第七話:無題のまま、出ちゃった
「よし……もう、止まらん……!」
自宅のちゃぶ台で、ノートPCを前に、誠司は指を動かし続けていた。
昨夜、“モッコリウス”が消えてから、何かが変わった。
いや、変わったというより――
壊れた。
「今日、僕は夢を見た――」
そこから始まった物語は、
登場人物が勝手に動き出し、
主人公のセリフが脳内に浮かび、
背景すらも文章の外から迫ってくるような感覚。
気づけば、3万字。
無題のまま、出ちゃっていた。
「これ……マジでヤバいかもしれん……」
そうつぶやいたのは、嬉しさじゃなかった。
“3万字も書いたのに、まだ誰にも読ませていない”
“これは面白いのか? 俺の思い込みじゃないのか?”
“『また変な方向に行ってません?』って、三ツ谷に言われたらどうしよう”
画面のファイル名は、まだ『無題_仮ver』のままだ。
にもかかわらず、本気のエネルギーだけが先に暴発していた。
「はぁ……タイトル、どうしよう」
候補を書いてみる。
・『透明な風に、君を重ねて』
→ さすがにキザすぎる。
・『名前のない僕らがいた』
→ なんか似たの絶対ある。
・『光のない星に咲く』
→ それ、“もっこり星”に通じるやつだろうが!
悩んでいると、
ふと、LINEの通知が鳴った。
送り主は――三ツ谷。
【先生、最近書いてますか?】
【もっこり系じゃないやつでも、そろそろ読ませてください】
誠司は、指を止めた。
スクリーンのカーソルが点滅する。
「見せるのか……これを……?」
“無題のまま出ちゃった”ものを、
人に見せる勇気があるのか?
“これは“仮”なんです、本番じゃないんです”
と言い訳したくなる、そんな自分がいた。
でも、それでも。
「……送るか」
ファイルをPDFに変換し、
タイトルをこうつけた。
『無題(仮)』
送信ボタンを押したあと、
誠司は深く、深く、ため息をついた。
その夜、返信は来なかった。
ただ、未読だったLINEが、
夜中の3時に「既読」になったのだけは、
小さく、誠司の心を揺らした。
つづく




