佐久間の隠語(2024年編集)
~ 十二月十八日、愛知県豊田市 ~
大樹寺には、早朝から、川上真澄と柴田智大が訪れている。
佐藤征吾たちを、安全な場所に、避難させるためである。川上は、連日、電話で説得を試みたが、一向に話が通じず、痺れを切らした川上は、意を決して、再訪した形である。
「父さん、もう時間が無いのよ。この寺は、間違いなく戦場になるわ。私たちと、近くのホテルに退避しましょうよ。ラチがあかないから、柴田智大も連れてきた。ほら、あなたからも、説得してよ」
「おお、智大くん、よう来たな。翔子も良い子にしていたか!」
「ご無沙汰です、お義父さん。こんな事を頼み難いのですが、真澄の言っている事が正解です。伊藤翔子の事は、重々分かりますが、二・三日だけ不在になったとして、きっと理解してくれますよ」
(………)
どんなに説得しても、佐藤征吾は、頑として、首を縦に振らない。位牌を持って、避難しようと勧めても、敷地の外に出る事を、拒絶するのである。
(ここまで、嫌がるとは。もしかして、他に何か、言えない事情でもあるのか?)
説得は、夕方まで続いたが、事態は一変せず、川上は、根負けして、深い溜息をつくのだった。佳子と遊んでいる翔子が、ウトウトし始める。
(今日は、もうダメね。明日、もう一度説得して、ダメだったら、『親子の縁を切る』と言って、脅かそうかしら。…本当は、最後まで言っちゃいけない言葉だけれど、背に腹は代えられない)
「あなた、そろそろ引き上げましょう。翔子に、夕飯を食べさせたいし」
「オッケー、分かったよ。僕は、ちょっと、残ってやる事があるから、先に行ってくれ」
(………?)
「あれ?やり残っている事なんて、あったかしら?」
川上は、柴田の顔を、マジマジと見つめる。
「そう?話してなかった?隠し場所の件なんだ。老朽化してるから、少しでも、補強はした方が良いと思ってね」
(………)
(隠し場所ね)
「ふーん、あなたなりに、考えているわね。分かったわ、じゃあ、先に戻ってるね」
「ああ、一時間ぐらいで戻る」
川上は、一足先に、大樹寺を後にする事にした。
(……さてと)
柴田は、川上たちをタクシーに乗せると、佐藤に、改めて声を掛けた。
「お義父さん、言い忘れていました。佐久間警部から、伝言を預かっています」
(伝言?)
「佐久間警部が?」
「ええ、避難は勿論なんですが、小説の隠し場所を、もう少し強化した方が良いと。なので、私の方で、手配しておきました」
(……はて?智大くんは、隠し部屋の事を、知らない思っていたが。まあ、佐久間警部が頼んだ時に、事情を聞いたんじゃろう)
「おお、そうかね。自分では満足していたが、防犯のプロからすると、足らんか。で、改修は、いつからやるのかな?明後日には、大勢の警察官が来て、それどころじゃなくなるから、明日の朝から、業者が来るのかな?」
(………)
「いいえ、少しでも早い方が良いので、直ぐに行いましょう。翔子が、工事音が五月蠅くて、ぐずっても、業者の方が困るかもしれないし」
「ふむ、そう言われれば、そうだな。だから、一足先に戻したのだな?」
「ええ、その通りです。業者の方も、そろそろ到着すると思います。ちょっと、電話入れて来ますね」
柴田が、一度、敷地の外に席を外す。
(折角だから、隠し部屋の改修は、佳子に黙っておくか。見て驚かそうかの)
「母さんや。野暮用が出来たから、真澄の所で、夕飯を食べてくれ」
「あら、そうなの?晩ご飯なら、もう出来ているのに。ひょっとして、避難する気になった?」
「いや、そうじゃない。智大くんと、男同士で話したい事があるんじゃよ。夕飯は、男同士で食べるから、佳子も、たまには三人で食べるのも、一興じゃないか?智大くんの分を食べれば、大丈夫じゃ」
「ふーん、どういう心境の変化かしら?まあ、分かりました。じゃあ、ちょっと行ってきます」
佳子が、敷地を跨ぐと、柴田が誰かを待っている。
「あら、智大さん。誰かをお待ち?」
「ええ、ちょっと」
(そんな事、何も言ってなかったわね。…まあ、知らん振りした方が良いわね)
「佐藤征吾から、言われたのだけど、男同士で晩ご飯食べるんだって?多く作り過ぎちゃったけど、残して良いですからね?」
(………?)
