第十話:ここまできたら、“本番”いくしかない
「提出期限、今週金曜です」
三ツ谷からのLINEは、いつも通りテンションが読めない。
でも、その一文の重さは、これまでで一番だった。
原稿:6万字超え
ファイル名:無題_仮ver
タイトル:まだ出てない
「仮のまま提出しても……バレないかな……」
誠司は薄っすらと現実逃避を始めたが、
すぐに、永田さんの顔が浮かんだ。
「“仮”のまま出す本は、だいたい返品されるぞ〜」
あの適当なオヤジのくせに、
たまに“正論が直球すぎて反論不能”なのがほんと腹立つ。
誠司は覚悟を決めて、
ノートPCのファイル名を「_仮ver」から「_ver1.0」に変更した。
その瞬間、なぜか指が震えた。
「タイトル……つけるか。もう“本番”なんだしな……」
そして、タイトル欄にカーソルを合わせた。
誠司は、深呼吸して――
打ち込んだ。
『その名前、まだ入れてないだけ。』
画面に表示されたそのタイトルを見て、
誠司はしばらく無言だった。
ふざけてるようで、どこか切実で。
出せなかった言葉たちをようやく“入れた”気がした。
そのとき、後ろから永田さんの声が聞こえた。
「……うん、いいじゃないかそのタイトル」
「え、マジですか?」
「“まだ入れてないだけ”ってのはな……
本当に大事なもんは、最後にそっと“入れる”もんなんだよ」
「……いや、言い方がいやらしいです」
「誉め言葉じゃよ」
そのまま、誠司はファイルをPDFに変換し、
メールに添付。
件名:
【新作原稿:高槻誠司/タイトル『その名前、まだ入れてないだけ。』】
本文:
「こちら、本気で書きました。ご確認ください」
“送信”を押したあと、
彼は初めて、“出す”ことに恐怖がなかった。
つづく




