第1話「運命のクロックジャッジメント」
※この作品はダークな展開やシリアスな描写、ちょっと過激なスキンシップなどが含まれます
「――時間を止めるたび、私は少しずつ、この世界から遠ざかっていく。でも、それでも、私はこの日常を守りたかった。」
「ふぇぇっ!?う、うわああぁぁぁ――っ!?」
派手な効果音とともに、視界が九十度横に回転した。
ドドドッ、と派手な音を立てて倒れ込む。手から滑り落ちた通学カバンが美しい放物線を描き、道端の生け垣へ深々と突き刺さった。
「あだだ……またやっちゃった……」
膝を擦りむきながら半泣きで立ち上がると、頭上から呆れ果てた溜め息が降ってくる。
「……ほんま、相変わらずのドジっぷりやな、時子。転び方のキレだけはプロ級やで」
「違いねぇ。まさか何もない平坦なアスファルトで一回転してこける奴があるかよ。なぁ時子、お前の三半規管って豆腐か何かで出来てんのか?」
呆れ顔で手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の土屋理子と、美輪火燐だ。
「うぅ……理子ちゃん、火燐ちゃん……。地面のほうが私に突っ込んできたんだよ……?」
「どんな地殻変動やねん!はいドーン!ここでウチの爆笑ギャグが一発……って言いたいとこやけど、ツッコミのキレも鈍るわ!」
理子がコテコテの身振り手振りで肩をすくめると、生け垣から私のカバンを引っ張り出してポンポンと払ってくれた。
「ほら、時子。脚についた泥、これで拭いとき。……ったく、相っ変わらず昔から放っておけんことばっかすんなぁ」
「理子ちゃん、ありがとう」
「ふぇぇ、地元に戻ってきてから散々だったから、二人がいてくれて本当に良かったよぉ……」
涙目でお礼を言いながらティッシュで泥を落としている私に、二人は顔を見合わせて苦笑した。
私、天野時子。十六歳。
親の都合でこの街に戻ってきて数週間。ドジで間抜けで、一日三回は転ぶのが日常茶飯事の、ごく普通の高校二年生だ。
だけど、そんな私にも自慢できるものがある。最高に温かくて優しい友達がいること。
「ささっ!じめじめした空気は終わりや!今日は時子との再会と、ウチらの友情結成記念パーティーやで!」
「お、いいねぇ。理子、例の店か?」
「当たり前や! レトロカフェ『クロック』の看板メニュー、特製ジャンボパフェ一択やろがい!」
商店街の角にあるレトロな喫茶店。店内に入ると、甘いシロップと香ばしい珈琲の香りが鼻腔をくすぐる。運ばれてきたのは、グラスの底が見えないほどフルーツと生クリームが盛られた巨大なパフェだった。
「うわあああぁ……っ!すごい、夢みたい……!」
「へへん、すごいやろ?さあさあ、遠慮せんと食いつきな!」
「理子!アタシは一番上の苺、もらうからな!」
三人のスプーンが交差し、賑やかな笑い声がテーブルを満たしていく。
甘くて、美味しくて、心がぽかぽかと温かくなる。
この時間が、この日常が、ずっとずっと続けばいいのに。
私は心から、そう思っていた。
――そう、あの時までは。
「……行かなきゃ……」
ガラス越しの街灯に、ふと暗い影が落ちた。カフェの窓の外を、一人のサラリーマンが通り過ぎていく。
酷く疲弊した顔。擦り切れたスーツ。虚ろな目でスマートフォンを見つめ、ぶつぶつと呪詛のように呟いていた。
「行かなきゃ……仕事……残業……会社に……行かなきゃ……」
どこか不気味なその背中を一瞬だけ追ってしまったけれど、すぐに火燐の声で眼前のパフェに戻された。
「どうした、時子?生クリーム、鼻についてるぞ」
「ふぇっ!?え、うそっ、どこ!?」
「あはは!ほんま時子は見てて飽きへんなぁ!」
店内は温かな笑い声に包まれていた。
窓の外の男が、その直後、商店街の薄暗い路地裏へと消えていったことなんて、誰も気にとめていなかった。
「ふぅ~!美味しかったぁ……!」
パフェを食べ終え、「また明日ね!」と手を振って二人と解散した私は、夕暮れ時の帰り道を一人歩いていた。
橙色に染まる街並み。西日が影を長く伸ばしている。
「今日は楽しかったな……。理子ちゃんともまた一緒に学校に通えるようになったし、火燐ちゃんとも仲良くなれたし……」
一人でへへっと笑いながら歩いていた、その時だった。
――カチリ。
頭上から、妙に耳に残る金属音が響いた。
時計の秒針が刻むような、重厚な音。
「え……?」
足を止めた瞬間、カバンのポケットから落ちた物がゴツンと当たり、膝に衝撃が走る。
「痛っ……何これ?」
拾い上げたのは、掌に収まるサイズの古風な懐中時計だった。
クラシックゴールドの重厚な装飾。中央には荒々しくも気高い「ライオン」の意匠が施されている。
(こんなの、カバンに入れてたっけ……?)
