第十一話:出したあとの賢者タイム
原稿を送ったのは、昼の13時12分だった。
タイトルは**『その名前、まだ入れてないだけ。』**
誠司にしてはギリギリのラインで攻めた“本気とネタの合い盛り”だ。
「送った。送ったぞ……俺……」
自室の布団に突っ伏しながら、誠司はつぶやく。
やりきった感、達成感、解放感――
そしてすぐに襲ってくる“猛烈な不安”。
「やば……あれ、タイトルふざけすぎたか……?」
「え、俺“まだ入れてないだけ”って何言ってんの……?」
「三ツ谷に“バカじゃないですか?”って思われてたらどうしよう……」
5分おきにスマホをチェック。
LINEの通知はなし。メールの既読通知も当然来ない。
何回見ても、画面には同じ表示:
既読:ついてない
「……これが“出したあとの賢者タイム”ってやつか……」
誠司は天井を見上げ、ひとりごちる。
何かを出したあとって、どうしてこんなに全部がどうでもよくなって、
それでいて怖くなるんだろう。
ノートPCを開いてみる。
昨日まで命を吹き込んだ原稿ファイルを前にしても、
今はなぜか、**“よくこんなもん書いたな自分”**という目でしか見られない。
「これ、ほんとに三ツ谷に送ったのか……?
これ読まれて、“面白い”って思ってくれるんか……?」
誠司はベッドに潜り込んで、
スマホだけ顔の横に置いて目を閉じた。
画面の向こうで、何かが動いてるはず。
でも今は、まだ届かない。
その夜、夢の中にモッコリウスは現れなかった。
代わりに、全身スーツ姿の編集会議室らしき空間が現れて、
中で“もっこり”という単語が繰り返し議論されていた。
誠司は、布団の中で目を覚まして――
「やめてくれ……今は……見たくないんだ……」
と、小声でつぶやいた。
つづく