(……ああ、そういう事か。工事そのものを、佐藤佳子に内緒にしているのか)
「ええ、真澄の事で、相談したい事がありましてね」
「あら、そうなの?じゃあ、真澄には黙っておいた方が良いわね。あの子、自己主張が過ぎるところがあるから、苦労掛けるわね」
「いえいえ、大丈夫ですよ、慣れていますから。ささ、早く行かないと、真澄が先に済ませてしまいます」
「あら、そうだった。じゃあ、よろしくね」
「はい、一時間くらいで、戻りますから」
佐藤佳子が、駅の方向へ消えていく。その姿が、完全に見えなくなるのと、入れ替わりで、一台の車が、柴田の前で停車した。
「お待たせしました」
「ああ、よく来てくれました。和尚もお待ちしてるので、さっさと、終わらせましょう。ご案内します」
「了解です。さあ、参りましょう」
~ 大樹寺 本堂 ~
「お義父さん、お待たせしてすみません。少しだけ、到着が遅れましたが、揃いましたよ」
(さてと、どんな業者が来たのかな?余り、人に知られたくないんじゃが。……ん?おお、そういう事か。流石は、智大くん。分かっているじゃないか!)
佐藤征吾は、柴田が手配した業者の中に、竹中がいる事が分かると、安堵の溜息をついた。
「説明不要で、手間が省ける。こんな時間から、申し訳ないね」
「とんでもございません。バッチリ、補強しまっせ。お任せあれ!」
(これなら安心じゃ。さて、時間が出来たから、明後日の準備をしておこうかの)
「実は、明後日に、お得様の法事を控えておってな。その準備をしたいんだが、工事の方は、竹中さんがいるから、お任せしても良いかな?素人が、改修に口を挟む事でもないし、手堅い仕事をしてくれると、信用しているでな」
「そう言う事なら、大丈夫ですよ。自分が代わりに、立ち会っておきますので。ねっ、竹中さん?」
「ええ、お任せください。構造は、頭に入っているし、今後は、もっと厳重になる様、暗証設定しておきますから、終わったら、声を掛けます」
「時間は、どのくらいかな?新しく写経を書くから、一時間以上は、集中したいんじゃが?」
「こちらも、そのくらいは掛かりますから、ゆっくりやってください」
「そうか、それなら、お互い様じゃな。じゃあ、頼んだよ」
佐藤征吾は、安心した様子で、離れに消えた。
(これで、良しと)
「では、お願いします」
「はいよ、柴田さん、あんた知らないだろうから、あっしに任せな」
竹中は、柴田を連れて、仏壇の位牌を取り、下のボタンを押した。仏壇が、鈍い音と共に、右へ移動すると、柴田は、驚きを隠せない。
(何て事だ。こんな仕掛けがあったなんて。真澄の奴、一言も言っていなかったぞ。佐久間警部が言っていた、隠し場所とは、部屋の事だったんだ。場所と言うから、てっきり本棚か、本堂の床下かと思っていたんだが)
「驚いたでしょ?あっしが、作ったんです。この赤いボタンを押すと、奥に、入り口が出現する仕掛けですわ。まあ、考えたのは、大工の棟梁なんですがね、格好良いでしょう?」
「何か、忍者屋敷みたくて、良いですね」
「そうでしょう?さあ、奥へ行きますよ。中腰だから、少々、腰にきます。頭をぶつけない様に、気をつけて、進んでください」
狭い通路を、二十メートルほど進んでいく。モルタルで防護された壁は、ひんやりした手触りで、奥から冷気が漂ってくる。
(これは、確かに、疲れるな。この場所を、お義父さんとお義母さんは、行き来しているのか。真澄は、そんな事、一言も言ってなかったから、歩いた事はないのかな?)
そんな事を考えなら進むと、書斎に辿り着いた。少し埃臭いが、九条絢花と、九条大河作品が、所狭しと並んでおり、圧巻である。
(思った以上に、作品が多い。…そう言えば、真澄が言っていたな。同じ作品を、五冊買うと。無造作に並べてないのは助かるが、探す手間は掛かりそうだ)
(九条大河作品は…ここから、ここまでか)
「では、手分けして探しましょう。私は、この場所から、右へ見ていきますから、竹中さん達は、左へ見ていってください」
「はいよ、じゃあ、見つかったら、お互い、声を掛けましょう」
表紙カバーの題名と中身を、一冊ずつ、外して確認していく。中々、お目当ての本が出て来ない。
(どれもこれも、表紙カバーと中身は、重複している。本当に、それは、存在するのか?)
