第十二話:入れる前にバズった
「……読ませてもらいました。先生」
三ツ谷からの返信は、日曜の夜中、0時38分。
誠司はその通知を布団の中で見て、すぐに飛び起きた。
【前半の静けさ、後半の熱、どちらも先生らしくて驚きました】
【タイトルはともかく、中身は文句なしです】
【このまま編集会議に出します】
「……まじか」
画面ににじむ涙を、
誠司は枕でそっと拭った。
翌日、カタスミ書房の休憩スペース。
いつものようにノートPCをいじりながら、
誠司は“自分の原稿が会議に提出される”という事実を、まだうまく飲み込めていなかった。
そのとき、三ツ谷から追加連絡が来た。
【会議提出用に、編集部サーバーの共有フォルダに保存しました】
【タイトルファイルだけ先にアップしたので、順番に内容反映していきますね】
誠司は「了解です」とだけ返した。
まさかその判断が、事態の引き金になるとは、このときまだ知らなかった。
火曜日の昼過ぎ。
「先生、Twitter……あ、Xでしたっけ。ちょっと開いてもらっていいですか?」
三ツ谷からの電話は、
なぜか笑いをこらえるような声だった。
誠司がスマホを開くと、タイムラインに自分の名前が流れていた。
いや、正確には自分の“作品タイトル”が、だ。
ハッシュタグが踊っていた。
#その名前まだ入れてないだけ
#新作か!?
#名前を入れるってそういう…
「……ちょ、待って、え? 俺、まだ本文出してないよ!?!?」
どうやら、編集部の共有用フォルダに保存したタイトルファイルが、
何らかの手違いで社内プレリリース担当者のアカウント経由で一部関係者に通知 → そこから外部流出したらしい。
タイトルだけが、拡散された。
本文は非公開。
でも、ネットはタイトルだけで勝手に盛り上がる。
「“まだ入れてないだけ”ってそういう……え、エロ小説じゃないの!?」
「“名前を入れる”って……アレでしょ?察した(ニヤニヤ)」
「新作表紙は“濡れた手の甲アップ”だな」
誠司は崩れ落ちた。
「違う……全然違う……今回は、本気で“感情に名前を与える話”なんだよ……」
でも誰も中身を読んでいない。
“名前を入れる前にバズる”という最悪の形で、
誠司の“本番”は、世間に晒された。
三ツ谷が、少し申し訳なさそうに連絡してきた。
「でも先生、こういうのも“話題になる”って意味ではチャンスですよ」
「まさかタイトルだけで、ここまでバズるとは……」
「……“出した甲斐”、ありましたね!」
「うまいこと言うなァァァ!!今だけはやめろォォ!!」
通知が鳴り止まない。
“まだ中身を見ていない”人たちのコメントが、
誠司のスマホに、何百通と押し寄せてくる。
そして誠司は、そっとスマホを裏返し――
「……また“もっこりの人”に戻るのか、俺……」
と、ため息まじりに笑った。
つづく