首を傾げたその瞬間。
「――おい、そこのドジッ娘。のんきに首を傾げている場合か?」
「ひゃうっ!?」
声は手の中の懐中時計から聞こえていた。
驚きのあまり懐中時計を放り投げそうになる私。だが、それよりも早く、時計の隙間から「黒い煙」が吹き出し、目の前の地面で凝縮された。
パンッ!と小さな弾ける音とともに現れたのは――
「……ライオンの、ぬいぐるみ……?」
三頭身ほどの、モコモコとしたライオンのぬいぐるみだった。
つぶらな瞳だが、その表情はどこか生意気で、腕を組んで私を睨みつけている。
「誰がぬいぐるみだ。俺はレオ彦だぞ。初対面の相手に対して失礼な奴だな」
「しゃ、喋ったぁぁぁぁっ!??ぬいぐるみが喋ったぁぁっ!?」
「うるさいぞ、声を張るな。それより前を見ろ。お前の『日常』とやらが破綻するぞ」
「え……?」
レオ彦と名乗るモノが示した先――先ほどサラリーマンが消えていった路地裏から、地面を揺らす不快な重低音が響いてきた。
ゴゴゴゴゴ……ズザザザザッ!
「……助け……て……。会社……行かなきゃ……」
「ヒッ……!?」
声が聞こえた。
だが、そこから現れたのは「人間」ではなかった。
体長三メートルを超える、異形の大獣。全身を覆うのは荒々しい黄金色の毛皮と、破れかぶれたビジネススーツの残骸。
巨躯のライオンそのもののビジュアルだが、最大の異常はその「頭部」だった。
ガチガチと音を立てて上下に大きく開くライオンの巨大な顎。
その口の深奥から、苦悶の表情を浮かべた人のような「生の顔面」が不気味に覗いていたのだ。
さらには、太いライオンの前足の先から、鋭い爪に混ざって、人間の生々しい関節と指先が不自然に突き出している。
「ア……ガガガッ……!助けて……残業……残業しなきゃ……!」
「な、なに……これ……怪物……!?人間が、食べられてるの……!?」
「違う。あれは『キメラ・コア』だ。裏の世界の核と生物の因子、そしてこの世界で渦巻いている『人間の精神』が融合した異形だな」
レオ彦は事務的な、驚くほど冷淡な声で言い放った。
「ヒッ……嫌、嫌ぁぁぁっ!」
怪物が咆哮を上げた。
「ガアアアアアアアアアアアアッ――!!」
ドォォォォン!!
空気そのものが裂けるような凄まじい衝撃波。通り沿いの街灯のガラスが一斉に粉砕され、激しい爆風が私を襲う。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
吹き飛ばされ、地面を転がる。擦りむいた膝から血が滲み、痛みが脳を焼く。
恐怖でガタガタと震えが止まらない。
「こんなの、映画の中のバケモノだけで十分だよぉ……」
(っ……!?理子ちゃんと火燐ちゃんは……!?)
不意に、強い焦燥感が胸を突いた。
二人はさっき別れたばかりだ。まだ近くの通りを歩いているかもしれない。もしこの怪物が暴れ回ったら、二人だって巻き込まれてしまう――!
怪物は咆哮の合間に、口の中にある顔を歪ませながら、涙を流してうめいていた。
「働かなきゃ……家族のために……殺して……いやだ……働かなきゃ……!」
「……っ!」
足の震えが、止まらなかった。
逃げたい。今すぐ、ここから走り去りたい。
なのに——。
理子ちゃんの笑い声が、火燐ちゃんの呆れた顔が、パフェを囲んで笑ったさっきの時間が、頭の中を駆け巡る。
壊されたくない。
あの日常を、壊されたくない。
「逃げないのか、ドジッ娘?」
レオ彦が横目で私を見上げる。
「逃げたら……逃げたら、みんなの時間が壊れちゃう……!二人の無事な日常も、守れなくなっちゃう……! 私……ドジで、何もできなくて、いつも助けられてばっかりだけど……何とかしなくちゃ!」
私は血の滲む膝を押しつけ、しっかりと両足で地面を踏みしめた。
「私が……みんなの時間を守るんだからっ!!」
「フン、言ったな。ならその時計を掲げろ。腹を括ったなら、力を貸してやる!」
私は叫びながら、掌の懐中時計を空高く掲げた。自然と知らない言葉が頭に思い浮かぶ。
「クロノ・クロスフィア――ッ!!」
――カチリ。
叫んだ言葉と同時に重厚な時計の秒針の音が、世界から一切の効果音を消し去った。
風の音も、夕暮れの街の喧騒も、すべてが途絶える。怪物と私の叫びだけを残して。
景色から色が失われ、白と黒のモノクロームへと反転する。時間が停止した左右反対の世界――「裏の世界」――
私の背後の空間が歪み、全高十メートルを超える巨大な「光の歯車」が突如現れ、ズズズ……と展開した。
文字盤が眩いクラシックゴールドに発光する。
『チク・タク……チク・タク……』
秒針が猛烈な勢いで逆回転を始める。
着ていた制服が光の粒子となって解け、光の糸となって私の身体を包み込んでいく。
重厚でシックなゴスロリ調のドレス。巨大な光輝く歯車はサイズを変え背中に。胸元には黄金の砂時計型ブローチが嵌まり、スカートの裾から眩い砂時計の光が溢れ出す。
そして――空間の裂け目が豪快に開いた。
ズドンッ!!!