(………)
(………)
(……ん?本の奥に、更に、奥行きがあるぞ?…これじゃ、ないのか?)
柴田は、慎重に、奥の方から、一冊の本を取り寄せ、内容を確認した。表紙のカバーがなく、中身だけが剥き出しだが、何度も読まれたのだろう。側面に僅かながら、手垢がついている。
(------!)
(これだ!九条絢花の遺作、『偽りの鎮魂歌』。校正刷りのまま、一冊だけ製本にしたんだった。販売目的じゃなかったから、担当でも、読ませて貰えなかったんだよな)
柴田は、作品を手に取ると、急に、自分のした事が恐ろしくなった。
(見れば見るほど、この本は、第三者が見て良いものではない。本からも、『勝手に見るな』と、言われているみたいだ。約束とはいえ、僕は何か、大きな過ちを犯している気がする)
「おー、見つかりましたか。さあ、それを渡してください」
(………)
(どうする?)
「ん?どうしました?先に読みたいんですか?」
(渡したらどうなる?僕は、編集者として、何かを無くす?…何を?…真澄からの信用か?…自尊心か?…失うどころではない。ご両親、九条絢花への冒涜だ)
柴田は、我に返り、竹中たちに、釘を刺す。
「約束したので、お見せしますが、閲覧だけでお願いします。持ち出しは、厳禁ですよ」
「分かってますって。ささ、早く見せてくださいよ」
(………)
「本当に、直ぐに返してくださいね。これは、第三者が見て良いものではない。くどいですが、約束してください。五分以内に、返すと」
「勿論ですよ、柴田さん。出版社の担当だと、立場があるでしょうから」
(……真澄、すまない)
柴田は、九条絢花の遺作を、竹中に手渡した。
竹中は、パラパラと、遺作を捲ると、ニンマリと振り返る。
「これで、良いんですね?……旦那?」
(------!)
「ああ、完璧だ。やっと、悲願が達成された瞬間だ。…替え玉を使って、この世から存在を無くして、十一ヶ月。短いようで長かった。この一冊を、手中に収める為に、どれだけ、金と労力を使ったか。柴田とか言ったな?お前は、十分、役に立ってくれた。その事は、直々に褒めてやろう。もう、お前の役目は終わりだ。なあに、気にするな。出版社の立場など、死んでしまえば、関係なくなる」
(------!)
「なっ、何を」
「ん?聞こえなかったんですか?お役御免だから、こうするんです」
(------!)
竹中は、柴田を、背後から羽交い絞めすると、芝﨑は、忍ばせていたアイスピックで、心臓を一突きした。
(------!)
(…お義……さ。……真……澄。にっ、逃…げ…)
柴田は、最後の力を振り絞り、遺作に手を伸ばす。
「凄い執念だ。まだ、くたばらないのか?苦しいだろう?楽にしてやる」
(…ごめん、……真…)
芝﨑が、再び、アイスピックを振りかざそうと、柴田の胸元を引き寄せた。
(おっ、死んだな。お疲れさん、あばよ)
竹中は、腕時計で時間を確認し、退却を勧める。
「旦那、思ったよりも、時間を要しました。和尚が来る前に、お暇しましょう」
「ああ、そうだな。とりあえず、逃げよう」
芝﨑たちは、何食わぬ顔で入口に戻ると、仏壇を戻す為のボタンを押した。
(……何だ、戻らんぞ?)
「おい、竹中、どうなっている?」
竹中も、思わず、首を傾げる。
「おかしいですね、誤作動を起こす様な、造りではないんですがね」
「書斎に人が残っていると、作動しないのか?」
「いえ、そんな事はありません。有人探査機能は付けていませんから」
(どうする?このまま逃げると、直ぐに足がつく。和尚の奴を始末すべきか?)
その時であった。
本堂の入口から、聞き覚えのある声がする。
「お久しぶりですね、芝﨑直人さん。そして、初めまして、竹中さん。…いや、山本隆雄さん?」
(------!)
(------!)
瞬時に、二人とも、後ずさり、芝﨑は、アイスピックを握りしめた。
「芝﨑さんの事は、既知でしたが、山本隆雄さんの正体が、最後まで掴めず、難儀しました。つい先日、和尚が人相を覚えていたので、そこから割り出せました。山本さんは、大層な犯罪履歴を、お持ちなんですね?…もう逃がさんよ」
(------!)
(------!)
