彩花。
表向きは、自分を理解し包み込んでくれる優しい年上の女性に救われた、一人の可憐な生徒の姿そのものであった。
しかし――優子が手元を片付けるために、温かな笑顔のまま背中を向けたその一瞬。
彩花の瞳から、すべての光と熱が雲散霧消した。
(――ふふ。本当に温かくて、美しい人だなぁ……)
重ねられた手の温もり、鼻腔をくすぐる香ばしい珈琲と甘いシロップの匂い、そして店内に溢れるあまりにも無償で無防備な善性。
それらすべてを愛おしむように感じ取りながら、彩花は瞳の奥に深海のような冷徹な光を明滅させた。
(僕の言葉を一つ残らず信じて、こんなにも愛おしそうに温もりをくれる……。時子ちゃんたちが命がけで守ろうとしているこの『居場所』と『笑顔』……。あの子たちが幸せの絶頂を味わった後で、僕が一番綺麗な形で、絶望の核に変えてあげるからね……)
湯気の立つココアを一口啜り、彩花は窓ガラスに映る自分の可愛らしい影を見つめ、どこまでも無邪気で平然とした笑みを深めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
水琴大爆発な回でしたね。
彩花がどんどん侵食してきました。今後どうなっていくんでしょうか((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!
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