第11話 心のこもったサンドイッチ
ヴィンセント辺境伯領にはいくつものダンジョンがある。その中でももっとも大きいものが、魔女の伝承がある森。そのすそ野には冒険者の集う大きな商業都市がある。王都のような華やかさはないけれど、飲食店に宿屋、武器屋、道具屋、薬屋──たくさんの商店で賑わっている。
フェリクス様に連れられてやってきた目抜通りは、祭りが開かれているのかと思うほど賑やかだった。
王都にあるような高級店はないけど、並んでいる商品は豊富だし、行き交う人々も笑顔で活気に溢れている。
フェリクス様と並んで歩いていると、町の人たちが声をかけてきた。
「領主様、先日はありがとうございました。おかげさまで、向こう町に花を届けられました」
「北の山で採れた魔鉱石、武器屋の旦那が泣いて喜んでましたよ。最高の品が作れるって」
「先日届いた織物、とても良い品だと冒険者に人気ですよ、領主様!」
「領主様──」
声がかけられる度に対応されるフェリクス様は嫌な顔一つしない。困ったことがあれば屋敷に来るようにといわれた皆さんも嬉しそうだわ。
フェリクス様がいれば安心。そういった空気が伝わってくる。
絵本のことをふと思い出した。あの領主とは雲泥の差ね。
フェリクス様が領民と良好な関係が築けているのは、彼の人柄あってのことね。それにしても、こんなに愛される領主様なのに、どうしてご結婚相手とは上手くいかなかったのかしら。
少し不思議に思っていると、一人、年老いた女性が私を見て笑顔になった。
「おやまあ、領主様。ご令嬢をお連れとは珍しいですね」
「本当に。それもとても愛らしいお方じゃないですか」
「もしや、新しい奥様でございますか?」
「新し奥様!? それは喜ばしいことですな!」
わらわらと集まってきた領民たちから、歓喜の声が上がった。
「えっ、あ、あの、私は──」
どうしたらそういう勘違いが起きるのかしら。
私なんかがフェリクス様の伴侶になるだなんて、申し訳なさすぎる。だけど、まさか魔女となったので、お世話になっていますとも言えないわ。
どうしたら良いか分からずおろおろしていると、フェリクス様が大きな口を開けて笑い声をあげた。
「お前達、気が早いぞ! こちらはアリスリーナ・レドモンド嬢。王都に住む友人の妹君だ。体調を崩したため、我が領で休養していただいている」
すらすらと嘘をつくフェリクス様を見て、目をぱちくりさせると、彼はにこりと笑って私の腰に手を添えた。さあと促され、淑女の挨拶を披露すれば、辺りからはおおと再び歓声が巻き起こる。
「レドモンド家のお嬢様だってよ」
「宮廷貴族のお嬢様かい?」
「それではご結婚は無理か……」
「やっと新しい奥様が現れたのかと思ったがな」
「まったく、領主様はお人好しすぎるから」
「あんなことさえ、なければね」
人混みの中から、ひそひそと声が聞こえてきた。領民がフェリクス様の破談について知らないわけないわよね。
私のことは上手いこと話をはぐらかせたようだけど、なんだか場の空気は微妙な感じになった。
フェリクス様は特に気にしていなかったようだけど、領民としたらきちんとご結婚してほしいんだろうな。
私にはどうしようもない話だけど。
少しだけ気まずさを感じたけど、フェリクス様は何事もなかったように、サンドイッチ屋へと案内してくれた。
そこは小さな露店だった。
てっきり、カフェだと思っていた私は驚きを隠せなかった。
サンドイッチ屋を覗くと、まだ幼さを残す少年がにこりと笑った。店番でもしているのかしら。
「いらっしゃいませ、領主様」
「ジョイ、売れ行きはどうだ?」
「今日も職人通りの親方たちが買いに来てくれました!」
「それは良かった。ジョイのサンドイッチは美味いからな」
「ミードさんのパンが美味しいからですよ」
「はははっ! それはそうだが、こうして作って売ってるのはお前だろう。今日は二人分頼むぞ」
「えへへっ。ありがとうございます! 今日はお二人分なんですね」
「ああ。彼女に食べさせてやりたくてな」
「……あ、あの、領主様。ご一緒のお嬢様は、その……新しい奥様でしょうか?」
ジョイと呼ばれた少年は、ごにょごにょと小さい声で尋ねてきた。そうして私をちらり見ると、頬を赤くしながら慌てて頭を下げる。そんな様子を見たフェリクス様は苦笑を浮かべた。
「やっぱり、夫婦に見えるか?」
「は、はい!」
「残念だな。俺もそうなったら嬉しいんだが。彼女は、療養に来ているんだ」
「……お身体が弱いのですか?」
「はじめまして、アリスリーナ・レドモンドです。そんな大げさなものではないのですが」
にこりと微笑み挨拶をすると、少年は目を丸くすると言葉をつまらせ、慌てて「申し訳ありません」と謝って手を動かし始めた。
少年の手よりも大きなパンが均等にカットされる。バターを塗り、サラダ菜、ハム、チーズをてきぱきと慣れた様子で並べていく。手際のよさを見れば、彼がずいぶん長いことサンドイッチを、こうして売っているのだと分かった。
まだ十五歳にも満たないくらいだろうに、もう働いているなんて。──少年の両親はどうしているのか想像すると、どうしても辛い背景を考えてしまい、心がきゅっと痛くなる。
少年の仕事ぶりを黙って見守っていると、見る間に、美味しそうなサンドイッチが出来上がった。
「とても美味しそうですね」
「ありがとうございます!──死んだ母さんが言ってました。美味しいものをいっぱい食べれば元気が出るって!」
「……えっ?」
「僕のサンドイッチで、元気になって下さい!」
油紙に包まれたサンドイッチが二つ並べられる。
代金をカゴに入れたフェリクス様は包みを受け取ると、少年の頭をわしわしと撫でまわした。
「そりゃ、毎日でも買いに来ないといけないな」
「そ、そんな! 毎日は申し訳ないです。でも……またぜひ、来てください」
無邪気な少年の笑顔に、私は釣られて笑った。
「ありがとう。きっとまた来ますね」
少し小さな手を取って握りしめると、少年は照れくさそうに「お待ちしています」といった。
ここでは子どもだって働いているのね。
もうすぐ十八にもなる私が、ただ美味しいものを食べて毎日を過ごすだけなんて、やっぱり間違っているわ。魔女の烙印を捺されたからって、何もしないで静かに生きることに何の意味があるのか。
見送ってくれた少年の笑顔を、しっかりと胸に刻んだ私は、ここで生きるために出来ることを探さないといけないと、改めて思った。
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