山川が、銃を構えながら、大声で威嚇する。
「動くな!動けば、撃つぞ!全員、発砲準備に入れ!」
芝﨑は、動揺を隠せない。目の前に、いるはずもない、佐久間がいるからである。
「何故だ!捜査情報では、まだ日があったはず」
佐久間は、僅かに、眉根を寄せる。
「捜査情報?まだ?」
(------!)
(……まさか?あれは、偽情報か?)
佐久間の表情が、全てを物語っている。芝﨑は、嵌められたと確信した。
「お察しの通りですよ。…てっきり、服役しているとばかり」
「…ちっ、最悪の機会で現れたな。脱獄した事を知っておいて、どの口が言う?」
「袋の鼠です、諦めた方が良い、罪は、もう軽くなりませんがね。…ところで、裏切り者の柴田は、どこでしょうか?」
(………)
(………)
「書斎で寝ている。…永遠のな」
(…柴田、間に合わなかったか)
「そうですか。では、殺人未遂容疑で、現行犯逮捕させて貰う」
(…旦那、万事休すです。旦那だけでも、逃げてください)
(…大丈夫だ、諦めるな)
芝﨑の様子がおかしい。慌てる気配もない。
(芝﨑、何を企んでいる?)
佐久間の表情を窺う芝﨑は、ほくそ笑む。
「とりあえず、褒めてやろう。…だがな、準備があるのは、警視庁捜査一課だけじゃない」
(はったりか?…いや、違う。…あの挙動、あの姿勢、何かある)
「警部、飛び込みます」
「待て、山さん。…何かある。この距離で発砲を許したら、互いに即死だ。全員、発砲体制を維持せよ!」
撃つか、撃たれるか。
その場の空気が、佐久間と芝﨑直人の間で膠着し、緊張が走る。
(おい、竹中。…いや、もう山本で良いか。これを装着しろ)
(へい、旦那。…遮光眼鏡。…流石は、旦那。理解しました)
「山本、目を瞑れ!」
芝﨑は、そう叫ぶと、間髪入れずに、閃光弾を放り投げた。
(------!)
(------!)
(------!)
「しまった!全員、目を瞑れ!」
眩い光が、本堂を駆け抜ける。佐久間の叫びも空しく、全員の視界が奪われた。
「良し、行くぞ」
「へい、旦那」
二人は、大樹寺を飛び出すと、残りの閃光弾を、外で待機する捜査官に目掛けて、投げつけた。
(この閃光弾で、突破出来なければ、ここで自害する)
「おい、全員、目を閉じろ、閃光弾だ!」
「間に合いません」
本堂と同等の眩い光が、その場を掌握する。
(------!)
(------!)
(------!)
「やられた!」
芝﨑たちは、嘲笑うかの様に、闇に消える。
「警部、申し訳ありません、逃げられました」
「全員、謝罪は後だ。まだ遠くに行ってない、路地裏・工場跡・商店のトイレ・公園・思いつく限り、隅々まで探してくれ。追うぞ!」
捜査官が一斉に、大樹寺を飛び出し、郊外の捜索を開始する。
~ 三十分が経過 ~
懸命な捜索が行われているが、芝﨑たちの足は早く、行方が掴めない。
(………)
(芝﨑の執念の方が、上手だったか。だが、豊田市は広い。網を掛けよう)
「広域捜査に切り替える。半分は、別の作戦を実行すべく、移動を開始せよ。残りの捜査官は、このまま、豊田市内の捜索を継続する。近隣の所轄署にも、応援要請しておくから、合同で回ってくれ」
「了解です」
「柴田は、どうだ?間に合うか?」
「それが、既に死亡しており、ダメでした」
(………)
「…和尚に話して、川上真澄を呼んでくれ」
「分かりました」
佐久間は、肩で息をしながら、大樹寺に戻っていった。
(………)
(………)
(……行ったか?)
(……へい、話し声が無くなりました)
(……一度、探ってみましょうか?)
