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第12話 フェリクス様のとっておきな場所

 サンドイッチの包みを持って、私たちはお屋敷に戻ってきた。

 フェリクス様は、とっておきの場所に連れて行くと言っていたけど。──手を引かれ、広いお屋敷の中庭を抜ける。そうして、やってきたのはダンジョンの管理棟。

 この前は渡り廊下から直接、フェリクス様の執務室へ向かったけど、今日は正面入り口から中へと入った。


 エントランスは賑やかで、多くの人が行き来している。皆、フェリクス様の姿に気付くと挨拶をするけど、街であった人たちみたいに囲むようなことはなかった。


「ここが……とっておきの場所ですか?」

「まさか。それだと俺がよほどの仕事バカのようだろう」


 一瞬、きょとんとしたフェリクス様は、噴き出して笑い飛ばした。

 中央の大きな階段を上がり、ふと振り返って見るけど、誰もこちらを気にしていない。皆、忙しそうに行き来している。外から帰ってきたのか、これから出かけるか、外套を着ている方もいた。

 さらに進んだ先でも、大きな箱や紙の束を抱えいる人とすれ違ったり、騒がしい部屋の前を通ったりした。


 私の姿を見て嫌な顔をする人は一人もいない。

 これがお父様の働いている宮廷内であったら、きっと、奇異の眼差しを向けられたり噂話をされただろう。ここでも、そうなるんじゃないかと思っていたけど、もしかして、私が罪人だって伝わっていないのかしら。


 街でのように、療養に来ていることになっているのかもしれない。それなら納得の反応だけど、それって騙していることになるわよね。

 階段を上りながら、少し気分が滅入ってしまった。私は嘘をつかないと、まともに生きることも出来ないのかしら。

 

「どうした。疲れたか?」

「いいえ、その……皆様お忙しそうなので、遊んでばかりでは申し訳なく思えて」


 慌てて言いつくろうと、私を見たフェリクス様は足を止め、少し考える素振りを見せる。


「忙しそうに見えるか?」

「はい。とても」

「それほどでもないと思うが……祭りが近いから多少は忙しいからかな」

「お祭りですか?」

「ああ。秋の祭りは大きいからな。ダンジョン管理棟からも手伝いを出している」

「お仕事も忙しいのに、大変ですね」

「そうでもない。祭りが息抜きになるヤツもいる」


 苦笑を浮かべたフェリクス様は、再び階段を上がっていく。

 それから、お仕事の話を少し聞きながら歩き続けた。途中、厨房で飲み物の入った瓶とバスケットをもらい、そこに買ってきたサンドイッチの包みも入れる。まるでピクニックのような持ち物だわ。


 私たちはそのまま管理棟の奥へと進んだ。

 屋敷からもだいぶ離れ、さらに五階まで登ってきた。本当にこのお屋敷は広いのね。


 ふと廊下の窓に視線を向けると、大きな塔があった。


「フェリクス様、随分立派な塔ですね」

「ああ。今向かっているのは、あそこだ」


 にっと笑ったフェリクス様は、見てみろと言わんばかりに、その天辺を指差した。


 さらに進み、屋敷の最奥にある扉を開けると短い渡り廊下があった。

 温かな風が吹き、髪を乱して抜けていく。

 地上から20メートルはあるかしら。風が吹き抜ける廊下を渡るのは、少し勇気が必要だった。


「大丈夫だ。ほら」


 戸惑っていると、フェリクス様は私の手を引いて外に出てしまった。

 なんて強引な方だろう。だけど無理強いをするわけではない。大きな手はしっかりと私の手を掴んでいて、むしろ私は、そのぬくもりに安堵していた。

 前を歩く大きな背のおかげもあって、吹き抜ける風もあまり気にならなかった。


 廊下を渡りきった先にあったのは頑丈そうな扉。木で出来た扉は鉄の枠で覆われるように、幾何学模様のレリーフが施されている。

 まるで魔法陣に見えるレリーフを見て、扉にドアノブがないと気付いた。


 どうやって開けるかしら。

 不思議に思っていると、フェリクス様の大きな手が扉にかざされた。そうして「開錠(アンロック)」と声が静かに響く。

 キィンッと小さな耳鳴りを感じた直後、扉のレリーフが輝いた。やっぱりあれは、魔法陣だったのね。


 重たい音を立てて、扉が上がっていった。


「ここからさらに上るぞ。大丈夫か?」

「平気です。体力には自信があります」

「はははっ! 頼もしいな」


 笑い飛ばすフェリクス様に先導され、私は階段を上り始めた。


「この塔は、物置ですか?」

「ああ。武器庫でもあるが、見張り台でもある」

「見張り台?……この地方は敵国とは隣接していませんよね?」

「そっちじゃない。ほら、あれだ」


 塔の小窓から見えたのは、生い茂る森──ダンジョンだ。


「ダンジョンは魔物を捕らえているが、万全じゃない。警戒が必要な時期っていうのもあるからな。その時、見張りが必要になる」

「警戒が必要な時?」

魔物の暴走(スタンビート)は知っているな? その発生には原因がいくつかある」


 魔物には、動物を餌とするものばかりではない。そのため、森の果実が不作だった場合、出てくることもあると聞いたことがあるわ。果実を主食とする魔物が減れば、それらを餌とする大型のものも外に出ようとする──そういうことかしら。


「特に増加傾向が激しい時は要注意だが、減少もいき過ぎると、知性を持った魔物が先導して狩場を広げようとする」

「狩場が、ダンジョンの外になることもあるんですね」

「ああ。特に、この街は魔女の森から近いから、そういう時、標的になりやすい」

「……魔女の森」

「絵本を貸しただろう。あの伝承から、そう呼ばれているんだ」


 言われて私は、やっぱりそうだったんだと思う。

 少し高いところまで登って来たからか、小窓から見える森はさらに大きく左右に翼を広げるように見えた。


「大きなスタンビートはそう起きないが、時にはここで警戒する。そして飛行タイプの魔物が来た場合は、ここで身を隠しつつ狙い撃つ」

「だから、小窓なんですね」

「そういうことだ」

「あの、以前この街が襲われたことはあるんですか?」


 何気ない問いに、フェリクス様は開いた口を一度閉じた。そうして、少し神妙な面持ちで「ある」と答えた。

 私の手を引いていた彼の手に、少し力が込められた。そこから伝わってくるのは奇妙な緊張感。


「──ある。十二年前、俺の両親はそれで命を落とした」


 告げられた真実に、息がつまった。

 十二年前といえば私は五歳だ。スタンビートが発生したとなれば、王都だって少しは騒いだろう。幼かった私に、あまりその記憶はないけど。


 だけど、なんでだろう。


 階段を上りながら、黙ってしまったフェリクス様の背中を見て不安を感じていた。それに、どうしてだろうか、その大きな背中を知っているような気もする。


 しばらく続いた沈黙の後、フェリクス様は一つの扉の前で立ち止まった。そこにも、ドアノブはない。

 再び開錠の魔法が唱えられる。

 直後、私は吹き込む風と眩しい日差しに、思わず目を閉ざして顔をそらした。


「アリスリーナ」


 呼ぶ声にそっと目を開ける。そうして手を引かれた先に広がっていたのは、どこまでも続く大きな青空だった。

お読みいただき、ありがとうございます!

明日で最終回、15時頃の更新予定となっています。

どうぞよろしくお願いします!


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