私自身の身長を遥かに超える、超重厚な鉄塊の大槌【クロノ・ハンマー】が地面に突き刺さる。
「……くっ……ふぅぅっ!」
華奢な腕で、その巨大な柄を力任せに掴み上げる。重いはずなのに、不思議と腕に力が満ちていく。肩へと軽々と担ぎ上げ、一閃。振り下ろした衝撃波だけで、モノクロの空間がグラリと揺れた。
私の瞳の虹彩に、黄金の「ローマ数」がカットインする。
瞳に刻まれたのは「Ⅻ」の文字。
凛とした静寂の中、私は大槌を構え、目の前の怪物を見据えた。
「――あなたの時間を、止めます」
魔法少女クロノ・レオ。それが、私の覚醒だった。
「ガアアアアアッ!会社に……行かせろぉぉぉっ!」
時空反転され静止された世界の中で、怪物が正気を失った咆哮とともに襲いかかってくる。
鋭い肉爪が迫る。速い。だけど――
頭の中で、何かがカチリと音を立てた。
突進してきた怪物の動きが、ピタリと空間に固着する。
飛びかかった体勢のまま、時間が数秒間、完全に停止した。
「これが……私の力……!レオ彦さん!」
「何をぼさっとしている!一気に決めろ、時子!」
「うんっ!はあああぁぁぁぁっ!!」
私は大鎚を両手で強く握り締め、全身の踏み込みとともに跳躍した。
背後の光の歯車が高速回転し、大槌の頭部に莫大な黄金の魔力が凝縮されていく。
時間が動き出す直前――頭上から、全力の体重と魔力を乗せて叩きつける!
「必殺!!クロックジャッジメントッ!!!」
ゴギャアアアアアアッッッ!!!
必殺の一撃が、怪物の頭部を真っ向から粉砕した。
肉が弾け、骨が砕ける重苦しい重低音が響き渡る。
「ガ……ア……ありが……と……」
怪物の口奥の顔が、最後に一瞬だけ安らかな笑みを浮かべた気がした。
次の瞬間、破壊された肉体は一筋の眩い「光の塵」と「黒い灰」となって風に舞い、綺麗さっぱり消滅した。
ふぅ、と息を吐き、変身が解ける。
モノクロの世界が元に戻ると同時に制服姿に戻った私は、その場にへたり込んだ。
「はぁ……はぁ……」
膝が、言うことを聞かない。手が、まだ大槌の感触を覚えているみたいに、開いたり閉じたりを繰り返す。
「……フン。ドジッ娘の割には上出来だ。街は守られたぞ」
懐中時計からレオ彦の声が聞こえる。
私はまだ震えの止まらない手で、ポケットからスマートフォンを取り出した。
三人で作ったグループメッセージを開と、ちょうど一分前、二人のメッセージが届いていた。
『家着いたで〜!時子も気ぃつけて帰りや!』(理子)
『家ついた。時子、家まで一番遠いんだからまた転んで怪我すんなよー』(火燐)
「……ふふ、よかったぁ……!二人とも、ちゃんと無事におうちに着いてた……っ!」
指先の震えが、ようやく少しだけ収まった。画面を握る力が緩み、熱いものが視界をにじませる。
だけど――立ち上がろうとした私の視線が、怪物が灰となって消えた跡地に留まった。
ポツン、と。
誰もいないコンクリートの上に、何かが転がっていた。
「……え?」
歩み寄り、それを拾い上げる。
血と灰で酷く汚れた、プラスチック製の社員証だった。顔写真の枠には、さっきまで怪物の口の奥で苦しんでいた、あのサラリーマンに似た顔が印刷されている。
『〇〇商事 営業部 小林〇〇』
「……似てる……?どうして、これが……?」
「……余計なことを考えるな」
レオ彦の声が、いつもより少し低い。
「それより、よく覚えておけ。お前が時間を止めれば止めるほど、お前自身の『存在の時間』が世界から削られていく」
社員証の縁が、掌に食い込む。
何も言えなかった。
「今回は無意識に使っただけだ。だが、安易に頼るな。その代償は、想像以上に重いぞ」
それ以上を語ることなく、レオ彦は懐中時計の中へとスッと吸い込まれていった。
不気味な沈黙が、色を取り戻した夕暮れの街に、ただ静かに満ちていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ドジっ子高校生、時子の魔法少女デビュー回です。
魔法少女たちの運命が今後どうなっていくのか、ぜひ見届けていただけると幸いです!
※最初の設定は中学生でしたが今後の内容を見据えると無理がありましたので高校生に変えさせていただきました。m(_ _)m
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