(……ああ、警察犬が来る前に、脱出しよう)
マンホールの蓋が持ち上がると、山本が、頭一つ、地上に出して、周囲を見渡す。
「…今、誰もいません。旦那、さあ逃げましょう」
山本は、音を立てないように、マンホールから這い上がると、芝﨑に手を差し伸べる。芝﨑は、全身泥だらけで、地上に這い出た。
「あの閃光弾が無ければ、お陀仏でしたね。九死に一生を得ましたよ」
「正に、間一髪だった。…あれは、佐久間の、狡猾な罠だったんだ。…柴田の裏切りを知ったうえで、騙されている振りをして、偽捜査情報で、私を誘き寄せた。…あと一分遅ければ、包囲網が完成し、完全に終わりだった。……試合には勝ったが、勝負には負けた」
(気が付けば、掌で泳がされている。今回は、単に運が良かっただけだ)
芝﨑は、深い溜息をついた。
「…旦那、大丈夫ですか?」
「…何でもない。何だか疲れたよ。そろそろ、迎えが来るのかもな。……最後の仕事に、移るとしよう。お前にも、本当に、苦労掛けるが、あと少しだけ、付き合ってくれ」
(………)
「分かっています。予定は、このままですか?」
「鹿井健一の事は、もう諦めた。だからもう、計画は終わりだ。こうなった以上、佐久間と最終決戦をして、終止符を打つ」
「最後の大勝負っすね、分かりました」
芝﨑たちは、逃走を続ける。
~ 二十分後、大樹寺 ~
佐藤征吾から連絡を受けた、川上真澄と佳子が駆けつける。
救急車は既に現着しているが、その場で死亡確認が行われ、佐久間の命で、待機している。佐久間は、二人を無言で迎え、柴田智大に対面させた。佳子は、大粒の涙を流し、その場に座り込んだ。
(あの時、変だなと思った。何故、止めなかったのだろう)
佳子は、自分を責める様に、泣き続ける。
(………)
川上は、静かに、柴田に話しかける。
「最後まで、馬鹿な人ね。…何で、本当の事を、言ってくれなかったの?…『紅の挽歌』が、流出した時だって、薄々は、疑っていたのよ。あなたが、横流しに関与したんじゃないかって。今日だって、別れ際に、『隠し場所』って言ったわね。あれはね、佐久間警部が考えた、隠語なのよ。『隠し部屋』なら、あなたは、竹中と、相当、話を詰めていて、事情を知っている事になり、共謀罪が確定。でも、『隠し場所』と言ったから、唆されて、利用されていると分かったわ。だから私は、最後には、模倣犯を裏切って、遺作を死守すると、あなたを信じたかった。…知らない振りをして、翔子にご飯を食べさせて、佐久間警部からの電話を待って。これまでの人生の中で、最も長い時間だった。殺されたのは、あなたが、最後に、『正義感で抵抗したから』なんでしょ?でも、殺されたら、誰も証明出来ないじゃない?あなたは、『騙されたけれど、最後は、戦ったよ』って、ちゃんと言ってよ。…死んだ振りは良いから、起きて説明しなさいよ」
(………)
(………)
(………)
泣き崩れる川上を、全員が黙って、見守るしかなかった。
「ブル・ブル・ブル・ブル」
(------!)
不意に、佐久間の胸元で、携帯電話が振動する。
(知らない番号だ)
「はい、佐久間です」
「……芝﨑だ」
(------!)
「よく、この電話番号が分かったな?」
「お前の罠は、完璧だったよ。あと、一分遅ければ、私は負けていた」
「そんな事しか、言えないのか?何故、柴田を殺した?お前の目的は、鹿井健一だろうが?」
「ああ、そうだ。お前が邪魔ばかりするから、代わりに、柴田を殺した。柴田は、最後まで、遺作を渡そうとしなかった。流石は、編集長だけある。奴の名誉の為に、それだけは教えておいてやる」
「……それについては、分かった。近親者に伝えよう」
「最終決戦と行こうか?」
「最終決戦?」
「…そうだ。お前には、どうやっても、勝てそうにないからな。最後くらい、一対一で勝負がしたい」
「良いだろう、今からか?」
(………)
「クリスマス・イヴだ。場所は…分かるだろう?」
「恐山だろう?」
「流石だな。じゃあ、クリスマス・イヴの、十五時に待っている。佐久間警部一人で、来るんだ。良いな?」
「……ああ、分かった」
(最終決戦、恐山か)
「柴田さんは、最後まで勇敢に戦って、遺作を守ろうとした様です。だから、裏切り者ではない。どうか、しばらくは、側に寄り添ってあげてください」
「分かりました。最後まで、ありがとうございます」
「山さん、後始末を頼んでも、良いかな?」
「それは、構いませんが?」
「芝﨑直人から、最終決戦を挑まれたから、それに応じようと思う。広域捜査は中止だ。順次引き上げる様、所轄署とも調整して、うまく牽引してくれ」
「分かりました。直ぐに追いかけます。どちらへ?」
「……見立て通り、恐山だ」




