第三話:「出すなら、今でしょ?」
登場人物:
三ツ谷 杏【27歳】
誠司の元・担当編集にして、唯一の戦友(?)
『もっこり大戦争』の書籍化を社内でゴリ押しした立役者。
現在は部署異動し、“企画回収班”に配属中。
再ブームを狙って「“もっこり”リバイバル企画」を持ってきては誠司を困らせる。
しかし本心では、彼が“本気の作品”をもう一度書く姿を見たいと思っている。
その日、古本屋の扉がカラリと開いたのは、
午後の紅茶を一口飲んだタイミングだった。
チャイムの音で顔を上げると、
そこにはスーツ姿の女が、日焼け止めの匂いをまとって立っていた。
高めのヒール、ハキハキした動作、冷静な目元。
忘れるわけがない。
「おひさしぶりです、高槻先生。三ツ谷 杏です」
彼女は、俺の担当編集だった。
いや、今も「一応」担当編集ということになっている。
『もっこり大戦争』を世に送り出す際、
「書店に怒られても構いません!」と編集会議でゴリ押しした武闘派。
でも今は、出版社の中でも“文芸とは距離を取っている部署”に異動になっていた。
つまり、もっこりの後始末係。
「先生、連絡取れないんで、職場突撃しました」
「今のバイト先、ほんとに古本屋だったんですね……泣けます」
「やめろ、その目。哀れみを添えるな」
「で、“二発目”、どうなってますか?」
いきなり来やがった。
核心という名の、俺が最も“出したくない話”。
「実はですね、社内で“再ブーム狙い”の企画が動いてまして」
「あの“もっこり”を現代に甦らせようって話なんですよ」
「……どういう意味?」
「“もっこり大戦争リバース”です」
「現代社会とジェンダー観をテーマに再構成したら、ワンチャン流行るかなって」
「は?」
三ツ谷はバッグから資料を取り出した。
そこには──
『もっこり大戦争 Re:装着編』
『もっこり無双伝〜多様性への挑戦〜』
『パンツ星からの警告2025』
という、**“地雷ワードと現代トレンドの悪魔合体”**みたいなサブタイトル案がズラリと並んでいた。
「……なあ三ツ谷。俺、もう“あれ”をやる気力ないんだよ」
「でも先生、“あれ”しか出てないんですよ?」
「……言い方よ」
「先生。“早すぎた一発”のあと、何年ですか? 5年ですよ」
「もういい加減、“出す”か、“終わる”か、決めてください」
そう言い放った三ツ谷の目は、かつて俺が“あの原稿”を渡したときと、同じ目だった。
あの時は、「おもしろすぎてトイレで読みながら笑って泣いた」って言ってくれたっけ。
店の扉が再び開いた。
「あの、これ買取お願いしまーす」
若い女の子が差し出した紙袋の中には――
またもや、俺の『もっこり大戦争』が入っていた。
三ツ谷が見て、クスッと笑った。
「人気ですね、相変わらず。30円で。」
俺は思わず、
「……おまえが言うなよ」
とだけ、小さく言った。




